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4 父親然


千鶴:7歳




「父様! 兄様と一緒に帰ってきました!」


 春の町に着き、父様を見つけた。


「千鶴にちい姫! どこに行っていたんだ。紫の上がとても心配していた。報告してきなさい。……夕霧は少し待ってくれ」


 父様にそう言われて、自分たちが遊んでいて迷子になったことを思い出した。


「母様!」


 御簾の内側へ。母様が珍しく挙動不審になっていた。


「千鶴! ちい姫! 良かった…………。……どこへ行っていたの。母様にも犬君にも何も知らせずに出て行ったでしょう。いきなりいなくなったからとても心配したのよ」


 ぎゅっと2人同時に抱きしめられた。震える声で言う母様。後で犬君と乳母の君が目元を押さえている。

 こんなに心配かけたんだな。申し訳ない。


「ごめんなさい、母様。遊んでいたら迷子になってしまったの。気付いたら西の対にいて、義姉様とお話ししてきたの」

「おかあさま、本当にごめんなさい。千鶴の言う通りよ。薔薇を見つけてはしゃいでしまったの」


 ここで必殺技、上目遣い。ついでに目をウルウル。ふざけてるわけじゃないよ? 本気でごめんなさいって思ってるよ?

 ちい姫は本気で目に涙が溜まっているが。


「迷子になってしまったのね。でも、いつでも犬君と乳母の君は連れていきなさい。それが守れなかったら外には行かせません」

「連れていきます。これからは気をつけます」

「もちろんです、おかあさま。外で遊びたいです」

「……反省はしているようね。いいわ、今回は許します。これからは気をつけなさいね」

「はい! 母様!」

「分かりましたわ、おかあさま」

「さあ、あちらで夕霧の君が待っていらっしゃるわ。いってらっしゃい」

「「はーい」」


 源氏物語には確か、夕霧と紫の上を会わせないようにしていたという趣旨のことが書いてあった気がする。確かに、僕は母様と夕霧の兄様が会っているところを見たことがない。





「兄様!」


 そう言って夕霧に飛びついた。


「わぉう。千鶴、元気だね。ちい姫もさっきぶり」

「おにいさま、今日も素敵です」

「全く。夕霧が人気なのは嬉しいが、少し妬けてしまうな。慰めてくれ、千鶴」

「あーもう、父様だって格好良いですよ? だけど、毎日会っているんだもん。言わなくてもいいかなーって」


 夕霧に戯れついている僕とちい姫を見守りながら、源氏が口を挟んできた。適当にあしらう。


「そんなに言われると照れてしまうよ。おいで、千鶴」


 源氏に抱っこされる。もう7歳だからそれなりに重いはずだが、結構力があるもんだ。


「いいなぁ。おとうさま、わたくしも!」

「いいよ、おいで、私の可愛いお姫さま」


 源氏が僕を下ろして、ちい姫を抱き上げた。


「きゃー、おとうさまみたいな格好良い殿方に言われたいわ!」

「僕が言ってあげるよ?」


 さりげなく源氏に対抗してみた。


「千鶴は格好良いけど、結婚できないじゃない。妹背になる殿方がいいの」

「そうか。ちい姫はおませさんだね。千鶴はどうなんだい?」

「僕は、……可愛い子がいいです。あと、話していて楽しい子がいいです」

「そうかい、そんな子に出会えるといいね」


 にこにこしながら父親の顔をする源氏。こうしていると幸せな家庭だ。

 そんな子に出会えるといいね、とは言っても、どうせ父様の決めた人と政略結婚をするんだろうに。


「はい!」

「あの、盛り上がっているところ、申し訳ないですが、私は三条に行ってもいいですか? 私のこと忘れてません?」


 あ、夕霧、忘れてた。


「兄様も大好きですよ?」

「うんうん、ありがとう、千鶴。君はいい子だ」


 僕のサラサラヘアーを撫でる夕霧。

 皆んな頭撫でてるな。


