辻売らない師まいたけさん〜すぐ再会〜
しいたけ様へ捧げます。(*´꒳`*)二回目。
まいたけさんへ名前をつけた前作は、
「辻売らない師まいたけさん」
https://ncode.syosetu.com/n7310gx/
未読でも、この短編を読むことに支障はありません。
その日も子どもの保育園へのお迎えに。
僕は、商店街を急ぎ足で通り抜けようとしていた。
すると、いつかの時のように、四つ角の八百屋で声を掛けられた。
声を掛けてきたのは、五分刈り頭の小さなおっさん。
そのおっさんは、百五十センチも無さそうな小柄な風体。
実直そうな駅弁売りのように、底の浅い箱をタスキ掛けにした紐で肩から下げている。
その顔は、ひどく狭い富士額に丸顔。
眉と唇は太く、ぎょろぎょろとした目と、鼻の脇には大きなホクロ。
特徴的な顔立ちだ。
そして、満面の笑みで僕を見ている。
「韮崎さん、こんにちは!
今日も保育園へのお迎えですか!
お疲れ様です!」
このおっさんは、まいたけさんだ。
僕が名前を付けた。
「あ、はい。そうです。」
急いで気が立っていたところに声を掛けられ、僕はおもわず返事をした。
そして、思い出して慌ててお礼を言った。
「まいたけさん、先日はありがとうございました。」
「いえいえ、韮崎さんのお役に立てるのがワタクシの喜び。
韮崎さんの笑顔がワタクシにとっての何よりの報酬ですよ!」
にこにこと、まいたけさんは僕の腕を取る。
そして、八百屋の軒先の外れにある段ボールの前まで連れて行った。
「……まいたけさん。本当に感謝してるんですけど、保育園へのお迎えがですね。」
「ええ、分かっておりますとも!
この不詳まいたけ!
韮崎さんのご迷惑になることはいたしません!」
「すでに、不詳の文字があやしいんだけど⁈」
「おや、おや、お急ぎだというのに。
そのようなことまで言っていただけるとは。
まいたけと会話を楽しみたいのですね?」
「違うから!感謝はしてるけど、本当に急いでるから!」
「はいはい、分かっております。
ワタクシは、韮崎さんのために、
ここに、おります。」
何だか会話が長くなりそうだ。
まいたけさんの手を振り払って、走り去ろうか考え始めた時。
「さて、韮崎さん。
今、お子様がご飯を食べないことに、
頭を悩まされていらっしゃいますね?」
まいたけさんが、そっと僕の腕から手を離し、その手を肩から下げているタスキに添わせた。
するりと撫で下ろした。
「ど、どうしてそれを」
前回といい、今回も僕はまいたけさんの言葉に慄いた。
「なぜ、僕の困っていることを知っているのですか。」
僕は一歩後ろへと下がりながら、まいたけさんの顔を見つめた。
まいたけさんは少し見上げて、僕を見つめると、太い唇の両端を上げて、ふふと笑った。
「それは、まいたけは、韮崎さんの」
そこまでを言って、まいたけさんは黙ってしまった。
一瞬の沈黙の後、
「いえ、韮崎さんは、ワタクシを覚えていらっしゃらない。
それならこれは秘密ということで。」
そう言ってまいたけさんは、曖昧に笑って誤魔化した。
僕はまいたけさんと関わった記憶は、前回のことでしか覚えがない。
まさか、シロツメクサを編んで花冠を一緒に作ったあの子…?
