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バルフたちがしばらく歩いていくと、石造りの城壁が見えてきた。町の入口の門前には、警備隊らしき武装した男たちがたむろしていた。警備隊の一人が一行を視認し、叫ぶ。
「おーい! 君たち! 危険だから早くこっちに来るんだ! そちらの方角でオーガが目撃されている!」
バルフとライラは顔を見合わせる。
「オーガがもう一匹いるか、俺が倒したか」
「ど、どうなんでしょう。でもオーガって、あまり群れて行動しないって聞きますし……」
警備隊たちは皆深刻そうな表情をしていた。二人が警告を無視してのんびりと歩いて来たためか、苛立ちを隠しきれていなかった。隊長らしき、少し目立つ武装の男が怒鳴る。
「君たち! 危険だと言っているだろうが! 聞こえなかったのか!」
「いや、すまない。警告は聞こえていた」
「ではなぜ――」
荒ぶる警備隊長らしき男を手で制し、バルフは続ける。
「目撃されたというオーガだが、恐らくは俺が討伐してしまった」
「は、は?」
男は、言っていることが理解できない、という顔をする。
「あ、あの、オーガに襲われていたところを助けて頂きました、ライラです。ここの住人です」
「そういうことだ」
バルフの落ち着いた言動は、男を混乱させた。嘘をついているようには聞こえない。こんな緊迫した雰囲気の中、下らない嘘をつく不誠実な人間にも見えない。だがその発言は信じるに値するとは、男には思えなかった。
オーガは、災害級モンスターとしては低ランクに分類される、亜人種の食人性モンスターである。低ランクとは言っても、それは群れで行動することが少ないためであり、単体としての危険性は高い。体は大きく、成体の身長は五メートルを越すことがざらにあり、身体能力も極めて高く、知能も人間の子供程度にはある。
そのため、白兵戦になると人間は圧倒的に不利であり、遠隔から攻撃するか、複数人で相手をするのが定石となっている。魔法使いでも無ければ、単騎での討伐は困難なはずである。
警備隊もそれに則り、三人✕四部隊の討伐部隊を編成し、これから討伐に向かうところであった。
バルフは一切顔色を変えずに続ける。
「死体を処理しておいてもらえないだろうか。できるだけ綺麗に」
「か、確認しよう。とりあえず町に入っていなさい」
ライラの家に招待され、簡単なお菓子とお茶を振る舞われた。日没まではまだ少し時間があったが、今日はこの町で夜を明かそうとバルフは決めた。
「ところで、ライラはあんな場所で何をしていたんだ?」
「お花を探しに……。寝たきりのお婆ちゃんがどうしても見たいっていう花があって、探してたんです」
町からそう離れた場所には行かないように気を付けており、昼間でもあったため、危険は少ないだろうとライラは考えていた。そのためオーガと遭遇した際、ライラは想定外の事態に腰が抜けて動けなくなってしまったのだった。
「目当ての花は? 持ってはいなかったようだが」
「見つからなくて……」
そう言ってライラはしょんぼりと悲しそうな表情をする。
「俺が取ってきてやろうか?」
バルフがそう尋ねると、ライラは少しだけ嬉しそうに微笑むが、首を横に振る。
「お気持ちだけ。命を救って頂いて、もう返しきれないほどの恩がありますから」
「……そうか。まあ、いいというならいいさ」
(お花摘みなんてつまんねえよ。もっと命すり減るようなスリルが無いと)
その時、家の外がにわかに騒がしくなった。複数人の足音がドタドタと響き、玄関の前で止まった。そして戸がノックされる。
「ニコラエナ殿! 私は警備隊隊長、ウルリヒ・イスガルだ! 先ほどの男、黒髪に紅色の瞳の男の所在についてお聞きしたい!」
「え、あ、はい! 今開けます!」
ライラは大慌てで立ち上がり、戸の方へパタパタと駆けていく。
(なんか、落ち着き無い感じがするな)
「さっきの門前の男だ。仕事熱心なんだろう」
自分に用があるらしいということで、バルフも立ち上がる。
ライラが戸を開けると、やはり先ほどの隊長らしき男が立っていた。隊長らしきと言うか、隊長で合っていた。ウルリヒはバルフと目が合うと、ビシッと訓練された敬礼を披露する。
「ご協力感謝いたします! 騎士殿! オーガの死体はこの目で確認させて頂きました!」
「……お、おい。俺は騎士では無い」
「左様でございますか。では……、ご協力感謝いたします! 戦士殿! オーガの死体はこの目で確認させて頂きました!」
「お、おお……、おお」
(ギャハハハハハハハ!)
おろおろするバルフとは対照的に、ベインは大笑いしていた。ライラですら、顔を伏せ、肩を震わせている。
「俺は戦士でもない。俺の名前はバル……、ジュールだ」
(デュークだ)
「デュークだ。用件はそれだけか」
「ご協――。いえ、……実はその腕を見込んでデューク殿に依頼したい用件がございまして。一度お話だけでも聞いて頂けないでしょうか」
「聞こう」
「……あ、あのー、では、伯爵様の邸宅に。バレニアを治めておられる方でございます。そこで詳しくお話をさせて頂きたいのです」
「では行こう」
バルフは考える間もなく返事をする。その様子にベインは呆気に取られている。
(お前旅程とか考えてんのか?)
「は、はい! ご協力感謝致します!」
「ライラ、荷物を預けてもいいか」
「もも、もちろんです! ……夜はどうされますか? 兄が使っていた部屋が空いてるので、デューク様さえよければ、ここに泊まって頂いても……」
「そうか! ではそうさせてもらおう。今日の寝床をまだ決めていなかったからな」
「はい! お帰りお待ちしてます!」
バルフはウルリヒに連れられ、家を後にした。外にはウルリヒの部下らしき男が数人待機していた。
平和な町中を数人の警備兵に囲まれて移動する姿は、連行される罪人のようだった。少なくともライラにはそうとしか見えなかった。
(なんか、特別扱いって感じだ。気分が良いな)
「そうか? むしろ王宮の息苦しさを思い出すんだが」
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