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詭弁家と聖女と人生で一番退屈な一日 6

 開店直後の店内の客層は、夜職の者が多い。 

 破落戸に伊達男に娼館や飲み屋の警備、たまに女も混じっているが冷やかし程度に二、三度賭けると飽きてしまったのか直ぐに帰る。

 彼らに共通する点は多くないが、その彼らでも必ず持っている特徴がある。 たいした額を持ってきていないのだ。

 雇い主からせびった小遣いか取っ払いの日給を今日こそは大勝ち出来ると根拠もなく信じ、不規則に現れる現象に存在しない因果や法則性を見いだし、また一人、一人と帰路へついて行く。

 そんな中でも一日に一人は大勝ちする客が居る者だから、今日こそはと彼らは明日もやって来る。


 正午の鐘からしばらくが経って、店内の客層はガラリと変わっていた。

 彼らも今し方仕事を終えて遊びに来ているという点では全くの同一だが、その仕事の中身が違う。

 午前中の内に終わるのは大抵何かの経営者だ。 朝一に人や荷物を手配して、そこで起きる些細な問題に対処して、総てがつつがなく終われば大体この時間だ。


 早い時間を主戦場とするタイプの賭場では正午前後が一番金の動きが大きくなることも珍しくない。 この店もその例に漏れず店内は一日の内で一番の賑わいを見せていた。

 そんな店内にレオナルドは居た。


「そろそろ動くか」


 レオナルドはようやく食事用のテーブルから立ち上がる。 

 彼は二つの目的でこの時間になるのを待っていた。

 まず一つ目はどんなゲームの台でもいいから低レートの卓を一台占有するためだ。


「ここ良いか? 」


 つい数十分前とは打って変わって、暇そうにしているルーレット台のディーラーに声を掛ける。

 

「はい、もちろんで御座います! 」


 見るからに新人のディーラーは、元気そうに答える。


「全部変えてくれ」


 レオナルドは卓につくと有り金を総て卓に乗せる。 


「サイズはどうなさいますか」


「あー、なんでもいい。 ここのレートに合わせてくれ。 全部同じ額で頼む」


「畏まりました」


 新人のディーラーはそう言うと少し緩慢な手付きで雑に置かれた硬貨を数え上げる。


 話しかければ幾らか誤魔化せそうだな。


 レオナルドは今何時だ?と聞きたくなる思いを抑えてディーラーが総てを数え上げるのを待つ。


「ではこちらチップになります。 ご確認ください」


 ルーレットのテーブルは複数人が一つの空間を共有してプレイをする。 だからプレイヤーごとに固有の色をついたチップを使う。

 レオナルドの手元には青いチップが丁度五十枚奇麗に重ねられた状態で並べられる。 横には何枚か端数として額面にも満たない硬貨が返金される。 

 両面には10と書かれていて簡単なかけ算をすれば今のレオナルドの手持ちは明らかだ。

 さっきのウェイトレスにはかなり多めに渡してしまったな、とレオナルドは苦笑する。


「それでは始めさせていただきます。 お賭けください」


 レオナルドはまずは一枚、と偶数の目が出れば賭けた額と同額が手に入る所に賭ける。


「それでは回します」


 それから少しの時間を開けて。

 

「ノーモアベット」


 この言葉だけは何度も練習しましたと言わんばかりに流暢に、新人のディーラーは告げる。


「黒の22」


 ディーラーがそう告げると賭けた一枚が二枚になって、レオナルドの手元へ返される。


「おめでとうございます」


 ディーラーは笑顔でそう告げる。


「ああ、コイツはラッキーだ」


「それでは次の回へ参ります。 お賭けください」


「それじゃあ次は赤に三枚」


 それから十ゲームほどが過ぎた。

 賭け金は多くても一ゲームに五枚やそこらで、レオナルドのチップは六十枚を上回ることも、四十枚を下回ることもなかった。


「次のゲームに参ります。 お賭けください」

 

「それじゃあ次は奇数に賭けようか。 何枚まで大丈夫だ? 」


 第何ゲーム目か、レオナルドは改めて聞いていなかったことをディーラーに尋ねる。


「そちらのチップですと丁度五十枚まで」


「それじゃあこれだけ」


 レオナルドは手元にチップを一枚残して総てを奇数のマスの上へと置く。

 今五十枚が五十一枚になったばかりの男が、だ。


「よろしいのですか!? 」


 ディーラーと言うのは本来、客がそのテーブルのリミット以上に賭ける場合を除けばその額の多寡に対して何か意見をする、という行為を許されていない。

 客の側が、例えば大金をかけた一勝負でそのチップを三十六倍にでもしたななら、そのプレイを賞賛することはあっても、大金をかけること自体を止める権利は何一つとして持ち合わせて居ないのだ。


