詭弁家と聖女とありきたりな脱獄劇 3
「取引だと? 」
青い帽子をかぶる連中の中でも、胸元にいくつか勲章をつけた男が言った。
こいつが隊長だろう。
「ああ、取引だ。 指揮官は誰だ?」
聞くまでも無いだろうと勲章の男が一歩前に出る。 そうしてその男はレオナルドを取り囲む連中のある一点に視線を一瞬だけ送る。
「ソイツだ。 ソイツ以外は外に出ろ」
レオナルドは勲章の男の方を見ながら男が視線を向けた方向を確認することもなく指さす。
集団というのは単純なもので、困りごとが有ったときは自分より身分が上の者の顔色を伺う。 だからその男が顔つきからも勲章の数からも隊長であるのは分かりきったことだが、指さした方の男が真にその連中を率いているはずだということは明確だった。
レオナルドは多くのことを養父から教わっていただが、そのうち殆どを聞き流していた。 ただ一部の、人間の生来の特徴というか考え方についての教えは自然と頭の中に残っていた。
だからこういう時に幾らか死線を潜り抜けることができる日もある。
レオナルドは今日がその日であることを願って言葉を繰り返す。
「ソイツ以外は部屋から出て行ってくれないか? 二十人に銃を突きつけられてたら昨日飲みすぎたんでな、漏れちまう」
「聞いただろ、指示があるまで外で待機していてくれ」
男がそういうと帽子を取って一団に指示を出す。
そうしてレオナルドが場のイニシアチブを得たのはつかの間、これは不味いなと気が付く
男は緩慢な動作で帽子を脱ぐ。
茶色い撫でつけてあっただけの頭髪を器用に片手でかきむしって、ああ、趣味じゃないのでね、と分け目を作る。
その間絶え間なく握手を求めるように自然な所作でレオナルドに向かって銃を突きつけながら。
「アーノルド・レイ捜査官です。王室警備部の」
「随分正直に話すんだな」
本物ですよ、と付け加えてアーノルド(偽名)は王室付の者だけに渡されるバッジを見せつける。
制服を着た警官が仕事中に気崩すこともないだろう。 だからコイツは言葉通り、多分この厄介の出来事の元凶かその関係者なのだろ。
ただの雇われの労働者ではない。
独立した逮捕権と捜査権も与えられています、とアーノルドは付け足してレオナルドの言葉を促す。
「で、アンタか? 」
「いえ、違います」
「じゃあ誰だ? 俺は誓って殺しはしない。 何よりも不経済だからな。 口に出すのもおこがましい所に売るのを手伝った後にどうなるかは知らないが、少なくとも直接手は出さない」
「一体その日暮らしでの御仁がどのような誓いを立てるのかは知りませんが、一点、殺しが利益を生まない事だけは同意です。 だから、ほら」
と言ってアーノルドは躊躇なく拳銃の引き金を引く。
「弾は入っていません。 もちろん私のだけです」
扉の方に二人して視線を向ける。 外の警官たちは弾の入った銃を持っているから安心してくれ、外の奴らはそうでないんだろ、とお互いに言外に言いながら。
ああ、余計に喉が渇く。
「で、アンタじゃないならどこの誰だ? それとここはどこで彼女は誰だ? 」
「取引を申しだされたのにも関わらず、何の情報も無い様で」
アーノルドは自分の方がこの場を完全に掌握していると、自信たっぷりに続ける。 それは事実でレオナルドは自分が何も知らないということだけ知っている。
昨日飲んだ高かったハズの酒の味もろくに覚えていない。
「順を追ってお答えしましょう、彼女をヤったのは我々です。 私個人ではありません」
結局同じことじゃないか。
「ここは、そうですね、詳細は述べられませんが、協力者の邸宅です。 そこの客間です」
何の情報も増えていない。
「そして彼女はカレン、いわゆる娼婦という奴です。 高貴な方専門の。 そして大事な質問が抜けていたようなので、付け加えますと彼女が殺されたのは彼女の持つ情報が原因です。 それが何かまでは――」
「ああ、もういいたくさんだ。 最後に一つ聞かせてくれ」
「なんなりと」
王にかしづく時のように大げさにアーノルドがうなづく。
「俺はどうなる? 」
「そうですねぇ、大変申し上げづらいのですが、一番望ましくないことになる、とだけ申しましょうか」
「そこまで含めての仕事か」
レオナルドは誰に聞かせるためも無く呟く。
状況を整理すれば至極単純な話だ。
国にとって厄介な人間を始末するために、大した価値のない人間がヤったことにして処理をする。 そうすれば方々に言い訳が付くし合理的だ。
レオナルドは何度か似たような仕事のためにチンピラを監獄に送った経験があるので、せっかくアーノルドがボカシて伝えた苦労も空しく、この後の自分の顛末を容易に想像できた。
ギャングの抗争の片づけのため程度の理由だとしても半分は生きて出てこない。
つまりここからが自分の仕事だ、とレオナルドは理解して思考をめぐらす。
「それじゃあここからが取引だ」
漸く総ての合点がいった。
こうしてレオナルドはやっと交渉のテーブルについた。
「ようやくですか」
「俺を絞首刑にしてくれ。 できるだけはやくな」
「今なんと? 」
「ああ、罪状が足りないか? じゃあ帰り際にその辺の高そうなものを盗んでから行こう」
「すみません、えーとわたくしとしたことがちょっとあたまがおいつかなくてですね」
「どうした? ガキみたいな話し方をして。 王室のナンタラって組織は人手不足で読み書きも不自由な孤児でも雇うのか? 」
「おほん。 失礼、そちらの王室侮辱で十分です。 この部屋のものは持ち出さないでください。 協力者の方にも迷惑ですから」
それから警官たちが部屋に入って来てレオナルドを縛り上げる。 一切の抵抗をするそぶりも無く、余計な仕事を増やすつもりはないと言うように。
その実レオナルドの仕事は極めて広く、出鱈目なくらい雑に解釈すれば、誰のかというのはさておき、治安の維持という目的は変わらない。
つまりは彼らとレオナルドは同業者だ。 だったら彼らのツライ部分や、仕事の煩わしさというのは把握しているつもりだ。 だったら少しでも負担を軽くしてやろうというのは非競業の同業者に対する温情というところだ。
あまりにも堅苦しい身支度をほとんど終え、レオナルドは自由に後ろを向くこともできない状態になった。
「いい女だったのか? 」
「だからこういう顛末なのでしょう」
アーノルドの悲しそうに言う。
「なあ、所で俺の取り分は誰からもらえばいい? 」
「雇い主からどうぞ」
「ああ、雇い主ね」
「次会う時はもう少しまともな話し合いができることを期待してますよ」
「ああ、気が向いたらな」
二人の社交辞令の応酬を待って警官たちが両脇を囲む。
そのうちの一人が遮光性の袋をレオナルドの頭にかぶせて、ほかの警官が腕をつかむ。
考えはまとまった、と激しい思考のうねりが一転凪ぐ。
そうしてレオナルドは暗い暗い所へと進んでいった。




