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8 蛍と再びのチョロ姫


千鶴:8歳




「父様、叔父上がいらっしゃっているのですか? ご挨拶させてください!」


 春の町に戻り、源氏を見つけて聞いた。


「おお、どこで聞いたんだい、千鶴」

「兄様です」

「そうか、夕霧が……。いいよ、兵部卿の宮はあちらにいるからついておいで」


 僕とちい姫の手を両手に握ってどこかへ向かった。




「叔父上はどこにいらっしゃるのですか?」

「玉鬘のところだよ。君たちも会ったのだろう?」

「まあ! 玉鬘のおねえさまのところね」

「父様、少し耳を貸していただけますか?」

「なんだい、千鶴」


 腰をかがめて頭を近づけて来た源氏に囁く。


「もしかして、蛍をたくさん集めていたりしませんか?」

「な、なぜそれを……」

「僕も父様と一緒に見ていたいなぁ、なんて。あと、冬の御方についてお話ししたいことがあります。ちい姫には内緒ですよ?」


 右手の人差し指を口者に当てた。自分でも悪い顔で笑っていると自覚している。


「な、ふ、冬の御方についてだと……? なぜ? ……まいった。千鶴、後で話そう」


 源氏の顔が強張っている。こんなに表情豊かで政界でやっていけているのだろうか。


「何をお話ししているの、おとうさま、千鶴?」

「なんでもないよ。叔父上はの何でここに来たのかなって聞いていただけだよ」

「そうそう。兵部卿の宮は、私への挨拶と玉鬘への挨拶で来たんだよ」


 お、何事もなかったかのように話している。家だから油断していただけで、外ではちゃんと表情を取り繕っているのかな。


「そうなの。玉鬘のおねえさまにご挨拶……。わたくしには挨拶なさらないのね」

「ああぁ、いや、ちい姫が本当に小さい時には来ていたんだよ。だがまだちい姫はきちんとした受け応えができないだろう? もう少し大人になったら挨拶に来るさ。……来させるさ」


 最後だけ小声になって不穏な感じがしたのは気のせいか? 気のせいだよね。うん、気のせいだ。


「そう? なら今日ご挨拶しに行くのは失礼なのかしら」

「そんなことはないよ。どんな人だって、ちい姫みたいな素晴らしいお姫さまが挨拶に来てくれれば嬉しいに違いない」

「ふふ、良かったわ」



 そんな話をしているうちに西の対に着いた。



「源氏のおとうさま、千鶴さまにちい姫さまも。いらっしゃいまし」

「やあ、また来たよ」

「お久しぶりです、玉鬘の姉様」

「玉鬘のおねえさま、お久しぶりです」


 堂々と御簾の内側に入っていく源氏に少しムカつきながら続いた。


「そろそろ兵部卿の宮がいらっしゃるはずだよ。準備を整えておきなさい」

「はい」 


「お姫さま、殿のおっしゃる通り、兵部卿の宮さまがいらっしゃいましたよ。こちらにおいでくださいませ」


 確か玉鬘の女房の右近。


「ええ、今参ります。……千鶴君、ちい姫さま、申し訳ございませんが、本日はおもてなしができそうにありません」

「ちい姫、先に帰っていなさい」

「はぁい。行きましょ、千鶴」

「いや、千鶴は残ってくれ」


 無言で目をまん丸にするちい姫。ごめんね、僕はあの蛍のシーンを見たいんだ。交渉もしたんだ。


「あら、なぜ? ずるいわ、いつも千鶴ばっかり。わたくしだって叔父上にご挨拶するために来たのよ」


 たちまち目が潤ってきて今にも溢れそうだ。


「兵部卿の宮は先に玉鬘に挨拶をすることになったのだよ。後で寝殿の方に向かわせるから、紫の上と一緒に待っていなさい。千鶴は男の子だからこういう経験をさせた方がいいだろう?」

「ちい姫、僕は将来、叔父上にお世話になるかもしれないでしょう? だから今のうちに可愛がられておくんだ」


 適当な理由をでっち上げて言う。言っている自分も意味が分からない。


「これ、乳母の君。ちい姫を春の町へ」


 そばに控えている乳母の君にちい姫を託す源氏。


「嫌よ、千鶴ばっかり! 離して! わたくしもついて行くの!」

「姫さま、姫さま、落ち着いてくださいませ。対の上さまのところで一緒にお待ちしておりましょう」


 涙をぼたぼた垂らしながらイヤイヤするちい姫を乳母の君が懸命に抑える。

 ちなみに対の上というのは紫の上のことだ。


「犬君、ここは私もいるから其方もちい姫を春の町に連れていってくれ」


 父様が僕の乳母である犬君にも頼んだ。乳母の君だけでは無理そうだったから。


「かしこまりました、殿。……ちい姫さま、ちい姫さまの大声はこの西の対全体に響いておりますよ。そのような赤い目でどうなさるおつもりですか」

「ふぇ?」

「兵部卿の宮さまは困りになりますよ。ちい姫さまは源氏の大臣の御1人娘でいらっしゃいますが、兵部卿の宮さまは先の帝の皇子であらせられるのです。ちい姫さまの望む通りになさるお方ではございません」


