詭弁家と聖女と人生で一番退屈な一日 8
レオナルドはボーンの強く握られた拳を見つめていた。
自分の本来の目的を忘れて、ただ目の前の煙草を一本手に入れるために。
中に入っているのは金貨か銀貨か。
当たればその中身と煙草を一本貰えることになっている。
角張った筋の浮いたその中に一体何があるのか、誰が端から見たとして、到底皆目検討がつかない。
「どうです? 分かりますか? 」
分かるはずがない。
そのことだけはレオナルドもボーンも当然分かっている。
それはただのフィラーで。
「だと良いんだけどな」
レオナルドはボーンの強く握れらた拳を凝視する。
ヒントは見当たらない。
そもそも何の意図があってのこんなゲームを仕掛けられたのか。
その手の中にはどちらが隠されているのか。
幾つもの疑問符が思考のピントをぼやかし続ける。
二つに一つの運否天賦に身を任せれば、同じく二つに一つは正しい答えを選べるだろう。
それとも何か、観察すれば分かるというのか。
だがきっと、これはそう言うゲームではない。
ボーンはきっと、レオナルドが大きく負け越したゲームを見ていただろう。
わずかな可能性、イカサマの仕込まれている可能性を加味して、レオナルドが急場凌ぎに労した策が徒労に終わった事も知っている。
「なあ、友達さんよお」
レオナルドは戯けて尋ねる。
「何ですか? マイフレンド」
ボーンは同じく戯けて答える。
「アンタは当然俺が大負けしたのも見てたよなあ」
「ええ、勿論」
だから声をかけたのだという風に。
「小賢しい手で一発逆転に賭けたことの結末も見てたよなあ」
「その通りでございます」
だから一体今度はどんな手を使ってくるのかと、歓迎するように。
「ハタから見れば、今俺はハメられている。 そうだろ? 」
ツキや流れなんてのはギャンブラーが陥るありがちな誤謬だが、そういう生業の奴は他人のソレにつけ込んで儲けている。
「はて、そんなつもりは御座いませんよ。 ただわたくしは貴方様のような方に救いの手を差し伸べることを何よりの至上命題、天井の喜びと感じておるのです――」
大袈裟に、無知蒙昧の徒に根拠の無い説教を垂れる神父のようにボーンは語る。
あくまで自分は善人で、何の腹積もりも無いのだという風に。
「ですので、一つ助け船を出しましょう。 貴方様に一つ、権利を差し上げます」
ボーンはあいている方の手で先程ぶりに指を一本、またピンと立てる。
「どのような質問にでも、以降に一度だけ、必ず真実を告げると約束いたしましょう。 ただしこれ以降同じような譲歩は致しません」
勿論わたくしは人生でただの一つも嘘をついたことはありませんがね、とボーンは付け足して。
以降、と言う言葉がレオナルドの心つ強く引っかかった。
そうだった、と。
レオナルドの今この瞬間一服するためにそこに居るわけではない。 彼の目的は攫われた聖女の救出で、そのためにここに居る。
だからその「以降」という言葉は彼の計画にとって重要なワードだ。
この次がある、このゲームの次が。
ボーンが故意か偶然か漏らした信じるならば、ボーンがそれまでに語った総てが真実であると信じるならば、この次が事のすう勢を左右するかもしれない。
「勿論アンタの手の中身を聞いても良いんだよな?」
「ええ、そちらの質問でよろしいです? 」
どんな質問にでも、と言うのが問題だ。
初めから一連のゲームにはこの権利が付随している可能性。
伸るか反るかの二択に悩んでいる奴に答えを容易く得られるチャンスをチラつかせてやれば、大抵がその場で使うのは考えるまでも無い。
そう行動するように誘導されているかもしれない。
そしてそれすらもレオナルドを騙すためのブラフである可能性。
今は何もわからない。
だから手の中身を聞くためにその権利を使ってはならない。
レオナルドはそう結論付けた。
「いや、忘れてくれ。 今じゃない」
「左様でございますか」
だがしかし、最初のゲームを確実に抜けるためには無策では無理だ。
完全な詰み。
喧騒冷めやらぬ燻製場の地下で、スモークハウスの片隅で。
淡々と賭博に興じる男たちの中で、レオナルドは彼ら一日に散財する額に比べればかなり小さな額の勝負に、すべての集中を注いでいた。
賭博、とレオナルドはふと思う。
今自分が興じているこれは何なのかと。
あくまでボーンはゲームと呼んだ。 ただ自分がココの主人なわけでもないので、何かを賭けているからと言って賭博とは呼ぶわけにはいかないとそういう理屈なのかもしれない。
だがしかし、彼は賭博をやらないと言った。
じゃあこれはなんだ?
どちらかが得をして、どちらかが損をする。
随分尖った条件差だが、運否天賦に身を任せて二人とも掛け金をテーブルに乗せていることには違いない。
「そろそろ分かりましたでしょうか? 」
「ああ、もうすぐわかりそうなんだ」
ただしかし、これが賭博で無いならば何か。
「質問していいか? 」
「ええ、勿論いつでも構いません」
ただ一つ足りない、そのピースを埋めるために。
一体どんな質問をして、どんな答えが返ってくれば上手くいくのか。
どれだけ考えても答えは見つからない。
だったら――
「その前にひとつ、俺の推理を聞いてくれるか? 」
視点を変えて考えればいい。
レオナルドはボーンの拳の中ではなく眼前の双眸を見つめていた。




