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6 童殿上←作者が好きなもの


千鶴:8歳




 1人で庭に下りて、少しだけ雪と戯れる。

 さっきあんなことを言った手前、皆んなの前で遊ぶわけには行かない。


 昔は電車は止まるし、歩きにくいし、雪の日は好きじゃなかった。だが、この時代にはそんなものはないし、歩く必要もない。童心に返って遊ぶのも悪くない。





「ほかの御方にはどのような衣装を選んで差し上げたのです?」

「君が聞きたいのか? かさねによってその人の器量を測るつもりだね。悪い人だ」

「もう! 違います!」


 おや? これは、あれか。お正月だから源氏が面倒を見ている女人たちに衣装をあげた。それをこれから見に行くって話か。


「いいでしょう。まず、上には葡萄色の小袿に紅梅の表着とかさね。美しくて華やかな上に似合っているよ。愛らしいちい姫には桜の細長に艶やかな赤をかさねた。玉鬘の君は艶やかな美人だから山吹の細長でその美しさが際立っているはずだ。花散里の君には浅縹の小袿に濃い赤のかさね。穏やかで優しいあの方にはよく似合うだろう。空蝉は入道されているので、青鈍色の表着にくちなし色の衣と薄紅色のかさねを送った」

「明石の君はどのようなかさねを送ったの?」


 うずうずといった様子で母様が聞いた。ちい姫の母親で母様を動揺させた女性だから気になるのだろう。


「明石の君には唐風の織りの白に濃い紫のかさね。あの方なら着こなせると思うよ」

「まあ。素晴らしく雅で趣味の高い衣装ね」

「貴女が拗ねているのか? 珍しいね。貴女こそが私の理想の女人なのだよ」

「もう、そんなことをおっしゃって」

「さ、では、皆んなの美しく着飾った姿を見てこようか」


 そう言って源氏が立ち上がった。


「いってらっしゃいまし。千鶴とお待ちしております」

「ああ、行ってくるよ」


 母様の額に唇を落とし、源氏は立ち去った。



「そうそう、千鶴。話しておきたいことがあるのだけれど」

「なんですか、母様?」

「もうあなたは8つでしょう? そろそろ童殿上をする時期ではないかしら」

「わらわてんじょう……?」


 母様、なんですか、そのよく分からないものは。


「童殿上は、元服前の男の子が内裏に出仕することよ。千鶴だったらきっと春宮さま付きになるでしょうね」


 あーなるほど。夕霧がしてたやつか。身分の高い上達部の息子が10歳前後で宮中の雑用をしに行くことを童殿上すると言う。

 春宮ってのは朱雀院の息子か。未来のちい姫の旦那だ。


「分かりました。童殿上します。楽しそうだし」

「そう、良かったわ。じゃあ、殿が帰ってきたら相談いたしましょうね」

「はーい」




ーーー




「ほう。これは美しい」

「さすが源氏の君と紫の上さまの御子だ」

「大臣に引けを取らない美しさだ」


 そこら中から囁き声が聞こえる。僕に対しての感想だ。




 ここは宮中。陰謀渦巻く光と影のある世界。

 正月から3ヶ月後の今日、僕は殿上童として内裏に上がった。大人としての名を与えられ、蔵人のところに寄って、参内。父様に連れられて、いよいよ春宮のところへ向かうという道すがら、噂されている。


 今の僕の格好は、下げみずらというツインテールをくるんとさせた髪型に、半尻という狩衣の子どもバージョンを着ている。男の僕が長髪なのはなんとなく違和感。いつも思う。


「千鶴、背筋を伸ばしなさい。この空気に慣れるのだ」

「父様」

「気を抜くと飲み込まれるぞ」


 おっそろしい! 天下の光源氏でもそんな風に思っていたのか。




「源氏の大臣か。よく来たね」


 御簾の内側から聞こえるは凛とした声。子ども特有の高い柔らかさを残しつつ、上に立つ者としての風格がある。

 春宮は確か僕より2つ年上、10歳。


 他所では源氏の大臣、天下の太政大臣と持て囃されているのに、ここではきっちり平伏している。だが、春宮の声色は父とも叔父とも慕うような雰囲気だ。いや、本当に兄の息子だから叔父なのか。


