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詭弁かと聖女と人生で一番退屈な一日 5

 街の喧騒は一旦落ち着いて、道行く人は随分と少ない。

 朝餉と昼餉の間の時間。

 あれから四時間ほどの後、レオナルドはそこに居た。


 街の少し外れたところに有る燻製工場、そこに地下に併設された賭場。 

 名をスモークハウスと言う。

 食欲をそそるような煙が充満している一帯の中で、その一角だけは全く違う匂いが漂っている。

  

 昼間から賭け事に興じる無頼漢たちの歓声が、分厚い壁越しにも聞こえてくる。

 見上げると空はどこまでも続いていて、見下ろせばその扉の先はどこまでも深い所に続いていきそうだ。 


「さあ、行くか」


 ひと月分の食費よりは多い程度の現金と弾が一発だけ込められた拳銃を懐に、レオナルドは地下へと続く扉に手をかけた。


 どこまでも続いていそうな階段は案外の事すぐに終わった。

 数を数えるのには大した手間も無く、精々二十やそこらで、ろくな覚悟を決める暇も無くレオナルドは目的地の前に立つ。


 この扉を開ければそこが戦場。


 レオナルドは二つ目の扉に手をかける。


 開店から二時間程度しか経っていないのにその空間は喧噪で満たされていた。


「ようこそお越しくださいました」


 初めて入ったその店は、正直な感想を言えばこざっぱりとしていた。 入店を歓迎する店員の服装もシンプルで、黒のズボンに白のシャツ。 胸元のボタンまでびっちりと止められていて、議会の事務員のような格好をしている。


 だからレオナルドはその部屋に入って一瞬、ここか犯罪の温床とは、何かの間違いではないかと、そう考えてしまったほどだ。


「あークソ赤かよ」


 入って左手側のルーレット台には数人の人集りがあって、皆が朝から元気に球の行方を追っている。


 ほかにも遊戯用のテーブルが十はあって、そのうち半分ほどには慣れた手つきでトランプを扱うディーラーたちがその腕を振るって居る。


 壁際には食事専用のテーブルも幾つかあって、既に早くもその日の予算を使い果たして精魂果てている者や破産寸前の者に金を貸そうとする金貸したちが座っていた。

 客の出入り口がレオナルドが通ってきた一つだけならば借り逃げされることも無いのだろう。 こういった構造の店は彼らにとって都合が良い。


「当店は初めてでこざいますよね、幾らかご説明いたしましょうか? 」


 レオナルドが店内を見渡してると先ほどの店員が声を掛ける。


「ああ、頼む」


 レオナルドは自然にそう返す。

 勿論彼は此処に来るまでの間に、警官達の詰め所で店の仕様やディーラー達のシフト、常連達の出勤時間までありとあらゆる情報を脳内に叩き込んでいる。


 だから今さら何かを聞いたところで意味は無い、しかしレオナルドは今の所気まぐれに店にやって来た客として振る舞っているので、大人しく店員の話を聞くことにした。


「左手側にありますのが二席がルーレットでございます。 ただいまの時間は手前側が低レート、奥側の方が比較的高いレートでのプレイが可能で御座います 」


 ノーモアベッド、と何処から声がする。


「更に奥の方と右手側のにあります卓では様々なカードゲームがお楽しみ頂けます。 卓ごとにレートとゲームが異なりますので、プレイ前にご確認ください。 壁際のテーブルでは、当店自慢の燻製肉を中心に様々なメニューをお楽しみ頂けます」 


 そうして店員は淀みなく賭場の説明を終える。 

 店員のおじぎを待って、レオナルドは壁際の席に移動する。


 それから入り口の店員の注意が自分から逸れたのを確認するともう一度店内を見渡す。

 六方が木板に挟まれていて、高さは人が二人垂直に並んだくらいしかない。 窓が無いにも関わらず、贅沢に置かれているガス灯のお陰か、店内に閉塞感は無い。 

 外の世界の路地裏で出会えば喧嘩か強盗か、そんな組み合わせの無頼漢たちが肩を狭しと一つの卓を囲んでいる光景が随所に見られる。


 あくまで合法の店に限るが、賭場というのは放って置いても絶えることの無い美味しい税収源と言うことで、揉め事というのを起こした輩は全国総ての賭場で出入り禁止になる。 

 それだけのシンプルな理屈で先代の王は国中の犯罪を随分と減らしたというのだから頭が上がらない。 誰だって数少ない娯楽を禁止されたくはない。

 ただ一つ、非合法な賭場を開く輩だけが増えたと言うのはご愛嬌だ。


 地域によっては街中よりも賭場の中の方が安全で、揉め事からは無縁の中立地帯となっている。 だから元々はアングラなイメージの強かった賭場という存在が、むしろ王宮の次に安全な場所になったというのは不思議な話でもない。


