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地下一階は、モンスターの生活圏にはなっていないようだった。入ってすぐ出くわしたライカンスロープ以降、モンスターは現れなかった。地下二階への階段までをのんびりと歩く。
(お前、なんで昨日ライラを追い返したんだ? 抱けばよかったのに)
「今その話をするか。……賢く生きる為の王室の掟その一、女性と無闇に同衾するべからず」
(あ? 掟? そりゃ王様が節操無しにヤリまくったら大変だろうけどさぁ)
「ヤリ……。それよりも、法力〈レガル〉の方が問題だ」
(レガルって、ああ。お前王族だから使えるのか)
レガルは一部の王族だけが持つ、神の力である。より正確には神の力を引き出すための呪文、及び呪文によって引き出される力のことを指す。有史以前、神とドラゴンの戦争において、神と人間は契約を交わし、人間は神に与した。そこで人が授かったのがレガルであり、それは子孫代々受け継がれることとなる。レガルはその血を持つ者全員に均等に力が分配され、子孫が増えればそれだけレガルの力は薄まる。初めて神からレガルが与えられてから既に六百年ほど経っているが、その間にレガルを扱える人間は二十倍程増え、その分薄まったと言われている。
「まあ使う機会はほとんど無いが、今存在する王を王たらしめているのはレガルに他ならない。薄まったとはいえ、未だその力は絶大だ」
魔法の祖であるドラゴンにさえ通用したその圧倒的な力は、千の歩兵を一薙ぎで塵芥へと返す剣を生み出し、天災を防ぐ盾を生み出し、城を持ち上げる怪力を王に与えた、と言われる。力の弱まった今でも、人にとっては十分すぎる脅威だった。
(……王様ってのは大変だな。色々と)
「それに、……彼女にはその方がよかったはずだ。ライラは愛の鎖に縛られている、ある意味では可哀そうな女性だ」
(愛の鎖? 急にロマンチストぶるなよ。意味わかんねぇから)
バルフは顔を左右に振りながら弁明する。
「他にいい呼び方が思いつかない。とにかく、ライラはお婆さんへの愛情に縛られているってことを言いたいんだ。精神的にも、物理的にも」
それが悪いことという訳では決して無いが、少なくともお婆さんはそれを申し訳なく思っているようだった。
(でもライラはお前のことも愛しているだろ?)
「愛は、一朝一夕で生まれるものでは無いと俺は思う。仮にそれが愛であったとしても、それはきっと彼女を縛り付ける程の強固なものでは無い。彼女が俺に対して抱いている感情は、まだ容易に捨て去ることのできるものだ。だから、これでいい。俺が町を去れば、いずれライラはその気持ちを忘れる」
(でもお前はそれで寂しくは無いのか? お前は鎖なんて言い方をするが、それは心の拠り所でもあるはずだろ。逆にお前にはそれが無いようにも見える)
バルフはベインの疑問を鼻で笑う。
「ハッ。そうかもしれん」
(まだ付き合いは短いが、お前はなんかちょっと、人間味が足りない気がするんだよ)
バルフは返事をしなかった。地下二階への階段がすぐ目の前にある。バルフはためらいなく下りていく。
温室育ちの坊ちゃんというのはあながち間違いでも無いかもしれないと、ベインは思った。
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