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11.アルファの聖女




番の研修も二週目に入る頃にはだいぶクラスメイトの顔と名前を覚えることができた。


アルベルトはこの街でかなりの有名人らしく、すれ違う人は皆、彼に挨拶をしていく。そして必然的に隣にいる私にも焦点は当てられて「アルベルト・ワーグナーの番の女」というレッテルは今や私の知らないところで一人歩きしていた。



「アルベルト様の番って本当?」

「え?」


お手洗いから出てすぐに、待ち構えていたように数人の女たちに囲まれる。


これは転校早々にカースト上位の女子からマウント取られる展開のアレじゃん、と思いながら内心怯えていると、囲んでいた一人が続けて喋り出す。


「心配しないで、いくつか聞きたいことがあるだけよ」

「…あ、そう。私はアルベルトの番のニーナで、」

「自己紹介とかも大丈夫。貴女に興味はないから」

「………はい」


「アルベルトとシシリアが別れたというのは本当?祝杯の儀に出席してこの研修にも出てるから、みんな噂していたの」

「シシリアって誰?」

「アルベルトの恋人よ」


アルベルトに恋人が居たことに衝撃を受けたが、まあ確かに彼も妙齢の男だし性格に反して顔は良いので、お馬鹿な女の子の一人は二人が騙されても仕方がないと納得する。


しかし、そんな話はこの場で初めて聞いたわけで。



「悪いけど、私は知らないわ。シシリアって人も知らないし、きっと自分で直接聞いた方が早いと思う」

「な、随分生意気な口利くじゃない!あんたなんて所詮は化け物でしょう?私は自分の番と絶対に馴れ合いたくなんてないわ。殺されたくないもの!」

「私だって好きでヴァンパイアになったわけじゃない!」


腹が立って言い返すと、周りにいた女の一人に思いっきり胸を押されて、床に尻もちを付いた。続けて別の女が蹴り出すものだから、洗面台の下を通る排水管で擦って頬を少し切る。


理不尽にも程がある。


再度繰り出される攻撃に備えて顔の前で手を広げて構えていたところ、お手洗いの入口の扉が開いた。



「アルベルトと私が別れたのは本当よ」

「………シシリア!」

「まずいわ、レイの者に告げ口されたら…」

「私は見ていただけよ!行きましょう!」


女たちは蜘蛛の子を散らしたように、慌てて扉から出て行った。あまりの早技に私は呆然とする。


代わりに入ってきた華奢な女性が、床に座ったままの私に向けて手を伸ばした。


「シシリア・レイよ。貴女がニーナね?」

「…ええ、助けてくれてありがとう」

「あんなに大きな声で話されたら、気になっちゃうわよ。外の廊下まで丸聞こえ」


シシリアはクスクスと上品に笑った。

腰まである長い金髪が揺れる。


「ニーナはオメガなのね」

「……え?」


突然の質問に面食らう。


アルベルトは、性の属性に関する質問はタブーだと言っていた。もし聞かれても、決してオメガという真実は伝えずに、ベータだと偽るようにと。


「何を言ってるの、私はベータよ…?」

「そう答えるようにアルベルトに言われた?彼なりに気にしてあげているのね」

「………う、」

「私はアルファなの。一般的層、つまりベータには分からないかもしれないけれど、私には隠せないわよ」

「…ごめんなさい、嘘を吐いて」

「いいえ。何かと生きづらいものね」


シシリアの手が、先ほど怪我した頬に触れる。


「治してあげる」

「え……?」


触れられた箇所から、ポウッと温かい熱が頬を包んだ。

ヒリヒリした痛みが徐々に癒えていくのを感じる。



「びっくりした?私、聖女だから治癒が出来るの」

「すごい…!ありがとう、痛くないわ!」

「軽い怪我だったからね。アルベルトの方が能力は上よ」

「アルベルトも治癒が出来るの?」

「もちろん。彼も優秀な聖職者よ、頼ってあげて」


優秀な聖職者と聞いて、家におけるアルベルトの数々の蛮行が脳裏を過ぎったが、黙っておいた。


「それより貴女…ヒートが近いのね?」

「……?」


シシリアの白い柔らかな手が額に触れる。

女の私ですらドキドキしてしまうその仕草は、男であれば誰でも尻尾を振って喜ぶのではないだろうか。


ぼーっとしていたら、シシリアは鞄から錠剤の入った小さな瓶を取り出した。


「まだ処方されてないわよね?一応、これを持っておいて。オメガのヒートに効く薬よ」

「…何から何までありがとう。助かるわ」

「アルベルトは異性だし、言いにくいことは私に言ってくれても良いのよ」

「シシリア…なんて優しいの…」


まさに、聖女。

初対面の私にここまで優しくしてくれるなんて、どこぞの聖人にも見習ってほしい。オンの時はともかく、オフの時のアルベルトは目も当てられないから。



「そう言えば…シシリアも番に?」

「いいえ。私は司教様の御使いで来ただけよ」

「そうなんだ」

「もう行かなきゃ。アルベルトにも宜しく伝えて」

「ええ、もちろん!」


元気よく返事をした後で、ふと、どうして二人が別れることになったのか疑問に思った。


去って行くシシリアの、私と真逆の真っ白で高貴な服装から覗く、綺麗な脚を見つめる。顔だけは良いアルベルトの隣に並んでも見劣りしない、むしろより彼を輝かすことができる逸材だ。


というか、そもそもどうしてアルベルトのような腹黒二重人格男が彼女と付き合えたのか謎。




「随分と長いお手洗いでしたね、腹痛でも?」



席に戻るとニコニコのオンモード笑顔でそんなことを聞いてくるから、やはり私は心底この男が腹立たしい。



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