16.血の導き
番の研修も残すところあと少し。
ホフマン夫婦の他にも、何人か話ができる人たちが出来た。最近ではアルベルトが席を外していても別に不安ではない。それが例えば数分程度であれば。
「………どこ行っちゃったの?」
もうその日の研修も終えて、質問があるとかなんとか言いながらアルベルトが席を立ったのは30分ほど前。
スマホが当然の現代人としては、暇を潰す方法のない30分なんて地獄のようなものだ。本なんて難しくて読む気になれないし、研修のテキストなんてもっての外。
我慢ならずに講堂の扉を目指す。
研修の終わった部屋の中にはもう人が疎らで、残っている者もそれぞれ帰り支度を始めていた。
だいたい、ヴァンパイアの管理者としての責任を負っているのに、その管理対象である私をこんなに放置して良いものか。もし逃げ出したり、どこかで女子供でも襲っていたらどう責任を取るつもりなんだろう。
プンプンしながら建物の中を歩き回っていたら、ナチュラルに迷子になっていた。
「………どこ?」
手近な部屋を覗くと理科室のようになっていて、標本なのか模型なのか、白骨化した人体が飾ってある。
気味が悪くなって元来た道を戻ろうとしたところで、地下へ続く階段の踊り場に、見知った茶色い癖毛を発見した。声を掛けようと口を開いた瞬間、アルベルトに向かい合って立つ人物の顔が目に入る。
「考え直してくれないか」
「……難しい頼みね。私たちはもう終わったの」
「僕が番に選ばれたから?」
「…………いいえ」
とんでもない修羅場に遭遇してしまった。
慌てて壁に隠れる。心臓がうるさい。
「貴方の番にあったわ。良い子そうね」
「だと良いがな…」
「オメガでしょう?貴方は隠したいようだけど」
「……匂いでバレたか」
「そうね、とっても濃い良い匂い。ヒートが大変そう」
シシリアは口元に手を当てて笑う。
アルベルトの表情はこちらからは見えなかった。
またもや、自分が彼の人生の足を引っ張り倒している事実を突き付けられる。気紛れな法改正を行なった新国王は、ここまでの弊害が発生していることをご存知なのか。
「僕たちは別に恋愛感情を含んだ番なんかじゃない。あくまでも血の提供者と受給者だ。それはニーナにも伝えている」
「そう。でも、それっていつまで持つかしら?」
「……何が言いたい」
「管理者としての貴方が、一つ屋根の下でヴァンパイアのオメガと暮らしている。何も起こらないなんて言い切れないわ」
「信じてくれ、僕は絶対に…」
「じゃあ番を解消する?」
「それは……、」
「出来ないでしょう。彼女が路頭に迷って死ぬことになってしまうものね。私もそんなの望んでいないわ」
シシリアは淡々と言葉を紡ぐ。
ヴァンパイアが番を解消されるというのは、つまり、吸血行為を行うことが出来る相手が居なくなるということだろうか。別にアルベルトでなくとも、新しく番を組めば良いのでは?という疑問が沸いたけれど、とてもじゃないが今は聞けなさそう。
「話は終わり?私はもう行かなくちゃ」
「………シシリア!」
その場を去ろうとするシシリアの腕を引き、アルベルトが抱き締めた。
見ているこちらがドキドキするし、メロドラマだったらこの辺りで主題歌が流れてもおかしくない。実際のところ、それぐらい、二人は絵になるから。
緊張からか、心臓が鳴り止まない。
「いつも、君だけを想っている」
低く、切ない声が聞こえた。
こんなに愛されてシシリアはさぞ幸せだと思う。
アルベルトの恋が叶いますように、なんて願う権利は私にはない。何故なら、私こそが二人の恋仲を引き裂く異分子であって、大いなる邪魔者なのだ。
それ以上見ていられなくて、そっとその場を離れた。去って行く自分の足音がどうか二人に聞こえませんように。まあ、二人の世界を形成している今、外部の音なんて耳に入らないだろうけれど。
邪魔者のヴァンパイアのオメガ。
嫌われ役なら慣れているから、大丈夫。




