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町は中心に行くに従ってなだらかな丘陵になっており、上り切った先にバレニア伯爵の邸宅があった。そのすぐ横には警備隊の練兵場や宿舎などの生活空間があり、時折怒号が聞こえてきた。
バルフは邸宅の貴賓室らしき部屋に通される。部屋は荘厳な装飾が施され、椅子やカーテン、その他至る所に煌びやかな刺繍が施されていた。
部屋の真ん中には背の低い机を隔てて椅子が向かい合うように並べられており、一方にはふくよかな体型の男が座っていた。
「あなたがオーガを単身で討伐したという騎士か」
「……」
(騎士ではございません。私はデューク・アステロイド。しがない旅人です)
「騎士ではございません。私はデューク・アステロイド。しがない旅人です」
バルフはベインのフォローに心の中で感謝した。バルフはベインが考えてくれた偽名を未だに覚えられていなかった。
伯爵は少し考え込むように顎に手を当てる。
「そうか、旅人か。さあ、座ってくれたまえ。……漆黒の髪に紅い瞳……。いや、さすがにそのようなことは……」
「……? どうかしたか?」
「ああ、いや大したことではないんだ。ただデューク殿の見た目がヤト王家の身体的特徴とよく一致している、と思っただけなんだ。ハハ、まあ珍しい特徴とはいえ、王家に限ったものでは無いからな。そういうこともあるか」
バルフは努めて平静を装い、椅子に腰かける。バルフは自身の感情や表情、動揺を他人に悟られないようにする技を持っていたが、一日に二度もその技を使ったのは初めてであった。
(案外ばれないもんなんだな。お前、どんだけ王宮に引きこもってたんだよ。誰もお前の顔知らないじゃねーか)
引きこもっていたわけでは無かった。ただ教育の方針として、バルフが一人前になるまでは王子として世に出ない、ということになっていた。これはバルフ自身の身を守ることにも繋がる他、王家の品位を保つ意味合いもあり、バルフもそれをよく理解していた。
「デューク殿はここへはどういった用件で?」
「ガンド城へ向かっている途中だ。明日にはここを立とうと思っている」
(け、敬語使った方がいいぞ。分かるか? 敬語)
「ガンド城、あれも王権乱立時代の遺物だったか……。あそこはモンスターが完全に棲みついてしまっていると聞くが、もしやデューク殿は冒険者なのか?」
冒険者……! その言葉にバルフは思わずにやけそうになる。バルフが幼い頃憧れた肩書き。特に冒険者エンドースは彼にとって畏敬の対象であり、エンドースによって記された冒険譚はバイブルのようなものだった。未完の冒険譚ではあるが。ガンド城もそこに記された危険な遺跡の一つであり、バルフはエンドースの歩んだ道筋を追っているのであった。
「まあ、そんなところだ、です」
「おお……! これも神のお導きか……! 私がデューク殿に依頼したい仕事なんだが、それは遺跡の調査なんだよ」
「遺跡? この辺りに遺跡があるのか?」
「まあ、そもそもこの町も遺跡を利用したような造りだが……。サントレア神殿と言う遺跡があってね、今日君がオーガと戦った場所から程近い場所にある遺跡だ。昔一度レアになったことのある場所のようなんだが、そこが再びレアになっている可能性が高い。最近になってその辺りでモンスターの報告が相次いでいて、数日前にも偵察に行った警備兵がモンスターが出入りする様子を目撃している」
放棄された建造物は、建築技術を持たないモンスターの恰好の居住空間〈レア〉になる。王権乱立時代――有史直後の動乱で多数の小国が生まれ滅んだ時代には、城や神殿が至る所に造られ、そして多くは時代と共に放棄されていき、レアとなった。レアには数種類のモンスターがいる場合が多く、それぞれが縄張り〈コロニー〉を形成し、コロニーを広げるための争いが日夜繰り広げられる。
「レアは時間が経てば経つほど、危険性が増す。ハチの巣のようにな。早いうちに討伐隊を派遣するためにも、今モンスターがどの程度棲みついているか把握する必要がある」
「つまり、俺はサントレア神殿のモンスターの種類、おおよその数、コロニーの区分を調べればいいんだな?」
「ああ。……え? 引き受けてもらえるのか? 頼んでおいてなんだが、非常に危険度の高い依頼だ。……正直な話、こちらの損失が少なく済めば、という意図もある」
エンドースの冒険譚にもそんな話があったなぁ、とバルフは思った。ダンジョンの攻略に長けた冒険者を雇うのは軍隊や正規の業者を雇うよりも安上がりで、冒険者は死んだからと言って賠償金が発生するということも無く、リスクが非常に小さいのだ。その上それなりの腕前が保証されているとなると、リターンも十分見込める。まだそこまで急を要する用件では無いが故の判断だとも言える。
逆に冒険者にとってもレアの調査は割のいい仕事であり、副業にしている者も多い。
「構わない。ガンド城に入る前の腕試しにもなりそうだ」
「そうか。では、報酬等の相談をして、承諾書にサインを頂こうか」
(だ、大丈夫かよ……)
一国の王子がこんな命知らずの破天荒だったら、世話する方は大変だろうなぁ、とベインは思った。
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