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詭弁家と聖女とありきたりな脱獄劇 9

 ユリは迷っていた。

 右に曲がるか左に曲がるか。 その選択はただの一度間違えただけで全く違う場所へと向かってしまう。 

 レンガ造りや木造の、色とりどりの住居と店舗が並ぶ通りの、一角に彼女は居た。

 辺りは日が沈みかけ、夕焼けが西の空に眩しく浮かぶ。 


 出発してから既に一時間以上。 

 ユリは道に迷っていた。


「どうしたものでしょうか」


 彼女の足なら二十分と掛からない道程が、既にその三倍以上が経っていた。 もちろんレオナルドの言葉を鵜呑みにしたわけではない。 

 ただ単純に彼女は、その足でその道を歩いたことが無かったのだ。

 慰問という形でユリは監獄へ何度も赴いたことがあった、馬車に乗ってだ。 だからその道は知っているつもりだったし、実際そこまで複雑ではない。 

 全部で四度曲がるだけだ。

 その日にあったことを考えながら歩いていたせいで、馬車の小窓から見る景色との微妙な違いのせいで進むべき方向をことごとく間違えてしまっていた。 

 決して彼女が方向音痴と言うことでは無い。


「確かこっちだった気がします」


 それから聖女様は何十回目かの角を曲がって見覚えのある建物へと辿り着いた。


「やった! やりました! 知ってる場所です! 」


 でも確か方角的には随分とずれているような……


 勇気の半分は諦めることだ、とユリは脳内で唐突な論を展開してその建物の方向に歩みを進める。


「あのーすみませーん」


 カトレア孤児院。 

 個人が運営する身寄りが無い子供たちを育てるための場所。 

 外装の白いペンキは所々剥がれていて、前庭には子供たちが育てている植物がまばらに埋まっている。

 何度も来たことがある顔馴染みばかりの場所だ。

 

「誰か居ますかー? 」


 子供たちの声がしない。 

 いつもは少しばかりうるさくも感じる騒ぎ声がり 

 正直なところユリはあまり小さな子供が得意ではない。

 言葉が通じないときも多々あるし、すぐ喧嘩するし、だからといって嫌いということではない。

 むしろ好きだ。 

 だから一度仕事で訪れて以降、たまに暇を見つけてはパンやお菓子のおみあげを買って遊びに行っていた。

 何度か夕食も一緒に食べたこともある。 

 走り回っている子供が居たせいでユリが頭からシチューを被ったことは良い思い出だ。  

 きっと、多分、彼女自身はそれも良い思い出だと思っている。

 思いたがっている。


 だからその喧騒が感じられないというのはユリには不思議で仕方なかった。


「誰か居ますかー」


 灯りは見る限りついている。 誰かは中に居るのだろうと何度目の呼びかけを経て、ユリは入り口の扉に手をかけた。 中をのぞくと人影が見えて安堵を浮かべて扉をくぐる。  


「もう少しだけ待っていただければ……」


 どうやらタイミングが悪かったらしい。 施設長のカトレア女史が明らかにその場には不相応な振る舞いをする男たちに囲まれていた。


「あ? ソイツは先週も、先々週も聞いたなぁ? オイ、貸した金は雁首揃えてちゃんと返せよ? 」

「どうしやすか、アニキ」

「舐められないように一発やっちまいますか!? 」


 そんな会話をしているところだった。


「あのーすみません。 そう言うのは良くないと思います」


 勇気の残り半分は後先を考え無い事だと誰かが言った。 銀髪の碧い目をした年端もいかない少女が。


「ああん? じゃあお嬢ちゃんがコイツの借金全部返してくれるってのか? 」


「それは出来ませんケド……」


 聖女という仕事の実入りは少ない。 神に仕える身として実のところほぼ無給だ。 衣食住と老後の保証は十分にあるが、自由に使える金というのは殆ど無い。 ほんの小遣いのような額だけだ。 