「駄目か? 今、俺は上限を確認したつもりだったんだが」


「い、いえ申し訳ございません。 出過ぎた真似を。 それでは回します」


「いや別に大丈夫だ。 別にアンタの上司にクレームを入れようとかってつもりもない」


 新人のディーラーはそれは良かったと言うような素振りで先ほどよりもゆったりとミスをしないようにといった動作でボールを弾く。


「ノーモアベット」


「その代わりと言ったらなんだが、そのボールがどこかのポケットに入るまで間、ちょっと気になったことかあるから質問に答えて貰っても良いか? 」


「は、はい! 」


 自分の評価が下がってしまうのをそれだけで防ぐことが出来るのならとディーラーは笑顔で答える


「この店の出入り口は一つか? 」


「ええ、最近流行っていますしょう。 それを真似たと言えば聞こえはいいのですが、元々倉庫だった建物を改築したそうですからね」


 ディーラーは聞いてもない情報を付け足して答える。


「今日は暇そうなディーラーも多いが、いつもこうなのか? 」


「いえ、本日は事務所内が自由に使えませんで、先ほどの私のようにお客様のご要望が無くとも表で待機せざるを得な得ませんで……」


「そうか、ありがとう」 


 ところでルーレットというゲームは賭けるチップがプレイヤーごとに分かれている事や、その賭けの始まるタイミングによっては多少の有利不利が生じると言う点において特異なゲームだ。

 ルール上ディーラーがボールを弾いた後なら店側がやっていたとしてもイカサマの介入する余地は限りなく少ない。


 だから上手いディーラーは大口の客が賭け終わった後にボールを弾くなら、絶対に店が損しないようなポケットにボールを落とすことが出来る。


「黒の22」


 銀色に輝く球体は一ゲーム目と同じポケットへと吸い込まれて行った。


 これが大口かはさておき、レオナルドは負けた。

 高々二つに一つは勝てるはずのゲームに負けた。


「おいおい一番最初と同じ所に入るかよ。 これが偶然か? 」


 レオナルドは大げさに、身振り手振りを織り交ぜて独り言のように言う。


「左様でございます」


 ええ、偶然です、と強調するようにディーラーは言う。


 それからディーラーはレオナルドに次のゲームをプレイするかと尋ねる。


「ああ、まだやる。 コイツが残っているからな」


「それではお賭けください」


「次も同じ所に行くわけがねぇ! 」


 レオナルドは店中に響く位に声を荒げてそう叫ぶ。 

 残されたチップを一枚、赤が出れば二倍になる目に置く。


「それでは回します」


「なあ、ディーラーさん。 残ったコインもまとめて賭けちゃあダメか? 」


「申し訳ございませんが、そちらのご要望にはお答え致しかねます。 他のお客様のベッドと区別が出来なくなってしまいますので……」


「なあ、今は他の客もこの卓にはいねぇんだ。 別に良いだろ? 」


 またしてもレオナルドは店中に聞こえるような声量でディーラーに尋ねる。


「お、お客様、余り騒がれては困ります。 そうですね、かしこまりました。 他のお客様がどなたも同席されていませんので許可いたします」


 大声のレオナルドをかぶせて落ち着かせるような声量でディーラーは答える。

 この客は多分面倒な客だ。 多分自分が相手をしていてはいつか問題を起こすかも知れない。

 この客が総ての賭場を出禁になるようなことがあればスモークハウスの評判も必然的に下がる。

 そんなことも未然に防げないのだと。


 そしてその原因を作ったのは新人である自分だ。 そうなってしまえば立場がない。

 だから新人ディーラーはレオナルドの半ば無茶な要求を容認した。


「それじゃあコイツらは全部黒の22だ」


 額面にして1の数字が書かれたチップ一枚分と少し。

 レオナルドは急に冷静さを取り戻したかのようにそっと、当たれば三十六倍になって返ってくる目に賭ける。


「ノーモアベット」


 だがしかし、ボールが落ちたのは赤の目だった。

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