そのさん
ここはおそろしい。前の部屋の方がマシだ。戻らせてくれ。この部屋も全てを見なければいけないのか。嫌だ。帰りたい、2つ前の部屋にずっと閉じこもっていたい。足が竦む。座り込んでしまいたかった。しかし、このおかしな空間のせいなのか、体は意思に反して探索を続ける。
足元に視線をやれば、堕ちれば無事ではいられないと確信できる奈落と、足の幅ギリギリの太さしかない、歩く度にギシギシ言う鉄骨。それに、壁をはう気色の悪い蟲に、ずっと頭の中に響く罵声。
耐えきれずに泣き出しそうになった時、目の前に少女が現れた。少女はこちらに笑みをむけ、手を差し伸べる。私は少女の優しげな笑みに安心して彼女の手を取った。
彼女がいればこの部屋も見れるかもしれない、と思った瞬間の事だった。彼女は、変わらず優しげな笑みを浮かべたまま、奈落に向かって私の肩を突き飛ばした。
抵抗することも出来ずに奈落に落ちる私に向けて、彼女は嘲笑を送った。頭の中では変わらず罵声が響いているのに、その嗤い声はやけに耳の中に響いた。
精神を苛むような浮遊感と、裏切られたんだという哀しみに心が満たされて行くのを感じて、いつの間にか意識を失っていた。