にどめ
虎視眈眈と頭の中で滞りなく物事が発展していくかを何度も確認する。その間、進捗状況を催促する連絡が高野から日毎来ていた。僕は「協力者の返事を待っている」と、その場凌ぎの嘘を複数回に渡って拵えた。すると、
「今度、改めて話し合いたいから、会おう」
半ば強制的に打ち合わせの席を設けられてしまった。日を跨ぐ毎に重くなる身体は惰眠を貪り過ぎたせいだろう。約束の日、約束のファミレスへ向かう。小回りの利く自転車は住宅街の小道を駆るのに助かり、時間を多く見積もって出発した甲斐あって、予定していた時間より早く着いた。
「こっちこっち」
入店のタイミングに合わせて、女性の声が聞こえてきた。声の方へ顔を向けると、高野と一緒にいた女が、喫煙席から手招きしていた。軽く会釈を返し、小走りで駆け寄る。
「どうも」
僕に妙案を預けてきた張本人が見つからない。席には彼女一人だけである。
「あれ、高野さんは……」
「私も高野にここに来るよう言われてね」
高野の呼び出しに応じたのは僕だけではなかった。どういう了見だ。
「とりあえず、座りましょうか」
仕事帰り示唆するスーツに身を包む彼女へ、偶さか山中で出会した仲とは思えぬ親しみを覚えた。お互い、高野という人物に振り回されているという点に於いて。
「貴方も注文したら?」
彼女はそう言って、手に持ったティーカップを口元に運ぶ。店員にコーヒーを頼み、一つの作業を終えると、二度目の邂逅に相応しい無言の時間を迎えた。
「香水つけてる?」
彼女の突飛なる問いかけに僕は目を丸くした。四方山話にしては首を突っ込んだ話題のような気がするし、体臭についてアドバイスされるなど、人生の指南を授ける占い師でもない限り、まともに耳を傾けられない。
「つけてないですよ」
僕が答えると彼女は嘆息し、眉間に深い溝を作った。体臭に頓着していなかったとはいえ、毎日シャワーを浴びているわけだし、鼻をつくほどの臭いを……。いや、体臭なんてものは、他人を通して初めて自覚的になれる。つまりは、彼女の反応が全てなのである。
「貴方、危険かもしれない」
嗚呼、そうだろう。悪臭を素知らぬ顔でばら撒いてきたのだ。白眼視を尽く感知出来ずにいた鈍感さに気が参る。
「私のことについて、説明する必要がある」
確かに。僕だけがこんな気分にさせられるのは居所が悪い。彼女も僕に何か述懐すべきだ。
「ちょっと待って」
心の準備という奴だろう。彼女にも体裁はある。
「やっぱり、いいわ」
これでは僕の一人相撲ではないか。彼女はあっけらかんと携帯電話を取り出すと、手持ち無沙汰を紛らわす為の玩具とした。その手前勝手な振る舞いに唾きを飛ばして、彼女の身の上を聞き出そうとするのは、道端で次々に女性へ声を掛ける軽薄さが求められ、憚られた。