いやいや。そもそも僕はシロツメクサで花冠を編めないし。
何度思い返しても、僕はまいたけさんを知らない。
こんな特徴しかない顔を忘れられるわけがないのだ。
「さて、今はまいたけのことよりも、韮崎さんのお困り事であるお子様のお食事です。
何を作っても食べたがらない。
お菓子ばかりを食べてしまう。
隠していても目を離した隙をついて、お菓子袋を取り出して、甘いものだけを食べてしまう。
違いますか?」
にこり、と笑ってまいたけさんは言った。
「まいたけさんの言った通りです。」
いつものことながら、まいたけさんは僕の最近の困り事をぴたりと当ててくる。
当ててくるのか、なんらかのストーキングで知っているのか、それは分からない。
会社の行き帰りや、外へ出た時は周りの気配を探ってみるが、誰も僕に注意を向ける人はいない。
平々凡々な僕を気にする人など、どこにも居ないのだ。
それがこの坊主頭のおっさん。
もとい。
まいたけさんは、僕の困りごとを見つけて、声を掛けてくる。
本当に何者なのだろう。
僕が困惑していると、まいたけさんは、また唐草模様の布を取り出し、ちょっとぽっこりしたお腹のあたりに抱えている底の浅い箱に、そっと掛けた。
そして、僕を見つめると、言った。
「タネも仕掛けもございません。」
「やっぱり、手品師じゃないの⁈」
「この布を取り去った後、何か現れれば、お立ち合い!」
「すでにお立ち会いしてるから!」
「韮崎さんのために、武将まいたけが発明いたしました。」
「なんか強くなってない⁈
結局、キノコだけど!」
「韮崎さんの熱い声援に応えましょう!
いち、にい、さん!」
すうっ、とまいたけさんは息を吸うと、
「しいっ!」
大きな声で叫んだ。
布は箱に掛かったままだ。
「布は⁈」
僕は、八百屋の軒先の外れで叫んだ。
その時、風が吹いて布が捲れる。
捲れた布の下には、緩やかに捻れた形の棒が二本。
「じゃーん!」
「タイミング、悪い!」
僕はまいたけさんが布をきれいに畳み、その上に二本の棒をそっと載せるのを、息を切らしながら見ていた。
会話が進まない。
僕が胡散臭げにまいたけさんの手元を見ていると、
「こちらは、韮崎さんのお子様のために発明した箸です。」
と、まともな説明をした。
「人は甘いものを食べると、脳内に快楽物質のドーパミンが出ます。
それで、その心地よさを忘れられず、また甘いものを食べてしまいます。
それを防ぐのが、この箸です!
エラスティック有機結晶を配合したこの箸で食べることによって、ドーパミンが脳内に分泌され、お子様はどんな食事でも、好ましいものと感じるようになります!」
「どう見ても黒檀とかの木製で、絶対エラスティック有機結晶とか関係ないよね⁈
それに、なんかやばい薬の摂取と変わらないんじゃない⁈」
「おや、お目が高い。
しかし、惜しいかな。
黒檀ではありません。紫檀製です。」
「チタン製を掛けましたみたいなドヤ顔で言われても、普通は分からないからね⁈
しかも、無駄に紫檀ってすごいな⁈」
「さすが、韮崎さん、お気づきになられましたか。
エラスティック有機結晶の有益性に。」
「絶対、ただ言いたいだけだけよね⁈
エラスティック有機結晶って!
むしろ、噛まずに言えてる僕、すごいな⁈」
思わずまた、会話の進まないやり取りに口を出してしまった。
無駄に大声になる。
僕は、げんなりとしながら、唐草模様の布の上に載った箸を手に取った。
「なんだかわからないけれど、とりあえずこれで子どもにご飯を食べさせれば、ちゃんと食べるようになるんだね。」
前回のこともあり、とりあえず僕はまいたけさんの発明品を信用している。
まいたけさんは、僕が箸を手に取るのを見ると、また鼻の横のホクロが広がるくらいの満面の笑みで頷いた。
「この捻れの加工は、お子様でも持ちやすく、使いやすい形になるよう計算して、作りました。
きっと韮崎さんのお子様も、楽しく箸を持つ事ができるでしょう。」
僕は無くさないように、作業服の内ポケットに大事に仕舞った。
