7
翌朝、バルフ達は神殿の前に来ていた。網目状に敷き詰められた大理石の敷石は、所々が剥がれ、ひび割れている。屋根はあるが一部が崩れ落ち、瓦礫の上に陽の光が降り注いでいる。
一階にあたる部分にはモンスターはいないようだった。しかしその異様な静けさは、何かの存在を予感させた。
地下への入り口は光の届かない暗がりにあり、水はけが悪いのか泥が溜まり、苔やツタが生えている。
(げぇ。ここ入るのか?)
「ああ。ワクワクするだろう?」
(鳥肌が立つ)
ランプの火を点け、階段を降り始める。地下への階段も、外と同様に一部が崩れていた。人が通るにはあまりにも大きい通路は、ここが神を祀る場所であることを強く感じさせた。
階段を降り切ったところで、強烈な悪臭が漂ってきた。糞尿の臭いと何かが腐ったような臭いが混ざった、そんな臭い。
「ぐっ。この臭いは、強烈だな……。キツイとは聞いていたが、おえっ」
入ってすぐこれとは……。確か地下一階から八階の居住区域は風通しが十分に考慮された構造になっていたはず。それでこれということは、つまりここから先、この悪臭はさらに強くなることが予想される。今の内に鼻を慣らしておく必要がある。
(嗅覚無くてよかった)
「お、おぐ、お前って、え、視覚と聴覚はあるんだよな。なんで、……げ」
(うわわ、吐くなよ? 食べ物には限りがあるんだし)
「はあ、っはあ。……ここで少し休む」
(早くね?)
「冗談だ。ああ、……いる」
バルフはランプを地面に置き、暗がりを凝視する。
何かがいる。しかしその何かはランプの明かりの届くところへ入ってこない。バルフは剣の柄に手を掛けながら、蝋燭に火を点け、それを暗がりに投げ込んだ。
蝋燭が投げ込まれ、照らされた姿はボロ布を纏った人間だった。その男は蝋燭に一瞬ビクッと反応するが、その後は特に気に留めた様子も無く、フラフラとした足取りでバルフに近づく。
(お、おい。なんでこんなとこに――)
次の瞬間、男の体が跳ねる。男の腕が変形し、腕が長く伸び、鋭い爪がバルフの喉元を狙って突き出される。
バルフはそれを予期していたかのように、後ろにステップしながら剣を抜く。剣はそのまま振り抜かれ、男の腕を切断する。
「ギャルルルル!」
おぞましい鳴き声を上げ、男が飛び退る。その顔はもはや人間のものでは無かった。鼻が伸び、長く尖った歯がずらっと並び、唾液に濡れたそれは不気味な反射光を放つ。
(ライカンスロープ!)
ライカンスロープは奇襲が失敗したことで逃亡を決め、踵を返す。しかしバルフはそれが走り出すよりも早く距離を詰め、足を切断する。そして膝を突いたところに刃を再び振り下ろし、首を一太刀で切り落とした。
ドサッと重い肉塊が床に倒れ伏し、通路は再び静寂に包まれる。
バルフは軽く息を吐き、ランプを拾い上げる。
(お、お前、分かってたのか? 相手が人間じゃないって)
「こういう場所で人と出くわしたら、まず疑う。鉄則だ。ライカンスロープは人に化けるし、ヴァンパイアは暗がりでは人と見分けがつかない。それに盗賊の可能性もある」
(あー。でもライカンスロープって普通、人に混ざって暮らしてるもんじゃないのか?)
「むしろそういうのは稀だ。大体は一度変身したら、元の人格を忘れるらしい。恐らくこの男も、もう自分が誰なのか分かっていなかっただろう」
本来なら身元を確認し、親類の元に送り届けるが、ここはレアの内部である上、男は身元が確認できるような持ち物を持っていなかったため、諦めた。
「せめて今は安らかに。先に進もう」
(臭いはもう大丈夫なのか?)
「意識しなければ、……大丈夫」
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