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蝋燭の灯りと暖炉の火が家の中をほの暗く照らしていた。時折揺れる火に合わせて、影がゆらゆらと大げさに揺れていた。
竈の方ではライラが夕食の準備をしていた。包丁がまな板を叩く音、野菜の繊維が切断される音、水が沸騰する音、鉄と鉄が触れ合う音、それらが家中にリズミカルに響いていた。
バルフは椅子でくつろぎながら、ライラの後ろ姿をぼーっと眺めていた。少し眠気を感じ、それを誤魔化すようにライラに話しかける。
「なんだか、新鮮だな。こういう場所でのんびりとするのは。そういえば人が料理を作っているのを間近で見るのも初めてだ」
ライラは背を向けたまま、小さく笑う。
「ふふ。デュークさんは変わってますね。多分、旅人はこういう時、懐かしいとかって思うものですよ。どんなところで暮らしてたんですか?」
「……ここよりずっと広くて、無機質で、せわしないところだ。心の落ち着く暇も無いくらいに、毎日が目まぐるしいんだ」
バルフは遠い目をして言う。まだ王宮を飛び出してそれほど日が経っていないせいか、ここと王宮との様子はバルフにはひどく乖離して見えた。
「へぇー。あ、もしかして、商人の息子さんとかですか?」
「まあ、そんなところだな。少し違うが、よく似ているかもしれない」
ライラは小さく肩を震わせて笑いながら、なんですかそれ、と言った。
「人に言えない事情があってな。……俺は嘘が苦手だから、色々と大変なんだ」
嘘を吐くことを放棄して、ベインに任せることにした程である。
「ああー。じゃああんまり詮索しちゃダメですね。ごめんなさい」
「謝ることは無いさ。逆に聞くが、ライラはここでどういった暮らしをしているんだ?」
「私ですか? 私はここでおばあちゃんと二人で暮らしてます。奥の部屋にいるんですけど、そのお世話をしながら、内職で針仕事をしたりして」
それからライラは身の上話をバルフに聞かせた。両親を幼い頃に亡くしたこと。兄からの仕送りのおかげで普通に暮らせていること。元々魔法使いの道を志していたが、祖父が行方不明になり、祖母の世話をする必要も出てきたため諦めたこと。
「魔法が使えるのか?」
「いえ、使えるようにならなかったです。お爺ちゃんが魔法を使えたので、教えてもらってたんですが……」
「お爺ちゃんすごいな。俺も魔導書を読もうとしたことがあるが、あれは駄目だった。哲学書の方がまだ読めたくらいだ」
エンドースは剣も魔法も扱える冒険者だったため、バルフもそれに憧れて魔法を学ぼうとしたことがあった。半年も続かなかったが。
「あ、デュークさんも勉強してたんですか? 難しいですよねー魔法。やたらと抽象的ですし」
「そうそう抽象的なんだよ。子供の書いた絵を解読しているような気分になる」
「形の無いものを無理やり型にはめたみたいだって、お爺ちゃんも言ってました。不思議ですよね」
「ああ、分かる。懐かしいなぁ」
ライラは出来上がったスープを運んでくる。
「ありがとう。……ライラ、俺の名前にさんはつけなくていい。デュークと呼んでくれないか」
バルフはライラに親近感のようなものを覚えていた。自身の身の上を知らない人と、対等に近い関係で思い出話をするというのは、バルフにとって初めての経験だった。
「えとじゃあ、デューク、って呼びますね!」
(どっちにしても偽名だけどな)
ライラはスープの入った容器やらパンの乗った皿やらを並べながら、困った顔で微笑む。
「魔法が使えれば、兄にも楽させてあげられるんですけどね」
「その兄はどこで働いてるんだ? 離れて暮らしているようだが」
「王都です。王家直属の騎士団に所属しているって聞いてます」
「ふ、ふーん」
(ほお。顔見知りだったりして)
まさか、とバルフは心の中で呟き、ライラに料理の礼を言い、スープに手をつけた。
「……うまい」
(俺も飯食いてぇなぁ)
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