 だからユリが危なそうな連中が複数人で来るような取り立てに対して全額ポンと出せるわけが無いのだ。


「でもそういう暴力的なのはいけないと思います」


 一時間ほど前にレオナルドから聞いた話をユリは思い出していた。 彼もいわゆる取り立て人という仕事を中心に似たような事をして日銭をかせいでいた。 だからと言って誰を無意味に傷つけたり、脅したり、そういう風にしてと言うことはないのだと言っていた。

 脅したところで金が生まれるわけがない。 

 殴ったところでボクサーでもないのだから給料は増えない。


 だからお互い平和に、合理的に、一見お互いの損を出来るだけ減らせる形で少しの嘘を交えながら借金の取り立てをすると、レオナルドは言っていた。

 

 だからこの人たちにも同じようにやってほしいと主張したところで、しかし何も届くことはないのだろう。

 だが何もしないよりは少しの可能性に賭けたいとユリが考えているとカトレア女史が一歩前に出る。


「ユリちゃん、貴女はこういうところに居てはならないわ。 今日のところは申し訳ないのだけどお引き取り願えるかしら? 」


 カトレア女史は軽く曲がったままの腰をさらに深く折り曲げて言う。

 健康なはずの両の手は震えていて、少なくともこの場を一人で安全に治められるようには全く見えない。 せめて子供たち、そしてカトレアから見れば十分まだ子供なユリを守ろうと。


 勇気の半分は諦めることで、半分は後先を考え無いことだと誰かが言った。

 この人はこれから何を諦めて、どう行動するのか。 はっきり言って無謀だ。 


 ああ、神よ、普段お祈りをサボってごめんなさい。 朝寝坊ばかりでごめんなさい。 夜更かししてごめんなさい。

 だから今だけは力を貸してくれませんか。


 神という存在の力というのは定かではないが、この時、この場所、この問題に限って言えば何の働きもしてくれないというのが唯一の事実だった。


「救いは無いのですね」


 ユリは小さく呟く。


「あ?なんか言ったかガキが」


「コイツ相当言い身なりしてますぜレイブンのアニキィ! 掠って身代金でもふんだくれば結構言い額になるんじゃないですかねぇ! 」


「流石俺の一番の子分だな。 俺もそう考えてたところだ」


「流石アニキ!」

「お見それしました!」

「天才でさぁ!」


 そう言ってアニキと呼ばれる男レイブンは上機嫌にユリの方へと近づいていく。 男が一歩一歩と近づいて行くうちに、ユリは歩調を合わせるように一歩一歩と下がっていく。


 普段取り分け運動をすることもなく、自堕落な少女が一時間以上も知らない道を歩き続けたらどうなるか。 

 疲れる。

 それだけのことだ。 だが疲れとは生物にとって体調不良、デバフ、事故の元、ありとあらゆる厄災の根源&その他諸々を引き起こす最悪の状態異常。

 思考は鈍り、身体は命令通りに動かなくもなる。

 だから――


「きゃッ! 」


 聖女が突然転んでしまったのは必然的な事だった。


 鼓動が高まる。

 全身が震えて声が出ない。

 後悔と自責の念が押し寄せる。


「おい、縄もってこい! それとでけえ袋だ! 」  


「――――――」


 ユリは自分の身に降りかかる、悲惨な未来を思い浮かべて声にならない悲鳴を上げた。


 ああ、神よ。 救いは無いのですね。 

 ただそれだけを思い浮かべながらユリは気絶するように意識を失った。


どうも初めまして、この度は拙作をお読みいただきありがとうございます。

次の話から物語が本格的に動き出します。


私はこの分野では完全な素人でして、文字の世界に不文律というのは無いのかもしれませんが、ルール等も紙面をなぞって知った気になって居るだけのペーペーです。


何かよろしくない所がございましたら、お手数ですがお知らせいただければ幸いです。


次作以降に役立てさせていただければと思いますので、感想、評価等もしていただければ喜びます。


それではまた次回。


ポメラニアンとオリーブオイル

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