表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

5 ホワイトお正月

唐突になぜかグロくなってしまいました。苦手な方、申し訳ありません


千鶴:8歳




「おめでとう、千鶴、ちい姫」


 玉鬘がやってきてから、冬が来て、年明けの正月。一面の雪景色に子どもたちがはしゃいでいると、母様から声がかかった。


「おはようございます、母様。おめでとうございます」

「おめでとうございます! おかあさま、雪で遊んできていい?」


 朝からテンションの高いちい姫。おじさんはついていけないよ。


「あら、もうすぐ殿が、貴方たちのお父様が来るはずだから、ご挨拶をしたらね」

「はーい」


 今日はおめでたいお祝いの日。なぜなら僕らが8歳になる日!

 平安時代は誕生日が皆んな正月なのだ。1月1日に歳が1つあがる。今日で僕もちい姫も8歳。


 そして、これは源氏物語に出てくる有名な日だろう。明石の上からの手紙が来て、色んな女の人のところへ行き、最後は冬の町、つまりこの屋敷(六条院)の北西の方にいる明石の上の所に泊まってくるのだ。


「おめでとう、紫の上、千鶴、ちい姫」

「おめでとうございます、殿」

「父様、おめでとうございます」

「おとうさま、おめでとうございます。もう遊んできていい?」

「まあ、仕方のない子だこと。千鶴と犬君と乳母の君を連れて行ってらっしゃいな」


 あ、僕も強制的に行かされるんですか。


「ありがとう、おかあさま! 千鶴、行きましょ」

「えー、待ってよ。僕はここでぬくぬくしていたいのに」

「あら、そんなんじゃ立派な殿方になれなくってよ、千鶴。一緒に行くのよ」

「もう、そんなに行きたいなら珠子を連れてきなよ」

「むぅ。わたくしは千鶴と遊びたいのよ」


 むくれるちい姫。可愛い顔をしたってダメだ。

 僕の乳母子、珠子を呼んだ。


「お呼びでしょうか、千鶴さま」


 珠子も今日で8歳。童顔で子どもっぽい顔立ち。少し上がっている大きな目をパチパチしているのが可愛い。


「珠子、ちい姫と雪遊びをしておいで」

「え、いいのですか! ちい姫さま、行きましょう!」


 目を輝かせて今にも走り出しそうな珠子。ちい姫が押され気味になっている。


「むー。もうっ、行くわよ、珠子。千鶴なんか放っておいて、2人で遊びましょ」


 じぃーっと僕を見つめた後、ぷいっとそっぽを向いて、珠子の手を握り走り出した。

 仲が良くて結構、結構。




「きゃー! やめて、冷たいわ! お返しよ!」

「わあ! 冷たい! 私もやられっぱなしじゃありませんよ!」


 2人できゃーきゃー言いながら雪合戦をしている。


「千鶴も遊んできていいのよ?」

「大丈夫です、母様。僕はここで温まりながらお喋りをしているのがいいんです」


 2人を微笑ましく眺めていた僕に、心配した母様が話しかけてくれた。


「千鶴はなんだか子どもではないみたいだねえ。じゃあ、ここで男同士の語り合いをしようか」

「へ? 男同士の語り合い? ……いいですよ。望む所です」


 源氏め……! 母様とお喋りタイムだったのに……。男同士の語り合いという訳の分からないもので邪魔しやがって……。



 おや、見知らぬ童女が来た。


「もうし、源氏の大臣。冬の御方から文でございます」

「明石の君から……? どれ。…………これは、ちい姫に返事を書かせよう」

「どんな内容だったんです、父様」

「それはちい姫に聞きなさい。……ちい姫! 文の返事をお書きなさい」


 雪遊びをしているちい姫に向かって大声で呼びかけた。


「なぁに、おとうさま。わたくしにお文ですって?」

「これだよ。これはあなたの大切な人からだから、あなたから返事を書きなさい」

「はい」

「ねえ、ちい姫。どんな内容なの?」

「……わたくしの成長を待ち続けていました、ですって。初音をお聞かせくださいって」


 ああ。明石の上からのあの手紙か。初音のところの。


「なんて書こうかしら」


「ああ、明石よ。貴女の子はこんなにも可愛らしく、大きく育っているのに。その目で見られないことが本当に可哀想だ」


 ちい姫に聞こえないくらいの小さな声で、源氏が呟いた。


「これでどうかしら」



『別れて何年も経ちましたが、どうして(わたくし)が巣立った松の根()を忘れるでしょうか、いいえ、忘れません』



「おお……! 素晴らしい」

「まあ、素敵。ちい姫、とても上手だわ」

「姫さま、さすがでございます」


 周囲の皆んながざわめいて、ちい姫を褒め称える。

 僕には正直、和歌の良し悪しは分からない。現代人の感覚からすると、掛け言葉とか枕詞とか縁語とか、難しすぎる。



 ちい姫がしたためて綺麗に結んだ手紙を、先程の童女に渡した。


「もう遊びに戻っていい、おとうさま?」

「ああ、もういいよ。いってらっしゃい」


 パッと駆け出していくちい姫。そしてこちらに向き直る源氏。


「千鶴。語り合いの続きだ。今、好きな人でもいる?」

「は? いや、いません」


 突然の語り合い……! というか続きってことは始まっていたのか。


 それにしても、語り合いで恋話に行くとは。

 女子中学生か。


「そうか、いないのか」

