詭弁家と聖女と人生で一番退屈な一日 7
その次のゲームは黒が出る方にあるだけを二枚。 レオナルドの手元に残った総てのチップを賭けた。
しかし結果は奇しくも再び赤。
レオナルドは持ってきた総ての財産を失った。
「騒ぎ立ててすまなかったな」
「いえ、お気になさらないでください」
それからレオナルドはゲームを始める直前まで座っていた壁際のテーブルに戻って行く。
深く腰掛けて溜息をつく。
「あー負けた負けた」
レオナルドは自分が負けたことを誇示するように、大げさに独り言を言う。
先程のやり取りは店中の人間が把握していて、博徒も、従業員も、誰に取り憑こうかと相手を探す金貸し達も皆が知るところにあった。
「随分とツイていないようですね」
一人の男がのっそりとレオナルドの対面に座る。
「あーアンタどなた? 俺の友達? 」
「ええ、是非ともそうなりたいものです」
勿論その二人に面識はない。
お互いに名前も知らず、歳も素性も何一つとして分からない。
初対面で意味無く距離を詰めに来る奴にろくなのは居ません、その者は貴方を利用しに近づいて来たのです。
読んだことはないが、どこの宗教の聖典にもそんな一節があるだろう。
「じゃあ友人の俺からのお願いなんだけど、名前を教えてくんない? 」
「ええ、是非とも。 わたくしボーンと申します」
ボーンと名乗るその男は顔と体が妙に骨張っていて、骸骨に皮を無理矢理張り付けてみたら、きっとこんな顔になるのだろう。
「それでボーンさんは俺に何の用? 」
「用と言うほどのことではありませんが良く聞いてくださいました! 是非ともお見せしたいモノが御座いまして――」
是非とも、と言う表現が口癖のボーンは大事そうに抱えていた袋から更に一つ、二回りは小さな袋を取り出した。
「勝った金を見せびらかしにでも? 」
「いいえ、わたくし賭博は致しません。 ただの一度もございません。 実はわたくし慈善活動家というのをやっておりまして」
と、ボーンは卓上の袋の口を軽く広げてみせる。 中には大量の金貨銀貨が詰まっていて、外よりも明るいのでは、と言う位のこの空間ではより一層輝いて見える。
「じゃあそれ貸してくれんの? 」
「ええ、是非とも、無論条件次第では御座いますが」
「条件? 」
ボーンは小枝より細いのでは無いかと言うほどの指を一本、ピンと立てる。
「ええ、二つ御座います。 まずはわたくしとちょっとしたゲームをしていただきます。 貴方様が勝てばこの中の一枚を差し上げます。 字面通りに、本当に差し上げます」
「もし負けたら? 」
「その時はお名前をお教えいたたげますか」
「えっ」
レオナルドはその男の真意が分からなかった。
もしボーンの言うことが総て真実で、嘘偽りが一つも無いのだとしたら、この男は本当の慈善活動家と言うことになってしまう。
銀貨と金貨、職人の日当とその半月分ほどの価値があるそれを一枚ずつに手に取って、ボーンは続ける。 レオナルドから向けられる不審なモノを見る目を無視して。
「ルールは簡単で御座います。 わたくしが貴方様に見えないように金貨か銀貨の一枚を手の中に隠します。 それを貴方様が運否天賦に身を任せ、見事一度で的中させましたらそのままそっくりお渡し致します。 勿論そのゲームで見事勝利した暁には、そのまま終わりにする、という選択肢もございます」
「本当にそれだけか? 」
「ええ、わたくし嘘は申しません。 神様?とか言うのに誓って人生でただの一度も御座いません」
男の胡散臭さが益々加速する。
あまりに自分に有利すぎる。
レオナルドはこの男の思惑をつかめずに、何故か、と言う事を考える。
負けたら名前を教えるだけで、勝てばそれなりの額を渡してくるという。
明らかにこちらに有利なゲーム。
自分の名前にどれだけの価値があるかと、レオナルドは当てのない思考の旅に出る。
男は飄々としていて、それでいて底が知れなくて。
一層のこと、他人の名前を知ることで悦に浸れる異常性癖者か、名前を知ることで生気を吸い取る物ノ怪の類いであればと、そう願うほどだ。
男の目的が見えない。
男のメリットが見えない。
だから――
「この話には乗れない」
論法ですらなく、街の少しませた子供でも分かるような理屈だ。
「左様で御座いますか」
男は諦めた風に、そう言う。
ただでさえ不利を背負っているレオナルドにとって起死回生の千載一遇のチャンスではあったが、これ以上正体も分からないその男の甘言に乗るのは受け入れ難い事だった。
だからレオナルドは読み違えた。
「皆様そう申し上げますからね。 でしたら特別に十倍! 十倍お支払い致しましょう」
「は? どういう――」
レオナルドの疑問を遮るようにボーンは身を乗り出して続ける。
「足りませんか? 足りないのですかー。 あーでも困りましたね、これ以上は最初のゲームでは何とも――」
待て、待ってくれとレオナルドが何度が制してボーンはなんとか静かになる。
そして男が言ったことの末節を、レオナルドが聞き逃す訳もなく、合点がいったと納得する。
「最初のゲーム? 」
これは撒き餌だ。
引っかかれば次のゲームまでトントン拍子に進んでいく。
最初のゲームで勝てばそれが銀貨だろうが金貨だろうがレオナルドが得することには変わりは無い。
最初の方は本当に勝たせて、沼にはまりだした頃にどっぷりと搾り取る。 簡単に金を稼げる、そういう甘言に今までどれだけの人間が騙されてきたかは言うに値しない。
人間は快楽からは逃れられない思考をしている。
快楽、と言う言葉でレオナルドはあれから一度も煙草を吸っていないことに気がついた。
どこからか、葉を燻すような香りが鼻の先をふわりとなぞる。
余りに忙しく、目の回るようで出来事の連続で気になっていなかったが、こう一旦落ち着いてしまうとどうしても一度吸いたくなってしまう。
「なあ、ボーンさん煙草持ってるか? 」
「ええ、御座いますよ。 わたくしは吸いませんが」
ボーンはコイツは商品ですので、と言外に言うように一本取り出して硬貨の詰まった小袋の隣に置く。
煙草の輪郭とボーンの指の細さは区別がつかないほどで。
「十倍って言うのはいいから、俺が勝ったらソイツを一本付けてくれないか? 」
「ええ、よろしいですよ。 お友達のお願いですからね」
友達。
この見るからに怪しい骨の御仁は果たして自分の数少ない、三人目の友人として呼び得る人物なのだろうか。
まあ今は、その目の前の一本のために友人として。
「アンタの話が嘘だったら、全身の骨を肥料にして煙草畑の肥やしにしてやる。 墓標にはアンタの皮で作った灰皿を備えてやるよ」
レオナルドは快楽物資が切れて、どうしてもそれを欲してしまう。
軽口のようだが本心で、その様は野生の動物のようで。
「随分と計画性がありますことで」
皮と骨の聖人は、妙に落ち着いて居て。
緩慢なようで迅速としていて。
「それでは参りますよ」
慈善活動家の友人は袋の中から見えないように、硬貨を一枚片手に握り上げる。




