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詭弁家と聖女と人生で一番退屈な一日 1

「それでコイツを連れてきたと? 」


 ケイオス商会が経営する表向きは合法な賭場の一つ、スモークハウス。 

 そのトップであるケイオスはその奥で酷く頭を抱えていた。


 もうすぐ空も白んでくる時間。 

 ケイオスはその仕事ぶりとは裏腹に健康的な生活を心がけている。 だから酒も煙草も客には売るが自分はやらない。 

 仕事が無ければ日が暮れて少しすれば眠るし、朝は夜明けとともに目を覚ます。 

 そうしてその日もケイオスは最近寝床代わりにしている事務所の片隅で目を覚ました。 

 それから少しして部下のレイブンが一人の女を連れて帰ってきた。


「へぇ、いかにもな女ですからね、売るか身代金でも取れれば一山儲かるんじゃねぇですかね」


「しかもおびえてるガキ共が逃げ出してすぐ通報しねぇようにしっかりと全員寝かしつけてから帰った来たと? 」


「へぇ、その通りでやす。 下っ端の一人が昔保育士をやってたもんで。 実に上手いもんでしたよ」


 聞けば深夜に目が覚めて小便に行く子供も居るからと、こんな時間まで寝ずに見張りを続けていたという。


 ウチはいつから育児組織になった?


 ケイオスは呆れて部下を怒る気すら起きず、連れてきたという少女の面を拝むために雑にかぶせてある袋を取り払う。


「おい、コイツはマズいぞ。 何してくれてんだレイブン!」

 

 ケイオスは長年商人というものをやっていたから、それとも生来のものか人の顔と名前を覚えるのが得意であった。

 だからその少女が知人か、客か、それなりの要職に就いている人間であれば一目で見分けることが出来た。

 ただその能力がその日は最悪の方向に働いた。

 

「コイツはなぁ! 星教会の人間で! 史上最年少で聖女の位を得たユリって女だ! 売れるわけがねえだろ! それに国教相手に人質取っても俺らが潰されるのがオチだ! コイツには価値しかねぇが価値がねぇ!!! 」


 そう言ってケイオスは一気にまくし立てる。

 価値しかないが価値がない。 彼女はケイオス商会が持つ表ルートでも裏ルートでもどうすることも出来ない。 商人からしてみれば完全な不良債権だ。 持っているだけでリスクしかない爆弾のようなものだ。


「おいそれよりそこの婆さんはどうした? 」


「へぇ、縛り上げて叫んでも声が漏れない所にしまって置きやした」


「ガキは!? ガキはちゃんと縛り上げたか? 」  


「いえ、あいつら縛れるほど手足が長くないのが多かったもんで」

 

「何で一人一人を縛り上げようとした? まとめて手だけでも繋げておけば時間も稼げたものを――」


 ケイオスは酷く焦っていた。 

 あまりにも無能な部下たちだ。

 普段は借金の取り立ての類いになんか行かせず、肉体労働と荒事をこなしている奴らだった。

 自分たちも難しい仕事がしてみたいというもんで抱えてる中でも一番楽そうで、一番失敗してもリスクのない所に回したはずだった。


「おまえらは一生荷運びしてろ。 明日があればな」


「へえ、すいやせん。 下の者達はキツく叱っておきますんで」


 お前もその対象だ、とケイオスはキレ散らかす権利があった。 目の前のレイブンの顔を原型が薄れるくらい殴打したり、向こう半年タダ働きさせたり、恋人を売り飛ばしたところで、多分非難されることはないだろう。

 それだけのポカをやらかした。


 ケイオスは寝起きの頭に無理やり血を巡らす。 

 

「おい、クソ男、ソイツを起こせ。 一応名前を聞く。他人の空似かもしれんからな」


「へぇ! おい! 起きろ女!」


 そういってレイブンことクソ男は聖女の両肩を強く揺らす。 コイツには修飾語というのが伝わらないのか、とケイオスは酷く呆れてその様子を見ていた。


 そう言えば、と言ってクソ男が手を止めてケイオスの方を向いた


「孤児院の婆がこの女の子ことユリだとか呼んでましたよ」


「確定じゃねぇかよ。 いっそのこと婆と一緒にバラして証拠隠滅するか。 ちょっと婆も連れてこい」


 その言葉を言い終えるかどうかの頃、ちょうどユリが目を開けた。

 

