「君の不幸をくれないかな?」と言う君は、不幸体質な俺にやたら御執心
夕暮れ時の校舎裏。
見上げた空は一日の終わりを告げるように茜色に塗られ、頻繁に手入れされている木々の葉は、照れたように紅く染まっている。
この季節、この時間帯は少し冷える。
しかし、今、俺こと『綿谷和寿』は半袖でも充分なくらいに身体が熱くなっていた。
その理由は単純明快。
目の前には俺をここに呼び出した張本人──学校で“女神”と称され、同じクラスの超絶美少女『成瀬琴乃』が頬を赤らめて立っているからだ。
肩口で切り揃えられた艶やかな黒髪。どこか幼さの残る顔は楚々と整っており、実に可愛らしい。そして、細身でありながらもきちんと女子であることを主張している胸に、引き締まった腰。スカートの下からは、すらりと伸びた白い脚が窺える。
こんなありふれたシチュエーションだ。次の展開は少しオタクな俺には手に取るようにわかるのだが、ここで俺の脳裏に過ってしまった。
────あれ……俺に限ってこんなハッピーイベントがあるわけなくないか?
どうしてそう思ってしまうのか。
俺の今日の一日を振り返ってみよう────
────。
「──ちゃん! お兄ちゃん! 早く起きないと遅刻しちゃうよ!」
そんな聞き慣れた妹の声に、俺の意識は深いところから浮き上がってくる。
寝起き特有の曖昧な意識の中目蓋を開けると、そこには妹の困ったような顔が。
「んん……遅刻……? まだ七時二十九分じゃんか……」
俺は状態を起こしつつ、枕元に置いてある目覚まし時計を見詰める。
いつも七時半になったらタイマーが鳴るようにセットされており、あと一分でこの時計がやかましく騒ぎ立てることだろう。
「違うよ! 今は八時半! その時計止まっちゃってるよぉ!」
「……は?」
この妹は何てことを言い出すんだ?
時計が止まってるだと……? タイマーが鳴る一分前で時計が止まったとでも言いたいのか?
そんな不幸すぎる偶然、あるワケ────
妹が自分のスマホの画面をつけて見せてきた。
この紋所が目に入らぬか! とでも言うように、バシッと突き出してきた。
「マジだ……」
どうやら妹の言う通り、俺の目覚まし時計は止まってしまっていたらしい。タイマーが鳴る、たった一分前に。
────。
俺は急いで支度して、朝ごはんを食べる暇もなく家を出た。
授業開始は八時五十分。現在八時四十分。
我ながらたった十分で支度を整えたのは凄いと思う。
そして、ありがたいことに家から学校までの距離はそう長くない。
この調子で走っていけば、五分ちょっとで学校に着くはずだ。
カーンカーンカーンカーン────
「ちっ……こんなときに限って踏切に引っ掛かった!」
だが、焦ることはない。
足止めされるのはほんの少しの時間だ。
踏切を越えれば、学校まで残りわずか。
何とか間に合いそ────
「…………」
俺の目の前を、ぞろぞろとコンテナをぶら下げた貨物列車が通っていく。
スピードが遅い! そして、長い!
「ふ、不幸だ……!」
俺は予想外の時間を踏切で足止めされたため、そのロスを取り戻すべく、全力疾走した。
走って、走って、走って…………
ガガガガガガガ────
「あぁ、ごめんなぁ。今この道工事してんだわぁ……迂回してもらっていいかぁ?」
「……不幸だ」
俺は遅刻してしまった────
────。
────そう、俺は生まれながらの不幸体質なのだ。
今日なんてましな方だった。
いつもスマホゲームのガチャで貯めた石全て使い果たしても最高レアは一体も出ないし、体育のとき、ボールは俺のことを愛してやまないようで、俺の顔面に吸い寄せられるように迫ってくる。
他にも色々と浮かんでくるが、数えていたらキリがない。
名前に“寿”なんて大層な漢字が入ってるが、皮肉もいいところだ。
お陰で、俺は災いを呼ぶ奴ということで“疫病神”などという不名誉極まりない二つ名で呼ばれ、小学校時代から今日この方、友達など出来たことがない。
俗にいうボッチだ。
そんな俺だぞ?
こんな美少女から告白なんてされるわけがないだろう?
でも、もしかすると……と、期待してしまうのはどうしようもない。こんな俺でも、一度くらいの幸福を味わわせてくれても良いだろうと、心の底から思う。
「わ、綿谷君!」
「な、なに?」
成瀬は覚悟を決めたように、真っ直ぐ視線を向けてくる。
「わ、私に……君の不幸を分けてくれませんか?」
「…………は?」
たっぷりと成瀬の言葉の意味を考える時間を置いて、俺の口からは疑問の音が溢れ出る。
やはり告白ではなかったという残念な気持ちより、疑問の方が勝つ。
ど、どういうことだ……不幸を分ける?
