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何故に彼等はこうなったか  作者: 湯ノ村
庭師の仕事
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こうがく

「しっかり立っていてくださいね」


 リードを首に付けた犬が駄々をこねて地面に突っ張るように、首を立てて踏ん張る様は佳境を迎え、成果の対価に藁の屑が足元に積もった。


「なかなか骨が折れるんですよねー。この作業」


「……」


「腕の変なところに筋肉が付いて、元々着れていたはずの服の袖に腕を通せなくなることが多々あって」


「……」


 窮屈そうに顎を上げる依頼主へ、のべつ幕なしに語り、淀んだ空気を攪拌する。切り込む振動でぐらぐらと頭が揺れる様は、さながら乳歯のようである。そのうち牛刀は、しめ縄に埋もれていき、ゆくりなくプツリと床へ落ちた。


「これで、死者との縁は切れました」


 依頼主は、断髪を終えたかのように足元のしめ縄に目を落とす。しかしながら、手応えの一つもない。


「あの、これで終わりですか?」


 依頼主の反応は至極真っ当である。精神的苦痛を味わってきたことが推察できる依頼主にとって、これほど簡単な作業で手打ちになるとは、微塵も思えないのだろう。お経の一つでも唱えれば、格好はついて、後腐れなく立ち去れるはずだ。


「えぇ」


 だからといって、ボソボソとお経の真似事に興じる露悪的な振る舞いは勘弁願う。他の宗教を連想させる方法で安心を与えるなど、庭師の風上にも置けない。庭師という肩書きを掲げる以上、私のやり方で依頼主と向き合い、解決へ導くのが常套だ。


 私は身体を屈めて、しめ縄を切断して出た残滓を鞄の中へ片付けを始める。脳天に受ける凝然とした視線を目で見て確認するには、それ相応の言葉による取り繕いが欠かせず、突飛に顔を上げようものなら、ふしだらに目が合い、虫のように固まる他ない。手早く片付けを済まし、この場から脱するのが望ましい。


「ありがとうございましたー」


 後ろ暗い庭師の性質とは畑違いの軽やかな挨拶でもって、仕事の満了を告げる。


 夜の帳は齷齪と働いた人々の心を包む闇夜をもたらし、玉のような深い嘆息を地面のコンクリートに転がすと、文目も知らぬ影へ消えた。見飽きたはずの風景も、そんな市中の影に塗れて見えなくなれば、気分は清々しく風を切って歩けた。


 それにしても、今日引き受けた仕事の案配には、冷や汗をかいた。庭師の振る舞いをあたかも、しめ縄を首に掛けて牛刀で切断する行為に結びつけ、それを「縁切り」と呼んで納得させる大道芸は、なかなか息苦しかった。よしんば、あの場に長く滞在することになれば、泡を吹いて目を回す姿が想像に難くない。


 霊樹の有無は、庭師に於いて死活問題だ。起点と終点を明確にし、依頼主の満足感を満たすための演出は、手応えと引き換えに得る行きずりの信頼だが、酒の肴にもならない四方山話で合間を繋ぐほど、向けられる視線に窮した。

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