「そして、もし、この箸でお子様がたくさんご飯を食べられたら、『よく出来ました』と大声で十回言って下さい。」
そう言って、まいたけさんはおもむろにしゃがみ込み、足元にある八百屋の段ボール箱を開け始めた。
「え、まいたけさん、それ、お店の商品だよ。開けちゃいけないよ!」
思わず、子どもに言い聞かせるような口調で、僕はまいたけさんに注意した。
しかし、まいたけさんは手を止めることなく、中からニラを取り出した。
「大丈夫です。
こちらは、ワタクシが先ほど買った品です。」
「段ボール一箱分、買ったの⁈」
「ええ、韮崎さんのニラと、ワタクシ、まいたけの舞茸。
箱買いしました。
どうぞ、お裾分けいたします。」
そう言って、まいたけさんは、ニラを三束、僕の右手に。
舞茸の特盛大パックを僕の左手に押し付けてきた。
「ニラと舞茸をごま油で炒めて下さい。
味付けは、オイスターソース多めでよく絡ませて、召し上がって下さい。
いいですか、絡ませて、下さいね。」
ニヤリ。
まいたけさんは不敵な笑みを浮かべると、まるで万引きをしたような格好の僕を置いて、颯爽と段ボール箱を小脇に抱えて走り去って行った。
僕は、右手にニラ、左手にまいたけを握りしめたまま、保育園へ全速力でお迎えに行った。
ニラを持つ僕を見て、園の先生が少し口元を緩めたのは、絶対気のせいじゃないと思う。
僕は舞茸の方を子どもに持たせて、空いた手で子どもの手を繋いで帰った。
夕飯は、まいたけさんの言った通りの舞茸とニラの炒め物にした。
たくさんあるので、舞茸は歯応えがあるように大きめに千切り、ニラも少し長めの五センチで切った。
フライパンに胡麻油を多めに垂らし、舞茸、ニラの順に投入して炒める。
味付けにオイスターソースと、少しの塩をまぶし、よくフライパンをかき混ぜて、味を染み込ませる。
ニラと舞茸の香りが、僕の鼻を刺激する。
最後に、皿によそってから、僕の分だけ七味唐辛子を軽く足す。
子どもには、まいたけさんから貰った箸を使わせた。
妻は不思議な形ね、としか言わなかった。
結果としては、大成功だった。
子どもは、むしゃむしゃとご飯を食べた。
時々箸を持ち直したりしながらも、お腹いっぱいになるまで食べた。
その後、お菓子を食べたいと言い出す事もなかった。
何かやばい薬でもあるのかと疑った僕は、ご飯の前に、手が洗いすぎで赤くなるまで箸を洗ったが、何も異常はなかった。
ちょっと形が変わった、丈夫な箸だった。
僕は、ご飯をむしゃむしゃと食べる子どもを見ながら、少し油が多めのニラと舞茸の炒め物を口に頬張った。
口の中には、ニラの甘みと舞茸の香り。
そこに、少し強めの塩気とオイスターソースの芳醇な味が加わる。
噛むほどに、すべての合わさった香りが満ちる。
僕はご飯をかきこんだ。
少し強めの塩気と七味唐辛子が、ご飯の甘みを強くさせていた。
とても美味しかった。
僕は、食器を洗い終わり、箸をキッチンペーパーで拭きあげると、箸を握りしめたまま、前回と同じように大声で十回叫んだ。
「よく出来ました!
よく出来ました!
よく出来ました!
よく出来ました!
よく出来ました!
よく出来ました!
よく出来ました!
よく出来ました!
よく出来ました!
大変よく出来ました!」
最後に少しおまけがついたが、まあいいか。
すると、また、頭の少し上の方から、
「認証しました。
エラスティック有機結晶板が、
生成、され、ました。
まいたけ、さん、へ、転送します。」
と、機械音が聞こえた。
僕は思わず、
「無駄に言いたいだけだろ⁈
そして、いつの間に板状で生成されて、転送されてるのは、なんでだ⁈
褒めただけで生成されるわけないだろう⁈」
と、叫んだ。
リビングの方から、妻の褒められたねぇ〜、という声と、子どもの笑う声が聞こえた。
〜おしまいたけ〜
まいたけさんの発明品は、フィクションです。
子ども用の箸と、エラスティック有機結晶と、ドーパミンは一切関連していません。
エラスティック有機結晶を連呼したかっただけです。