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第一王子と魔剣の旅  作者: 一一
1:家出王子は黒馬を駆る
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 海に面した開けた草原で、一人の男と一匹のオーガが対峙していた。春の陽気が吹き抜け、辺りには色とりどりの花が咲き乱れていた。一人と一匹を、少し離れた位置から一人の少女が見つめていた。


 オーガは食事を邪魔をした目の前の男に対し、敵意を露わにしていた。低く唸り声を上げ、巨大な石斧を握り直し、姿勢を低くし身構えた。


 男の背丈は高いとも低いとも言い難かったが、オーガと並ぶと赤子のように小さかった。髪は漆黒、その顔には少年のようなあどけなさが残っていたが、その紅い瞳は冷酷すら感じる落ち着きを湛えていた。


 その手には、飾り気の無い無骨なロングソードが握られていた。地味な色合いながらも荘厳さを感じさせるその服装とは明らかに不釣り合いな見た目をしていた。


「オーガ……。初めて見るが、随分と背が高いんだな」


 男はそう呟き、唇を湿らせる。肩の力を抜き、オーガとの距離を測るように弧を描いて移動する。


(王宮を抜け出て最初に戦うのがオーガって。ツイてないねぇ坊ちゃん)


 男の持つ剣、喋る魔剣が男を茶化す。


「坊ちゃんと呼ぶな、ベイン。捨てるぞ」


(はいはい、バルフちゃん)


「やはりへし折――ッとぉ⁈」


  オーガは巨体に似合わない俊敏さで一足飛びにバルフに近づき、その石斧を振り下ろす。唐突な先制攻撃に対してバルフは身をよじり、辛うじてそれを躱す。石斧に地面がえぐられ、土埃と花びらが舞う。


 オーガの身体能力の高さは聞いてはいたが、これほどとは。


(わお。五メートルは跳んだんじゃないか? 今の一歩で)


 まだだ。振り下ろした石斧がそのまま真横に振り払われる。土埃を上げて迫る石斧を蹴って跳躍し、オーガと再び距離を取る。


 バルフはフッと軽く息を吐き、


(今の動き。お前素人じゃねぇのな)


「気が散る。喋るな」


呑気に喋り続けるベインに文句を言う。


(気が散る、だと? 集中してねーから俺の声が聞こえんだろ。俺には喋る以外にやること無ぇんだよ。お前は俺をそうやって乱暴に振り回して楽しいかもしれねぇけど。それに俺はもう何百年も人と喋って無かったんだからちょっとくらいいいだろ喋るくらいよおお前しか話し相手いないんだしまず剣が喋るなんて面白いだろもっと面白がれよ楽しめよお前の反応あ――)


 再びオーガが突進してくる。先ほどと同じ動き、石斧が振り下ろされ――る代わりに足が飛んでくる。反応が遅れ躱すことができないと判断し、剣の腹でガードしながら後ろに跳んで衝撃を逃がす。


「ぐう」


 バルフは石ころのように蹴り飛ばされ、地面を転がる。鞘を地面に突き立て勢いを殺す。接近するオーガの足音が聞こえ、瞬時に立ち上がる。


 初めて戦うとはいえ、オーガの知能を舐めすぎていた。フェイントとは……。


(おお、今の食らって立てるのか。お前本当に温室育ちの坊ちゃんか?)