「注文良いか? 」


 レオナルドは近くを手持ち無沙汰に歩いていたウェイトレスに声を掛ける。


「ええ、何にいたしますか? 本日のおすすめは燻製肉と黒パンの盛り合わせです」


「しばらく何も食べて無くて腹ペコなんだ。 それを二人分頼む。 一つはツレに」


 ツレにと言う言葉を聞いてウェイトレスはレオナルドの向かいの席を見る。 当然そこには誰も居ない。


「お連れ様の分は後からお出し致しますか? 」


「いやもう来ている。 奥にいる女だ」


 とレオナルドに言われたウェイトレスは店の中を見渡す。 店内にいるのは男達ばかりで、その日の出勤予定でも自分以外に女はいない。 だからウェイトレスにはそのレオナルドの発言の意味が分からなかった。


「失礼ながら見当たりませんが、どちらにいらっしゃいますか? 」


 ウェイトレスのその質問は当然のものだ。 自分は食事のオーダーを受けたが、それをサーブすべき相手が一人見つからない。


「俺よりも早く此処には来てるはずだ。 奥にいる」


 奥、と再び言われてウェイトレスは合点がいく。 何故かその日は事務所の中を自由に使えなくて、更衣室と調理場以外はディーラー達も含めて出入り禁止になっていた。 だから仕事も殆ど無いの彼女はずっと店内を歩き続けていた。


「手間賃も入れてコイツで足りるか? 誰かから、と言うのは言わなくて良い」


 レオナルドは自分がオーダーしたメニューの値段を聞こうともせず、軽食を頼むには明らかに多すぎる量の硬貨を数も数えずに雑に手渡す。 

 端から見れば散財しに来た富豪のように振る舞う様に見えるが、その実その所作が意味するところは、もうこれ以上事情を聞くなと言う以上の意味は無い。


「はい、ただいまお持ちいたします」


 察しが良くて助かる、とレオナルドはこれ以上気苦労が増えないことに安堵する。


 それから少し待って、一皿だけがレオナルドのもとへ届く。

 運びましたよ、とウェイトレスは小さな声で言うと、注文を受けてもいないのに小走りで裏の方へ消えていく。 


 それからレオナルドが一枚目の燻製肉を半分も食べ終わらないうちに、さっきのウェイトレスが私服姿で再び店内に現れた。

 どうやらこの店には授業員用の出入り口というのは無いらしい。

 ウェイトレスだった女はレオナルドに軽く会釈すると颯爽と階段を登っていった。


 さっきレオナルドが渡した分は実費を差し引いても彼女の数日分の稼ぎに等しい。 その日は体調不良でも装って早上がりするのだろう。 そうしてくれた方がレオナルドにとっても都合が良かった。

 

 最近新しくできた賭場は同じような構造になっていることが多い。

 扉は一つ。 客も従業員も同じ扉を使って出入りをする。 そこに立場の差はあれど、そこでは如何なる争いも隠し事も生まない。 だから平和の象徴として、皆が同じ物を使う。 それはどこか儀式めいていて、一種の願望のようであって。

 

 だからレオナルドが入店したときもボディーチェックの類は受けなかったし、ただ食事を取っているだけのレオナルドを不審がる者は居ない。


 誰もコトを起こすとは考えない。


 個々の組織の小さな暴力装置よりも、王室という権力が娯楽を取り上げるという子供騙しなような罰で民衆をコントロールしているというのは、どこか単純だが人間の真理とも言えるような様相があった。


 最も、聞いた話によるとスモークハウスという名のこの賭場はその立地の構造上出入り口が一つなだけで、他の組織が経営する賭場もボディーチェックをしないから仕方なくそれに倣っているというだけであったが。


 それからレオナルドは正午の鐘が鳴るまでの間、時間をかけてゆっくりと皿の上のパンと肉を胃の中に運んでいった。


 ああ、喉が渇いた。

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