 犬君が8歳児に大正論をぶちかます。ちい姫は驚いて涙が引っ込んでいるが、キツいことを言われてそれはそれで泣きそうになっている。


「……も、戻るわ……。乳母の君、送ってちょうだい」


 両目に大粒の涙を溜め、震わせた唇を噛み締める。


「良い子だ、ちい姫。私たちもすぐ戻る」


 源氏がそっと声をかけたが、ちい姫はちらりと見ただけで歩いていった。



「ちい姫には悪いことをした。後で何かしてあげなければ」

「そうですね。泣かせてしまいました」

「さ、行こうか」

「はい」






「声をお聞かせください、玉鬘の君」



 目の前では、兵部卿の宮が玉鬘に御簾越しに話しかけている。

 兵部卿の宮もなかなか美形。春宮に似ている雰囲気。美形の人多くないか。さすが源氏物語の世界だ。


「ずっと貴女のことを想っておりました。今日こそはお声だけでもお聞かせください」


 少しだけ恋にやつれた兵部卿の宮が熱心に玉鬘に話しかける。



「千鶴、これが見たいのだろう?」


 声を潜めて物陰から玉鬘と兵部卿の宮のやりとりを見ていると、隣の源氏が声をかけてきた。


「ほら」


 源氏が袖から蛍のたくさん入った竹籠を取り出して、中身を放った。


「まあ、蛍が」

「っ! …………源氏の君の御娘とはいえ、これほどまで美しいとは……」


 兵部卿の宮には、蛍の光で御簾越しでも玉鬘の顔が見えてしまった。それにより、もっと玉鬘への想いを募らせていく。

 十二単の美人と直衣姿の貴公子、それから淡い蛍の光。とても風情があっていい。映画のワンシーンのように美しい。


「どうだ、千鶴。お眼鏡にかなったかい」

「ええ、ええ。これほど綺麗だとは想っていませんでした。光で玉鬘の姉様がより美しく輝いていますね」

「よく分かっているじゃないか」


 得意げな源氏。


「それじゃあ、私は兵部卿の宮を春の町に連れていくよ。冬の話はその後でいいだろう?」

「父様がすっぽかさないのならば」


 親子揃ってニヤリと笑う。

 源氏が兵部卿の宮を連れて去っていった。



「千鶴君さま。千鶴さまはいかがされますの? お戻りになるのでしたら右近に送らせますよ」

「ありがとうございます、義姉様。それでは失礼しますね」






「お帰りなさい、千鶴。ちい姫が怒っているわよ」


 春の町に着くと同時に、母様からそう声をかけられた。


「あー、まだ怒ってますか」

「謝ってらっしゃいな。2人は同い年だけれど、千鶴の方がよほど大人に見えるもの」


 だって前世がありますから。


「分かりました。……ちい姫。ちい姫、どこにいるの?」

「何かしら、秘密ばっかりいいことばっかり千鶴(ぎみ)


 几帳の向こうから顔だけ覗いて舌を思いっきり出し、すぐに引っ込んだ。あちゃー、これは相当拗ねてるな。かれこれ初めての兄弟喧嘩になりそうか?


「ごめんて、ちい姫。でも、僕はこれからもちい姫に秘密をたくさん作らないといけなくなるよ。ちい姫だってそうでしょう? 誰だって秘密はあるんだよ」


 とりあえず強気に出てみる。


「何よ! わたくしには秘密なんてないもの!」

「あー、そんなにちい姫を傷つけるとは思わなかったんだよ。ごめんね。これからは出来るだけちい姫に言うよ」

「……むぅ、許さないわ! 千鶴なんていなくても平気だもの。朝餉だっておかあさまと2人でいただくわ。お勉強だって1人で。遊ぶのだって……1人で…………。…………千鶴がどうしてもって言うなら許してあげても良くってよ」



 僕はさっきと言っていることが矛盾しているのに納得して、自分で悲しい想像して勝手に許してくれるちい姫。やっぱりチョロ……何でもないよ。本当に入内してやっていけるのだろうか。


「許してほしいな。ちい姫とまた遊びたいな」

「もう! ずるいわ、そんなに悲しそうな顔をして!」


 顔を赤く拗ねた顔をして怒鳴りかけているちい姫。はい、落ちましたぁ。

 ただいま僕は、上目遣いの目をウルウルさせている。もう僕の十八番だね。


「やったあ! ありがとう、大好きだよ、ちい姫」


 そう言ってぎゅっとちい姫を抱きしめた。


「きゃあ! もう、千鶴ったらそんな、はしたないわ」

「こらこら。千鶴ももう8歳なのだから、その行動はどうかと思うわ」


 母様からも注意が入った。ハグするのはいけなかったか。


「ごめんなさい。嬉しくてつい……」

「べ、別に驚いただけだからいいのよ? 怒っているわけではないもの」


 ……え? ちい姫ってツンデレ気質ありですか? なんで顔を赤くしてモジモジしながら言ってるんですか? 超可愛いんですけど。


「ちい姫まで、そうなことを言う。8歳にもなって異性と抱き合うなんてはしたないです。今後はしないようになさいね」

「はーい、母様」

「ちょっといいかい。ちい姫、向こうに兵部卿の宮がいるから乳母の君と犬君を連れて行っておいで。それから千鶴、こちらにおいで。話そうか」


 やっと源氏が来たか。話し合いタイムだ。



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