「お、……温室育ちぃ? あそこが温室だと言うなら」


 剣を構え、オーガに肉薄すべく地面を蹴る。オーガも咆哮しながら迫る。


「ここは何だ。天国か?」


 時間がゆっくりと進んでいく感覚。石斧か、足か、それとも拳か、瞬間的に判断する。石斧を持った手が力んでいる。一方で足は蹴飛ばす素振りを見せるが先ほどよりも勢いが無い。あえて石斧から視線を切り、足に注目しているように見せかけ、斧による攻撃を誘う。斧の横振りが風切り音と共に迫る。来ることが分かっていれば、何のことは無い単調な攻撃。姿勢を低くしそれを剣の腹でいなす。石斧と剣が接触し、火花が散る。


 バルフはいなした勢いのまま体を回転させながら跳躍し、一気にオーガの懐に潜り込む。石斧が完全に空を切り、無防備な弱点が晒される。首、腹、脇、股間、腿、全てが間合いに入り、バルフは剣を構える。


 オーガの体がピクリと反応し、間合いから逃れるべく跳躍しようとする、が、勢いの乗った肉体は慣性に逆らうことが出来ない。剣はまっすぐその太い首に突き入れられ、それからするりと弧を描くように肉を通り抜ける。少し遅れて、鮮血が溢れ出す。


「グプェ」


 巨体が力無く膝をつき、大木を倒したような地響きと共に前のめりに倒れ込んだ。


 バルフは血と油で汚れた刀身を布で拭き取り、鞘にゆっくりと納めた。チャッと小気味いい音を立て、刀身が完全に納められる


(あ、俺は拭かなくていいぜ。あと研がなくていい。むしろ研がないでくれ)


「拭かないと汚いだろう。お前はよくても、俺は汚れたくない。それに錆がついたり刃こぼれしたらどうする」


(俺には汚れが粘着しないんだ。刃こぼれもしない。魔剣だからな。ピャッと一振りすれば綺麗さっぱりだ)


「……ほう。それが本当なら、随分と便利だな」


(そうだろ、そうだろ。それに切れ味もすごいんだ。さっき切った感じ、どうだった?)


「ああ、それはそうだな。今まで振るったどんな剣よりも冴えた切れ味だった。お前、ただのお喋り剣だと思っていたが、相当な業物なんだな。他にはどんな――」


「あの!」


 戦いの一部始終を見ていた少女は勇気を振り絞るように、勢い込んでバルフに声をかけた。


 バルフはここで初めて、自分がなぜオーガと戦ったのかを思い出した。この少女が襲われそうになっていたところを助けようとしたのだった。


「ああ、君。怪我は無かったか?」


「は、はい! あ、あ、ああ、ありがとうございますっ!」


 少女はその赤毛と変わらない位に耳まで真っ赤にしながらも、元気よく感謝の言葉を述べた。


(この娘、助けられたからって、ひょっとしてお前に惚れたんじゃないか?)


「なに? あまり変な疑いをかけるな。礼儀正しい良い娘ではないか」


「え、え……? う、うた、礼儀……。え? 何を……仰っているんですか?」


 少女の呆けた表情の中に困惑が混ざる。


「ん? いやこいつが――」


(あ、言い忘れてたけど、俺の声はお前にしか聞こえてないぜ。お前は今、何も無い空間に話しかける気狂いだと思われてる)


「きさまッ……! それを先にッ……! いや、何でも無いんだ。気にしないでくれ」


 何ならライラにも聞こえるようにと気を遣い、少し大きめの声で会話しようとしていたというのに……!


 バルフが一瞬鬼のような形相になったのに、少女は気付かなかったようだった。目の前の男の奇妙な言動に首を傾げている。


 バルフは咳ばらいをし、喉の調子を整える。


「ん”ん”ッ。ふぅ。とにかく、怪我が無いようでよかった。君、名はなんと言うんだ?」


「あ、あの、ライラ・ニコラエナ、です。あなたは……?」


「俺はバル……」


 そこまで言って固まった。バルフの脳内を目まぐるしく思考が駆け巡る。本名を名乗る、少女の素性、信用してよいものか、追っ手はどこまで来ているか、どれだけ派遣されているか、ここから近い町、オーガの死体の処理、顔を見られただけでは正体がばれることは無い、馬を手に入れなければ、攪乱……。


(王族ってばれたら、まずいかなぁ)