「父様はどうなんですか?」

「あら、それはわたくしも気になりますわ」

「上。私の好きな人は君だよ」

「わたくし"だけ"ですか?」

「……もちろんだよ、上だけだ」

「なぜ目を合わせて言ってくださらないのです? その間は何なのかしら」


 源氏が横に視線をずらして言った。あからさまな嘘だ。ああ、紫の上が可哀想。何でこんなに完璧な母様の元に止まっていられないんだろう。


「い、いやあ、紫の上、これは男同士の語り合いなのだから、口出しはいけないよ。さあ、千鶴、あちらで母様に聞こえないように話そうか」


 源氏に抱えられて別の部屋に入った。ピューっと音がつきそうな華麗な逃走。


「ちょっ、父様! 下ろしてください!」

「何さ、千鶴。あのまま紫の上の前にいるわけにもいかないだろ」


 おやおや、こんなに源氏は嘘が下手で、拗ねた子どもらしい顔をする人だったとは。


「そうですけど。父様が本当に母様だけを想っていれば良かったんじゃないですか?」

「そうは言ってもね。千鶴はまだ分からないかもしれないけど、男は素敵な女人がいたら好きにならざるを得ない生き物なんだよ」


 なんだかそれっぽいことを言っているが、言っていることはクズそのものだ。


「僕には一生分からないでしょうね」

「冷たいな、千鶴。父親をもっと尊敬してくれていいんだぞ?」

「尊敬はしてます。かっこいいし、気配りができて、表面的に優しいのは事実だし。でも、優しくて、綺麗で、気配りができて、誰にでも好かれる母様を傷つけている父様は嫌いなんです」

「何を言う、私は紫の上を傷つけてなどいないよ。それに紫の上の評価が私に対して高過ぎやしないか?」


 どの面下げてそんなことを言ってるんだ。

 ……と、つい言ってしまわなかった僕を褒めてほしい。


「そんなことないですよ? 母様は現世で1番素敵な方ですもん」

「……まあ、母を好きなのは幼い子どもとして間違ってはいないな。だが、父も好きになってくれ」

「好きですよ?」

「……さっき、私のことを嫌いと言ったではないか」

「だから、母様に意地悪をする父様は嫌いです。でも、普段の優しい父様は好きです」


 そう! 僕は成長したのだ! 真っ向から源氏嫌い、クズめ、なんて言わないのだ!

 確かに、源氏はモテるだろうなという良い性格をしている。表面上は。だから、表面は好きだと言い、母様を傷つけるな、一途になれと言う。


「あ、ああ、そういうことだったのか。」


 嬉しそうにニマニマする源氏。はい、無邪気な子どもに骨抜きにされましたぁ。


 ……え? 考えてることが無邪気じゃないって? 大事なのは見た目だよ、見た目。


「そういうことです。ですから、母様を泣かせないでください」

「……分かったよ。千鶴がそんなに言うんだ、泣かせないよ」

「約束です、父様」


 はい、と言って小指を差し出した。


「……これは何だ?」


 おや、指切りというものを知らないのか。指切りの歴史はいつからだったか。


「これは指切りと言って、約束の印なんですよ。ほら、父様も小指を出して」

「ゆ、指切り!? 指を切るのか!? 千鶴、いくら親子でもそんなに重い印をしなくても……」

「違います! 本当にする訳じゃないです!」


 いくらなんでもそれはグロすぎる。昔の人はやっていたのかもしれないけど。


「指、出してください」


 無理やり小指を引っ張り出して、自分のものと絡めた。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」

「…………。意味を聞いても良いか?」

「指切り、拳骨1万回、嘘ついたら針を千本飲ませる、指切るぞ、っていう意味です」


 え、グロくない? 自分で言ったけど、すごくグロくない? とてつもなく痛そうだし。


「拳骨……? 針千本? …………な、なんて重い約束だ……」


 源氏が放心しちゃってる。


「別に本当にするという訳じゃないですよ? そのくらいの覚悟が持てないなら、約束なんか破るなよってことだと思います」

「あ、ああ。そ、そうだよな……」

「本当に指切った人もいるんでしょうけど」

「え。」


 見事に固まった源氏。いつも余裕こいている奴が珍しい。見ものだ。


「だから、母様を泣かせないように頑張ってくださいね、父様」

「わ、分かったよ」


 たじたじの源氏。良い男が困っているのは眺めがいい。ついニヤニヤしていないか確認してしまう。



 ……僕は純真無垢な子どもですけど?


「語り合いはもう終わりですか? じゃあ、母様のところへ戻りましょう!」

「千鶴、ここでの話は他言無用だよ。分かったね」

「はい。もちろん」

「さあ、戻ろうか」


 思い出したように父親の威厳を醸し出しつつ、源氏が手を差し出す。


「あ、僕は少し行くところがあるので、先行っててください」

「え!? 今、一緒に行く流れじゃないの!?」




ちなみに、指切りの初登場(本当に指を切る刑罰)は鎌倉時代の吾妻鏡だそうです。その後、江戸の遊郭などでなんやかんやあり、いわゆる約束としての指切りは江戸時代頃からとか。

興味のある方は調べてみてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