「春宮さまにおかれましては、お元気そうで安心いたしました」

「そのような堅苦しい挨拶はいいよ。その子の紹介で来たのだろう?」

「はい。本日から童殿上を致します、私の次男です。千鶴とお呼びください」

「千鶴というのか」

「はい。太政大臣の次男、千鶴と申します」

「これから仲良くしてくれ」

「それはこちらこそです、春宮さま。これから何卒よろしくお願いします」


 同年代の子どもに対しての話しかけ方だ。僅かに先程より楽しげな感情が混ざっている。


「大臣はもう戻って良いよ。私は千鶴と話す」

「は。では、退出させていただきますね。……千鶴、失礼のないように」

「はい」


 最後は小声で声を交わした。




「千鶴、こちらに来てくれ」


 春宮が御簾をあげて中に呼んでくれた。

 あ、実際あげたのは女房だよ。


「えっと、どうも、お邪魔します」


 おっといけない、つい前の癖で。

 春宮が不思議そうな顔で見ている。


 それにしても、春宮はなかなか格好良い。塩顔なさっぱり美少年だ。切れ長な目の上には細い眉。唇も薄めだが、きちんと手入れされており、赤く潤っている。成長期前の儚げな少年。

 確か、父親の朱雀院も“清げなり” という形容詞でその美しさが表されている。


「やはり源氏の大臣の子どもとあって、其方はとても綺麗な顔立ちをしている」

「そのようなことは……。ですが、春宮さまもとてもお美しくていらっしゃいます」

「謙遜はしなくて良い。私と其方は従兄弟同士だろう? 仲良くしよう」

「春宮さまにそのように思っていただけるなんて光栄です。精一杯仲良くさせていただきます」


 優しそうなお方だ。良かった。


「まずは自己紹介。父上は朱雀院だ。其方の父の兄だね。母上はもういない」

「私は千鶴と申しまして、父は太政大臣、母は紫の上と呼ばれております。兄に少将がおりまして、あと同い年の姉がいます」

「うん? 最近公達が騒いでいる玉鬘の君もいるだろう?」

「あ、玉鬘の義姉様もいます」


 忘れていた。義理の姉だから。


「ふぅん。私も妹が3人いるよ。そんなに会わないけれど」

「妹ですか。良いですね。きっと春宮さまのご兄弟ですから可愛いのでしょうね」

「可愛いよ。特に女三の宮なんて父上は目に入れても痛くないほど可愛がっている」


 あの女三の宮ですね。父親の朱雀帝がデレデレに甘やかして、等身大の綺麗なお人形みたいに自我が薄い娘になった人ですね。


「私には妹はいないので、羨ましいです」

「千鶴には素敵な兄がいるじゃないか。夕霧の君を兄に持つなんて羨ましいよ」

「……ありがとうございます。自慢の兄です」


 いやあ、照れるなあ。確かに夕霧はいい奴だと思うよ? かっこいいけど男にも気を使うし、初恋追いかけてるし。




 小1時間ほど春宮とお喋りして、迎えにきた父様と一緒に六条院へと帰った。


「千鶴、どうだった?」

「母様。とても良いお方でしたよ。お優しくて、話しやすい雰囲気でした」

「そう。良かったわ」


 紫の上が母親として、僕のことを心配している。なんだか嬉しい。


「貴方、千鶴はどうでした?」

「ん? そうだな、とても行儀が良いし、初めて内裏に行ったのにあまり恐れがなかったかな。大したものだよ」


 源氏にも聞くのか。


「千鶴! 今日、内裏に行ってきたのでしょう? お話し聞かせて!」


 ちい姫が小走りでやってきた。後ろから追いかけている珠子と乳母の君が大変そうだ。


「姫、走るのははしたない。もう8歳なのだから、もう少しお淑やかにしなさい」

「はーい、おとうさま。……ね、ね、内裏はどうだったの? わたくし、裳着のお式を挙げたら内裏に行くのでしょう?」

「少し怖かったよ。見定められるような視線しかなくて。春宮さまはお優しい方だった。ちい姫のことを大事にしてくれそうだよ」


 8歳で、もう自分の嫁ぎ先について考えてるんだもんな。21世期の日本じゃ考えらんないよ。


「良かった! わたくしを大切にしてくれる殿方にしか嫁ぎたくないもの」

「ちい姫さま、どこかへ行ってしまわれるの?」

「珠子。でも、ずっと後の話よ。それまでに珠子と沢山思い出を作っておくわ」

「離れてしまうのは嫌です。ですが、それまでにいっぱい遊んでおきます!」


 随分とちい姫と珠子は仲が良くなったもんだ。良かった良かった。


 可愛い2人のやりとりを、両親と一緒に微笑ましく眺めていた。



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