詭弁家と聖女とありきたりな脱獄劇 5
「俺は人を殺した――ことになっている」
自称詭弁家は銀髪聖女にそう告げる。
「そう聞いてます」
ユリは逆に言えばそれくらいしか聞いてないという風に返す。
「だから聞くだけ聞いてくれ、アンタがこの話を信じてくれなきゃゲームオーバー。 俺は吊るされるだけだ。 その時は死にゆく愚かな男の最後に嘆いて行ったとそう思ってくれて構わない。 そういう仕事だろ? 」
話を聞くのは仕事の範疇だろう、とつけこむように言う。
レオナルドは深く息を吸い込む。 頭の中に、身体中に酸素を巡らす。
総ての計画は幾らかの分岐点を用意してあったが、ここがスタートだ。
もう一度深く息を吸って話し始める。
「俺がとっ捕まったのはいつだと思う? 」
「ひと月くらい前でしょうか」
どこからか烏の鳴き声がする。
鼠が見えないところで一匹駆ける。
そしてレオナルドは口を開く。
「今朝だ」
当然聖女は酷く驚く。
一体どれだけ殺せば捕まったその日に死罪となるのか。
歴史上この国には二人しか存在しない。
一人は当時の第三王子を暗殺したギャング。
もう一人は議会を占領した過激派一派の頭領。
どちらも百年以上前の話だ。
身体が強張る。
心臓の音が直接耳まで届く。
手にもつコップがガタガタと震える。
考えるまでも無く聖女は大きくのけ反った。
「おいおい、さっきから元気だな」
え、いや、と言いそうになる聖女をそれはそうだ、と揶揄うようにレオナルドは言う。
「誰を、何人やったと思う? 」
口が強張って、何かを言おうにも音は出ない。
ユリの口からヒッ、という声が意識せずこぼれる。
「そう、一人。 しかもただの娼婦だ。 有名人でも、王室の人間でも、聖職者でもない。 ああでも罪を擦り付けられただけで俺じゃないからな」
たまたまユリの口から出た悲鳴擬きは幸運にも、勝手に会話を成立させた。 勿論言うまでも無くそれは彼女の意思でも願いでもなんでもなかったが。
ユリの精神が薄っすらと落ち着くを取り戻す。
「なのに俺はその日のうちに縛り首。 おかしいと思わないか? 」
「それは……」
まだ辛うじて二人の会話が成立するようになる。
「俺がそうなるように頼んだんだよ」
理解が追い付かない。 頭の中を疑問符が占める。
認知的不協和が起きて、自分が間違っているのか相手が間違っているのか。 自然と自分が正しいと考えるのが人間だ。
そうしてユリは目の前の男が表には出回っていない薬でも使っているのではないかと疑い始める。
「当然素面だぞ」
ユリの心臓が一度強く跳ねる。 まるで心の中をミスがされているかのような強い錯覚に陥って、何故、そしてどうしてという二つの疑問がユリの頭に激しく纏わりつく。
勿論レオナルドはユリの考えをお見通しで、自分がいかれているのではないかと疑われることは織り込み済みだ。
だからまるでレオナルドがユリの頭の中を読んだかのように見えるがその実、レオナルドがしたことはユリの思考を誘導しただけという話だ。
「でもどう考えてもおかしいよな」
「理由があるってことですか?」
ユリがその言葉を返したことで、レオナルドは勝利へ一歩近づいたことを確信し笑みをこぼす。
「そうだ、理由がある。 まず第一にただの殺人なら暫くは日の光を拝めねえ。 数か月か数年か。 だからとっとと決着がつく形にした。 まあぶっちゃけその日のうちに、とまでは期待してなかったけどな」
ユリは疑問の一つが解決されてひとつ頷く。
「それに俺はアンタのとこの神様なんて微塵も信じちゃいないが、ナンタラ教徒ですって言えば、最後の福祉って奴でこういう場が設けられる」
そしてその日のうちに予定を入れられる人間なんて下っ端に決まっている。 その方が御しやすいから好都合だ。
レオナルドは当然そのことをユリに言うわけも無く、一段飛ばして話を続けた。
「可笑しいだろ? その日のうちに極刑になるような人間が居たとして、今のところ要求が全部通ってるんだぜ。 そんなことがあるか? 」
俺の言っていることが全部本当ならな、とレオナルドは付け足す。
「そうなんだよ、俺が実際になにかやってようと無実だろうと、アンタは知る由も無いんだ」
「そんなの本末転倒じゃないですか」
もっともなことをユリが返す。
「そう、だからここまでの話はどうでもいい――」
日が昇って朝が来る。
月が昇って夜が来る。
抗う事の出来ない理の中で彼らは生きている。
だからレオナルドは夜に太陽を見上げるためにただ一言。
「――本題はココからだ」




