思い出の味を失った日
「マイモト! 皿洗いできたか!?」
「もうばっちりです! じゃあ、盛り付け用の皿を持っていきますね!」
「相変わらず気が利く奴だなぁ!」
厨房はいつも和気あいあいとしている。
ここは王都の一角にある、ごく一般的なレストラン。
にぎわってはいないが、すたれている様子もない。
入りづらくもない、街の人から愛されているようなレストランだ。
僕はそんなお店で見習いをやっている。名前は「マイモト・シェイフ」、今年17歳になるごく普通の少年だ。
今日もいつもと変わらず、皿洗いをして、簡単な料理は僕がやる。そんな日だった。
「いらっしゃいませー、何名様ですか?」
「一人です」
厨房から覗いた先には、一人の僕と同い年ぐらいの女の子が入店してきた。
ここらでは見かけない人だった。と言っても、ここは王都なんだからそんなのは普通のことなのだが。
だけど、なぜか僕はその人のことが妙に気になった。何と言うか、雰囲気?がレストランに来る人のそれではない気がしたからだ。
その女の子はメニューを軽く見ると、すぐに店員を呼んで注文をした。
一体何を頼むのだろう? そう思って待っていると
「4番テーブルのお客様、コーンポタージュをお頼みになられた。」
コーンポタージュか、ちょうどそのメニューは僕の担当だ。
材料が少ないし、必要な作業も少ない上に技術もいらない。見習いの僕にもさせていいだろうと、料理長が僕に任せてくれたメニューだ。
僕はいつもの手順、いつもの方法で作り、しっかりこの店秘伝の「コーンポタージュ用コンソメ」をいれ、ウェイターさんに渡した。
しかし、お店に来てまでコーンポタージュを頼む理由は何なのだろう?
そう思っていた矢先だった。
「おい、マイモト! 大変だ!」
なんだろう? 僕はウェイターさんの方に振り向いて何があったのかを聞いた。
「お前の作ったコーンポタージュ飲んだお客さんが、急に泣き始めたぞ!」
えぇ!? 一体全体どういう事だ!?
厨房に驚愕が走った。
「どっどうして泣いちゃったんですか?」
「それは今から聞きにいくんだが...、どうしよう?」
「どうしようって、そんなのわかんないですよ!」
そんなふうにテンパっていると、話を聞いていた料理長が僕にいった。
「とりあえず聞いてみよう、こちらに何か不備があったかもしれん。一緒に行けるか、マイモト?」
「え、もちろんです! もし何かあったら僕の責任ですから!」
料理長と一緒に厨房を出て、4番テーブルの女の子のもとへ向かった。
ウェイターさんのいっていた通り、女の子は泣いていた。
両手で顔を覆い、うつむいている。
流している涙の量は、手の隙間から零れ落ちテーブルに水滴を垂らしていた。
「お客様、大丈夫でしょうか? 何か問題がございましたでしょうか?」
料理長がそう聞くと、女の子は涙をぬぐいながら震える声で答えた。
「...しないんです。味がしないんです」
その言葉を聞いた瞬間、僕は目をガン開きにして驚いた。
やってしまったぁー! まさか提供する料理をミスって味が感じないほど薄く作り、お客さんを鳴かせてしまった!
こんなに泣いているということは、相当期待してくれてたのだろう。
そう考えると、本当に本当に申し訳なくて、
僕は今までにないんじゃないかって言うくらいの土下座をして謝った。
「本ッ当に申し訳ございませんでしたぁ! 僕が至らぬばかりに、このようなコーンポタージュを提供してしまい。料理人失格です!」
大声で、できる限りの謝意を表した。
だが、女の子は土下座する僕を起こして言った。
「ちがうんです...、違うんです。あなたが悪いわけじゃないですから」
言っている意味が分からなかった。
もしや? 僕がこんなにも激しく謝りすぎて、怖くなって否定してしまったのでは?
そんなことを思っていると、料理長がおもむろに話し始めた。
「お嬢さん、もしかして、何かの病気かい?」
女の子はただうなずくだけだった。
病気ってどういうことだ?
「マイモトの作っている様子は見ていたが、問題はなかった。となれば、味がしないのは、失礼かもしれないが、お嬢さんの味覚が無いからなんじゃないか?」
女の子は再びうなずいた。
どういうことなのだろう? 疑問に思って聞いてみると、女の子は震えたままだったが、説明してくれた。
「私、三年ほど前に病気にかかったんです。かかったもの自体はそこまで酷い病気じゃなかったんですけど、悪化してしまって。そのせいで味覚がなくなってしまったんです」
なるほど...。僕にはそれぐらいしか思えなかった。
可哀そうとか、どうにかしてあげたいとかも思いはするが、僕は赤の他人だし、どうすることもできない。
だが、彼女が続けて言った言葉を耳にして、その思いが変わった。
「この店は、幼いころに来たお店で、このコーンポタージュはその時気に入って飲んでいた。家族との思い出の味なんです。だから、これを飲んだら何か変わるかなって思って、飲んでみたけど、だめで...」
女の子は抑えていたものが決壊するかのように、また激しく泣き出してしまった。
僕は、その言葉と涙を見て、この人は何とかしてあげないといけない人だ。と確信した。
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