ちょっと理解が追い付かないんだが……。
「私のこと……知ってるよね?」
「ま、まぁ……」
私のこととは、成瀬琴乃という人を知ってくれているかという意味ではなく、その成瀬についての噂を知っているかどうかを確認しているのだ。
成瀬琴乃が“女神”と呼ばれているのは、ただ容姿端麗だからではない。成瀬は圧倒的なまでの幸福体質とされているからだ。
実際、風の噂で聞いた話では、成瀬にスマホゲームのガチャを単発で三回引いてもらった奴がいて、その全てが最高レアだったと言う。
他にも、成瀬の回りでは良いことが起きるとかで、その不思議な力の恩恵を与ろうと、成瀬は“女神”と呼ばれ、大の人気者になっている。
「私ね、普通が良いんだ」
「普通……」
「この力のお陰でいっぱい友達が出来たし、これまで得したことも数えきれないくらいあると思う。でもね、私は普通になりたいんだ」
わかる……発想は真逆だが、俺も成瀬と同じだ。
別にとびきりの幸福を望んだりはしない。けど、どうにかこの極端なまでの不幸体質を克服して、普通に日々を送りたい。
「だから、私は君の不幸が欲しいの。代わりに私は幸福をあげる。
君の不幸と私の幸福……いい感じに中和されて、普通になるんじゃないかなって思って……」
なるほど、それは良い考えだ。是非とも俺からもお願いしたいところだ。
しかし────
「もちろん構わないけど、具体的にどうするんだ? どうやったら中和出来る?」
「え、えっと……」
成瀬は恥ずかしそうにモジモジとしながら、俺の耳元に口を近付けてきて耳打ちする。
別に誰もいないんだから、普通に言ってもいいと思う……というより、やけに距離が近い!
女子に対する免疫の少ない俺には、コレだけでも刺激が強い。
「私が綿谷君の傍で過ごすっていうのはどうかな? 私の近くでは幸福が、綿谷君の近くでは不幸が……だから、二人が近くにいれば、いい感じに効果が中和されるんじゃないかな?」
「なるほど、試してみる価値はあるかもしれないが……」
「綿谷君?」
俺は少し成瀬から距離を取る。
その提案自体とても魅力的だと思う。
だが、それには人気者の成瀬が回りから嫌われている俺と一緒にいなければならないというワケで…………
「あ、もしかして今、『俺なんかが成瀬と一緒にいて良いのか?』とか思ってない?」
「え……!?」
「やっぱり! もう……綿谷君は自分を低く評価しすぎだよ!
綿谷君が皆から避けられてるのは不幸体質のせい。それを克服するためにも、私と協力しよ、ね?」
「ちょ……!?」
成瀬が急に俺の手を取り、上目遣いで見上げてくる。
顔が熱くなっていく感覚。心臓の鼓動がどんどん早くなる。
俺は成瀬の顔を直視できないまま、一つ首を縦に振って、提案を受け入れるのだった────
□■□■□■
────今日は、何ともクラスメイト達の視線が痛い。
そりゃそうだろ。
なんせ、“疫病神”な俺は朝から“女神”の成瀬と一緒に登校してきたんだからな。
どうやら成瀬はこれから毎日俺と一緒に登下校するつもりらしく、家の前で待っていたのだ。
一体何で成瀬が俺の家を知っているのか気になるところだが、それ以上に…………
「綿谷君! お昼ご飯、一緒に食べませんかっ?」
「お、俺は構わないけど……」
チラリと成瀬の脇からクラスの様子を眺めてみる。
すると、女子がヒソヒソとこちらを見て話しており、男子は殺意のこもった視線を向けてきている。
「な、成瀬? やっぱりいつものメンツでご飯食べてきたらどうだ? 凄いこっち見てきてる──」
「綿谷君が大丈夫なら問題ないねっ!」
おい……と、俺が突っ込む隙を与えず、成瀬は俺の対面に腰を下ろす。
すると、持ってきたお弁当をパカリと開き、ニコニコ顔で「いただきま~す」と手を合わせた。
俺も手持ちのお弁当を机に置き、開こうとしたところで一瞬固まる。
いつも、ガタガタ道を自転車で来ているわけでもなく、鞄を振り回しているわけでもないのに、なぜかお弁当の中身はグッチャグチャ。
折角妹が愛情込めて(?)作ってくれているのに、いつも申し訳ない気分になるのだ。
「どうせ今日も──」
────グチャグチャになってるだろう。
と、言葉は続かなかった。
なんと、おかずが自分の立ち位置から飛び出すことなく、きちんと仕切りに収まっていたのだ。