 まずいなぁ、とバルフは結論づけた。


 エウラ大陸の東の端、ヤト王国第一王子、バルフ・ヤト。次期国王の第一候補であり、少なくとも国内にその名を知らない人間はいない、という程度には有名人であった。


 そして、バルフは家出をしたのであった。自室に〈探さないでください〉とだけ記した手紙を置いて、誰にも告げずに。恐らく今頃は、王宮内はハチの巣を突いたような騒ぎになっているはずである。あるいは既に追っ手が派遣されているかもしれない。


 つまり、自分が歩んだ痕跡は少しでも消しておきたいのだ。追いつかれるわけにはいかない。連れ戻されるわけにはいかない。絶対に。


「俺の名は……、あ、いや、あっしは……、おいらは……、あ、あたい……、うう……」


(嘘下手か! 一人称は俺でいいだろ! そこじゃねぇよ! 偽名、そうだな……。えーと、デューク・アステロイド! 俺はデューク・アステロイド! これでいけ!)


 頭を抱えるバルフにベインが叫ぶ。


「あ、と、俺はデューク。デューク・アステロイドだ。よろしく」


「よよ! よろひくお願いします……。デューク様……」


 ライラはペコペコと何度もお辞儀をした。


 取り敢えずの方針。オーガの死体は、重くて動かせないためここに残していく。そしてライラを自宅まで送り届ける。ライラの住む町で馬を買い、すぐに旅立つ。これだ。他にない。


「ライラ。家まで――」


「デューク様! 私の家にいらしてください! ぜひ! ぜひお礼をさせて頂きたいので!」


「あ、ああ、そうか。それでは、行こうか」


 ライラの勢いに若干気圧されながらも、バルフは計画通りに事が運びそうで安堵した。


 ライラが手招きしながら駆けて行く。その後ろをのんびりと付いていく。


(歳はお前と同じくらいかなぁ。お前十七だろ?)


「歳など知ってどうするんだ」


(いや、知っといた方がいいだろ)


「どうして」


(どうしても)


 バルフは、ベインの言っていることの意味が分からず首を傾げる。


(お前、顔いいし、多分これからもこんなことあるぜ)


「こんなことって、どんなことだ」


(……はあ、知らね)


 ベインは呆れたように、ぶっきらぼうにそう言い捨てた。


「ところでさっき聞きそびれたが、お前、他にどんな力を持っている?」


 唐突にバルフが尋ねる。汚れず、錆びず、刃こぼれもせず、切れ味は一級品、そして喋る。その他に一体どんな力を秘めているのか、聞いておかねばなるまい。


(他って。無いけど)


「……無い? なにかもっと、魔法とか――」


(無い)


「――って……。そうか……」


 バルフはガッカリしたことを悟られないよう、唇を固く結び、背筋をピンと伸ばした。


 剣としてはこの上なく優秀なのだ。これ以上高望みすべきではないだろう。……だが、魔剣、魔剣……かぁ。


 魔剣ドラゴンベイン。さすがに名前負けしてるんじゃないだろうか。


(それよりさ、鞘をもっとかっこいいのにしたくないか? 俺はずっと思ってたんだけどさ、今着てるこれ、なんかもう古いんだよ。前時代の臭いがする。腐臭。ダサいんだよね。トレンドじゃない。武器庫でさ、時代と共に入れ替わる武器を見てきたんだよ、俺は。もっと今風のさ、シンプルイズベストみたいのがいい。こんな葉っぱの絵とか、蛇の絵とかいらないのよ。おばあちゃんかよって話。それに刀身のシルエットが分からないのも駄目だな。剣先のとこが四角いのは今風じゃない。まあこれはこれで悪くは無いんだけどな。俺スタイルいいからさ、魅せていかないと。なあ、バルフ? そう思わないか?)


 オシャレ感覚か、とバルフは心の中で呆れながらも、うんうんと頷いた。


(王子にオシャレは分からんか!)

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