「ヒッ」


 一日も経たずに情けない悲鳴を上げることになるとは彼女自身思いもよらなかった。


「ああ、一応確認するがアンタ名前は? 」


「えーと、ュ、ユリです」


「所属とかはあるか? 」


「星教会と言うところに……」


 ケイオスは星教の信者というわけでなかったが、それなりに信心深い人間ではあった。 だから神は居ると知っていたし、神の与える試練は総て自身の成長のため、そんなことを信じていた。


 だからと言ってこの事態がどうにかなるという話ではない。 裏賭博で幾らか人より多めに稼いで居るとはいえ多分一人の貴族すら敵に回せない。 その程度の資本力だ。


「救いがねぇな」


「え? 」

  

 ユリは目の前の人間が気を失う前の自分と同じ事を考えているのを見て酷く困惑する。

 何故か自分は命すらも脅かされる立場にいるはずなのに、何故か目の前の明らかに自分の命の生殺与奪を支配していると思わしき人物の方が焦っているように見えるのだ。

 頭がぼーっとしていて、目の前の出来事が夢か現か曖昧で。

 多分これが普段の出来事だったらこの場をどうにか好転させようとするのが人間の本能だろう。

 その様は何一つとしては間違っていなくて、おそらく正しい。

 

 何か言おうと、どうにかしようとユリの脳は酸素を強く欲する。


「あの――」


「これでも昔はちゃんとした人間だった。 安息日は礼拝に行ってたし、いくらか喜捨もしていた。 でもいつからかこんな風になっちまった。 そのツケがついに回ってきたんだろうな」


 ユリが何かを言おうとするのを偶然と遮って、ケイオスは懐から煙草の入ったブリキのケースを取りだす。

 吸っても構わないか、とユリに聞いて、彼女が頷くのを待ってマッチを擦る。

 

 何枚かの壁越しに聞こえる街の様子が段々と騒がしくなっていく。 明けの鐘が鳴り、頭上を忙しく人馬が駆け抜ける。 そうしてユリは此処は地下で、街から遠く外れた場所でもないのだと気が付いた。


 気まずい。


 それから煙草一本根元近くまで燃え尽きるまでの間、ユリもケイオスも口を開くことは無く、淡々と時間が過ぎていった。

 

 ケイオスが火種を灰皿に雑に押し付けると部屋中に強い匂いが溢れる。 それはどこか懐かしくもあって、それでいてすぐに消え去るとことが儚げで。


「あの、一つよろしいですか? 」


 聖女は素の正体を隠すように言う。 

 打ちっぱなしのモルタルと木製の支柱が腐っていて、年代を感じさせる時代に一つ取り残されているようなその密室にあまりに不釣り合いな所作と言葉づかいで。


「どうした? 煙たかったか、すまないな」


「いえ、そうでは無くですね――」


 ユリはそう言いかけると何とか声帯の動きを止める。

 果たして彼に、自分の行く末を聞いてしまっていいのだろうか。


 バラす。 


 多分その意味を正確に教えてくれるだろう。 多分、事細かに、悪意もきっと無く。

 あと数秒遅く目を覚ましていればユリはケイオスの言葉を聞くことも無かっただろう。

 目の前で悠長に一服していた彼は、自分の事を殺そうとしているのだ。 気を失ってからしばらくの後に目を覚まし、ぼーっとした頭で考えてたとは言えその実明確なことだ。


 ユリは殺される。 

 多分痛いことはされないだろう。

 きっとケイオスは限りなく敬意をもってユリを殺すのだろう。 


 どんな話をすればいいのだろう。

 どんなことを聞けばいいのだろう。

 

 まだ世界の焦点は定まらず、自分の居場所すらもどこか曖昧で。

 だからユリはその場から逃げ出すように、ここにない何処かに確かに居るかのように、普段の自分の仕事を淡々とこなすように言葉を続ける。


「人生に後悔はありますか? 」

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