「夕霧は未だに初恋を追いかけているからね。純粋な可愛い子だよ」

「ち、父上! な、何を言うのですか、こんな子どもたちに!」


 顔が真っ赤になって慌てふためく夕霧。イケメンが照れてるのって珍しい。需要はあるのかないのか。


「いいじゃないか。千鶴とちい姫と仲良くなれる機会だよ」

「もう私たちは仲良いですよ。ねえ、千鶴、ちい姫?」

「はい! 兄様は僕の憧れです!」

「もちろん! おにいさまは優しくて、格好良くて、大好きです!」


 元気よく答えるちい姫。可愛い。


「そうかい、そうかい。兄弟仲良くやってくれよ。邪魔者の私は戻るとするか」


 そう言って源氏はどこかへ消えた。きっと母様のところだろう。


「父上は拗ねてしまわれたのだろうか」

「まっ! おほほほ、夕霧の君ったら」

「あの源氏の君が拗ねていらっしゃるなんて、ふふふ」


 周りにいた女房たちが流れるように会話に入ってきた。


「源氏の君もお子様には甘いのですね」

「父親の顔をなさっていて。ねえ」

「そんなに笑わなくたっていいだろ。私の時は父上は明石におられたし、正直千鶴たちが羨ましいよ」


 少し拗ねたような悲しげな顔をした夕霧。イケメンが更にいい味を出している。


「兄様……」

「おにいさま……」

「ああ、別に君たちのせいでも何でもないから気にしないで。すまない、気を遣わせてしまったね」

「兄様だからいいんです。今、僕たちがいっぱい構ってあげます!」

「ははっ、嬉しいよ、千鶴。ありがとう」


 うん。やっぱり夕霧は笑顔の方が素敵だ。

 ……はっ! 僕、今イケメンを褒めてしまった……? 何という失態!



 心の中の天使と悪魔が格闘している間に、夕霧は帰る挨拶をしていた。


「そろそろ私は帰るよ。この後、三条のおばあさまの所にも行きたいから」

「ええぇ、もう帰ってしまうの、おにいさま」

「ああ、君たちの元気な姿が見れたしね。玉鬘の義姉上にも挨拶したし」

「兄様、またすぐに来てくださいね」

「ああ、また来るよ」


 ポンっと僕とちい姫の頭に手を乗せて言った。



「夕霧、また来なさい。勉学も頑張りなさい。必ず君の力になる」

「父上」


 どこからともなく現れた源氏。さりげなく微笑んで父親の顔をしている。


「向こうまで行こうか」


 源氏に連れられて夕霧が去っていった。



ーーー



「幼い時、側にいられなくてすまなかった」


 千鶴とちい姫から離れた所に来て、父上がそう言った。


「え、聞いていたんですか、父上」

「少しね。聞こえてしまったよ」


 父上が目を細めて悲しそうな顔をする。

 さっきの話が聞こえていたのか。父上がいないと思って油断していた。傷つけるつもりはなかったのに。


「父上があの時、須磨に行っていたのには大きな理由がありました。今ではちゃんと理解してます。それに、叔父上が可愛がってくださっていたし、私は童殿上をしていて、主上と仲良くさせていただいておりましたから。そんなに寂しくはなかったんですよ」

「寂しくないと言われるのもなんだかなあ」


 苦笑いをしながら言う父上。あの時よりも目尻にしわが入り、年を重ねておられる。


「千鶴とちい姫に沢山愛情を注いであげて下さい。彼らの兄の願いです」

「もちろんだとも。…………雲居の雁というのだったかな、想い人は」

「な、何を言い出すのです、父上!」

「いやなに、私から頼んであげようかと思ってね。縁談を断り続けるのも大変だぞ?」


 父上が急に悪戯っ子のようにニヤリと笑った。さっきまでの悲しそうな顔が嘘のようだ。


「大丈夫です。伯父上が許してくれるまで私は頑張りますので。では、さようなら、父上」

「ああ。またおいで、夕霧」


 父上の声を背に、振り返らなかった。




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