「き、奇跡だ……!?」
普通の人からすると、奇跡でも何でもないだろう。そうなってることが普通だろう。
だが、不幸体質の俺にとったら、こうしてきちんと美しさを保ったままのお弁当というのは、まさしく奇跡なのだ。
「ん、どうしたの?」
「あ、いや……お弁当が、普通だったんだ」
「や、やっぱり!? わ、私もだよ! いっつもなぜか温かいおかずが温かいままだったんだけど、今日は……普通に冷えてるの!」
「す、すげぇ!」
「だね!」
俺と成瀬は互いに嬉しくて笑い合う。
回りでこの会話を聞いているクラスメイトは「何言ってんだコイツら……」みたいな顔をしているが、関係ない。
もとより理解してもらおうなんて思ってない。
この、不幸すぎる俺と、幸福すぎる成瀬が掴み取った普通が、どれだけ嬉しいことか……それは、俺達だけにしかわからないのだから。
□■□■□■
────これは、俺と成瀬が一緒に過ごすようになってから一週間ちょっとした頃。
体育の授業で、バトミントンが行われていた。
俺は成瀬に誘われて、ダブルスのペアを組み、今現在ラケットを振っているところだ。
「ナイスだよ綿谷君!」
「見たか成瀬……!? 俺の打ったシャトルが、真っ直ぐ普通に相手コートに入ったぞ!」
別に俺が運動音痴なワケではない。
だが、今までならば、不思議なことに俺の打ったシャトルは変則軌道を描いて相手コートからそれた場所へと落ちていってたのだ。
それが、今こうして普通にシャトルを飛ばせている。
「よし成瀬、この調子でどんどんいくぞ!」
「うん!」
相手のシャトルが飛んできた。コートの端を狙った際どいコース。
しかし、成瀬はその軌道をしっかりと目で捉えている。
グッと足を踏み出して、ラケットを持っていき────
「きゃぁッ!?」
「な、成瀬ッ!?」
成瀬が転けた。
いや、その前に踏み込んだ足を捻ったのを見た。
その場に座り込んで捻ったの右足首を押さえる成瀬。
その様子を見たクラスメイト達が、慌てて駆け付ける。
俺も成瀬の様子を確認しようと駆け寄ろうとするのだが────
「お前のせいだぞ、“疫病神”!」
「っ……!?」
一人の男子生徒が、駆け寄ろうとした俺の胸を突き飛ばして言った。
他の皆も、成瀬を心配しつつ、俺に冷たい視線を向けていた。
「“疫病神”とつるんでるから、成瀬が怪我したんだ! これまで成瀬が怪我なんかしたことなかったんだからな!」
「そ、それは……」
ひどい言い掛かりだ。
別に俺が成瀬を転けさせたわけじゃない。
しかし、俺は言い返すことが出来ない。
なぜなら、成瀬の幸福を俺の不幸で打ち消してしまっているのは事実。もし成瀬の傍に俺がいなければ、成瀬は自身の幸福体質のお陰で、足を捻らずに済んだかもしれない。
いや、きっと捻らなかっただろう。
「や、やめてみんな……! 綿谷君は悪くないよ? 私が勝手に転けただけ──」
「ねぇ、琴乃ちゃん……もう綿谷なんかと関わるのやめた方がいいよ……」
成瀬の一番傍にいる女子生徒が、成瀬にそう言う。
それを聞いた成瀬は必死に俺のせいじゃないと主張するが、そう簡単にクラスメイトが納得するわけもない。
「もう、関わんじゃねぇよ……“疫病神”!」
「…………」
それから俺は、成瀬と距離を置くことにした。
また、独りぼっちに戻ったのだ────
□■□■□■
「やっぱり、中和されてたんだな……」
俺は成瀬と関わらないようにし始めてから、また不幸体質にさいなまれる日常を過ごしていた。
今現在も俺は絶賛不幸中──放課後、校舎裏の自動販売機に硬貨を入れたが、飲み物は出てこない。おまけに払い戻しも出来ない状況。
自動販売機にお金を飲まれた……。
「不幸だ……」
俺は諦めて、大人しく家に帰ることにする。
そのとき────
「綿谷君っ!」
「……成瀬?」
背中越しに掛かってきた声に振り返ると、成瀬が息を切らせて立っていた。
どうやら、帰る俺の後を追いかけてきたらしい。
だが、俺の傍にいると成瀬はまた不幸に陥るかもしれない。
見たところ捻った足は治っているようだが、また新たに怪我などされたらたまったものではない。
「ねえ、綿──」
「──じゃあな、成瀬」
俺は成瀬に背を向けて、足早にこの場を去ろうとする。
