5
食事を終えると、ライラは食器や衣類を持って、家の裏手にある井戸へ向かった。一人取り残されたバルフは、ライラの祖母がいるという奥の部屋に足を踏み入れた。
奥の部屋ではライラの祖母らしき老婆がベッドの上に横たわっていた。ベッドの面した壁には小さな窓が開いており、そこから月明りが漏れ出ていた。窓辺には花の活けられた花瓶が置いてあった。
眉一つ動かさず、呼吸しているのかどうかも分からない。近くに寄って半開きの口に手を近づけ、ようやく微かな空気の流れから生きていることを実感できた。
「病気なんだろうか」
(もういい歳行ってそうだし、老衰で動けないのかもな)
恐ろしく生気の無い部屋だった。ベッドの他に家具は一つも無い。部屋自体も、バルフ一人が立っているだけで窮屈さを感じさせるくらいに狭い。しかしなぜかその部屋に立ってバルフは、王宮の自室、無駄に家具と家具の間隔が広い殺風景な部屋を思い出した。
「俺はこの人に似ている、気がする」
(あ? ああ、確かに目元なんかお前によく似て――)
「そうじゃない」
(じゃあ何がだよ。正直、まっっったく似てるとこなんて無いぞ)
「分からない……。気にしないでくれ。そんな気がしただけだ」
(変なやつ)
バルフは言葉にしたり、論理的に考えるということが苦手だった。勘や感覚でこれまで何とかなっていたため、それを身に付けてこなかった。特に自分のこととなると、さっぱり分からなくなってしまうのだった。
「……ラ……ラ」
その時、かすれてほとんど聞き取れないような声が、バルフの耳に入った。その声の主の側に跪き、口元に耳を寄せる。
「おじ……さ……の……は、な」
(花?)
「きっとライラが言っていた花のことだ」
「……ごめ……ね」
間違いなく、謝罪の言葉だった。この人はライラに対して負い目のようなものを感じているのだろうか。自分の世話をさせてしまっているから?
バルフは老婆の肩に手を当てる。
「お婆さん、もう少し話せるか? どんな花か教えてもらえないか」
(おいおい、声出すのもキツそうだって。やめとけよ)
バルフの問いかけに目の前の老婆は答えなかった。部屋に入ったときと全く変わらない姿で眠っている。
「デューク?」
部屋の外から、ライラが呼ぶ声が聞こえた。
ライラが知っているのではないか。探していたと言っていた。宛ても無く探すなんてことはできないだろう。
ライラが扉からひょっこり顔を出す。
「あ、デューク。ここにいたんですか……。……お婆ちゃん、もうずっとこんな感じで、ほとんど喋ることもできないんです」
ライラが俯いたままそう言う。
バルフは老婆の額を軽く撫で、立ち上がりながら答える。
「今、少しだけ話してくれたよ」
「え! 何を言っていましたか?」
「花……、と言っていた」
バルフはごめんね、という言葉は伏せた。伝えるべきか否か、バルフには判断がつかなかった。
「ああ……。昼にも話しましたけど、お婆ちゃん、見たい花があるみたいなんです」
「探している花の特徴、知っていたら教えてくれないか?」
明日、サントレア神殿に行くついでに探してみよう。神殿の内部に生えている可能性だってある。
「実は私もよく分かってないんです……。種類も、咲く季節も、形も分からないんです。赤色だったり青色だったりして、花びらは手の平くらいの大きさってことだけは分かってるんですけど。というか、お婆ちゃんも花の名前は知らなかったみたいで……」
(手の平くらいって、けっこう大きいんだな)
「そうか。まあ、明日探してみるかな。ライラは別にいいと言ったが、俺もどんな花なのか見てみたいし、お婆さんも望んでいるからな」
「……えと、ありがとうございます」
ライラは少し申し訳無さそうな顔をしながら、ペコリと頭を下げた。
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