しかし、後を追うように足音が駆けてきて、キュッと服の裾が掴まれる。
「ま、待って!」
「……成瀬、もう俺に関わらないでくれ」
俺は痛む心を押し込めて、冷たく言い放つ。
「イヤだよ! 私には綿谷君が必要なの!」
「それは……お前の都合だろっ……!」
「綿谷……君?」
そうだ。嫌われればいい。
成瀬に俺と関わりたくないと思わせればいいんだ。
そうすれば、成瀬が俺の不幸体質に巻き込まれることもなくなる。成瀬は元の幸福体質で、多くの友人に囲まれて、幸せに過ごせる。
「俺は……お前なんか必要としてない! 不幸体質と中和? っは、哀れみならやめろよ!」
俺は成瀬に振り返って、大声を荒らげる。
「良いじゃんか幸福体質で! 別に、俺の不幸体質と中和して普通になる必要ないだろ!? 幸せに過ごせよ! もう俺に関わるなぁ!」
「……綿谷君?」
「っ……!?」
成瀬の心配そうな瞳が向けられる。
俺はそのとき初めて、今自分が泣いていることに気が付く。
咄嗟に顔を背けて、涙を拭う。
本当にダサいな、俺。
怒鳴り付けておいて、その相手に心配されるなんて。
すると、俺の背中にトンと、硬いものが押し付けられた。
成瀬の頭だ。
「ごめんね、私のせいだね……私のために、綿谷君はこうやって全力で私に嫌われようとしてくれてる。そうすることで、自分から遠ざけられると思ってるから……」
「別に、そんなんじゃない……!」
「良いの、わかってるから……」
成瀬は優しく俺の身体に自分の細い腕を回してきた。
柔らかくて、温かい。そして、ここに止めようとするように若干の力がこもっている。
「でも、綿谷君はわかってないよ?」
「何が……」
「どれだけ綿谷君が私を突き放しても、私は綿谷君のことを嫌いにならないこと、かな?」
「何言ってんだよ……」
「私がこの場所に綿谷君を呼び出した日、勇気を出して言っていたら、君がこんなに傷付くことはなかったのかな……?」
俺の身体を抱く成瀬の腕に力が加わる。
そして────
「体質なんて、本当はどうでもよかったの。私はただ、綿谷君の傍にいたかったんだ……だって──」
成瀬は腕をほどいて俺の前に回ると、俺の顔を覗き込むようにしてはにかんだ。
「私、綿谷君のことが好きだから」
「……はっ!? な、何言っちゃってんの!?」
「えへへ。言っちゃった!」
成瀬は頬を赤らめながらも、どこか嬉しそうに笑っている。
俺は、突然の成瀬の告白に、頭の中が真っ白になってしまう。
「たまたま私が幸福体質で、綿谷君が不幸体質だった。だから、それを理由にして近付いて、何とか惚れさせようと頑張ってたんだけどなぁ~? 綿谷君ってば、全然振り向いてくれないんだもんっ!」
「お、お前が俺のことを好き? そ、そんなわけないだろ! もし、俺を慰めようとしてくれてるなら余計なお世話だぞ!」
「はぁ……綿谷君は疑り深いなぁ……。いいよ、証明してあげる──」
「証明って……え、ちょ……成瀬──ッ!?」
チュッ……と、俺の唇に成瀬の柔らかな唇が押し当てられる。
身長差を埋めるために、俺の胸に手をついて支えにし、背伸びして差し出された唇。
永遠とも思えるその一瞬の出来事に、俺は放心状態に陥る。
「ね? 好きな人じゃないと、こんなことは出来ないよ?」
「~~~~ッ!?」
顔から火が吹き出そうだ。
成瀬のことを直視できないが、横目に確認してみると、成瀬の顔も真っ赤に染まっている。
「好きだよ、綿谷君。君と付き合えるなら、私はどんな幸福を失っても惜しくない。だって、君といられることが、一番の幸福なんだから!」
────唇を重ねたことが原因だったのかはわからない。
しかし、この出来事を境に、俺の不幸体質と成瀬の幸福体質は消え去った。互いに普通になったのだ。
そして、成瀬の「体質なんて、本当はどうでもよかった」という言葉は本当だった。
互いに極端な体質がなくなっても、ずっと付き合い続けていることが、何よりの証明だ────
執筆の息抜きに書いてみたラブコメ……いかがだったでしょうか!?
少しでも楽しんでいただけたなら、ボクも書いたかいがあったと言うものです!
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