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1.古代都市発掘艦『アレクサンドロス号』

五話完結の連載物です。執筆は完了しているので、校正が終わり次第投稿していきます。よろしくおねがいします。

 鬱蒼うっそうと木々が茂る深夜の原生林の中を一筋の光が横切った。

 唸るエンジン音が静寂せいじゃくを破り、鋼鉄の固まりが木々を押し倒しながら姿を表した。

 古代都市発掘艦『アレクサンドロス号』。

 道なき道を突き進み、全ての物を押しつぶしながら進む陸上掘削艦だった。


 全長三十メートル全高十メートル、左右の巨大なキャタピラを駆動させ、船尾に備え付けてある排気用のダクトから、謎の光を勢いよく撒き散らしている。

 動力源は艦の上方に取り付けられている魔導エンジン。

 魔力を使ってタービンを動かす最新鋭の内燃機関だった。


 艦には二門の大砲が備え付けてあり、いつでも弾頭を発射できるようになっていた。

『アレクサンドロス号』は決して平和的な船ではなく、魔物や敵対勢力と交戦できるだけの戦力を有した戦艦だった。




 ここは古代都市国家がかつて栄えた『エンブロン大陸』、帰らずの森とおそれられている『エルフィドの森』だ。

 近隣の住民は、侵入するものを帰さないという『エルフィドの森』の言い伝えを恐れて、決して近づこうとはしなかった。

 その禁忌きんきを今、一隻いっせきの掘削艦が木々をなぎ倒して蹂躙じゅうりんしていた。




「艦長! 後どれくらいで現場に着くんだ!?」


 操舵室のドアを乱暴に開けて一人の男が叫ぶ。

 片目は眼帯で覆われ異様に背が高い。

 筋肉質の体は服の上からでも容易にわかった。


「黙って座ってろ! 現場に着くまでは儂の領分じゃ、お主は大人しくしてればいいんじゃ!」


 艦長と呼ばれた老人は、隻眼せきがんの男に怒鳴り返し、すぐさま前方の闇を睨む。

 操舵室は騒音が響き渡り、激しく振動している。

 艦は最高速度に達していて、地面を削り取りながら凄まじい勢いで突き進んでいた。

 戦場のような喧騒に呆れ返った片目の男は、すぐさま姿を引っ込めた。



「アラン! 二番バルブを開放しろ! エンジンが爆発してしまうぞ!」


 帽子を目深に被り、顔中白い髭に覆われた初老の男が、見習い風の少年にげきを飛ばす。


「はい艦長!」


 少年は急いでバルブを開放しようとする。

 操舵室には縦横無尽にパイプが張り巡らされていて、高温に熱せられていた。

 操舵室と動力源であるエンジンは隣り合わせになっていて、唸りを上げてシャフトが回転している。

 そのエンジンの力は尋常じゃなく、一度走り出せば止めることは容易なことではない。


「アラン! 手袋をするのじゃ、火傷してしまうぞ!」


 鋭い視線をアランに向けて艦長は叫ぶ。


「すみません!」


「落ち着いて行動するのじゃ、時間はまだある」


「わかりました」


 アランは素早く耐熱手袋をはめると、大きなバルブを力いっぱい開けていった。

 排気音が森全体に響き渡る。


「よし! 圧力が下がってきたぞ、半分だけバルブを閉めるのじゃ」


「はい!」


 アランは慎重にバルブを閉めていく。


「持ち場に戻って周辺を監視しろ。ここら辺は魔物の巣窟じゃ、何が襲ってくるかわからんからな」


「わかりました艦長!」


 アランは素早く持ち場に戻る。

 艦に備え付けてあるレーダーからの情報を、モニター越しにチェックしていった。


「今の所異常はありません!」


「よし、引き続き監視を続けろ、もうすぐ現場に着くぞ」


 アランからの報告に満足して艦長はどっかりと椅子に座る。

 パイプに火をつけてタバコをくゆらすが、決して操舵桿そうだかんを離さず暗闇をじっとにらんでいた。



 ー・ー・ー・ー・ー



 爆音を轟かせて『アレクサンドロス号』は急停止する。

 周りの地面を盛大に削り取りながら巨大な掘削艦は停止した。


「小型のガーディアンを射出するのじゃ」


「はい!」


 艦を護衛させるための人形を森の中に放つ。

 魔導具の小型ロボットが、数体勢いよく艦を離れ周囲を警戒し始めた。



「アラン、奴らに現場に着いたことを知らせろ、ここからは奴らの仕事じゃ」


「わかりました!」


 アランは嬉しそうに返事をして艦内放送のスイッチを入れた。


「総員に伝達します。『アレクサンドロス号』は現在、古代都市国家『ラルーナ』の直上に到着しました。掘削班は直ちに配置についてください。繰り返します。アレクサンドロス号は『ラルーナ』の直上に到着しました。掘削要員は直ちに作業を開始してください」


 緊張をしながら艦内に伝達するアラン。


「上出来じゃ、計器のチェックをしたら休息に入るぞ。半日ぶりの食事じゃ、この歳にはこたえるのう」


 艦長はてきぱきと計器のチェックを済まるせと、重い腰を上げて操舵室から出ていこうとした。


「艦長! 俺、掘削の様子を見に行ってもいいですか?」


「まあよかろう、皆の邪魔をしないように気を付けるのじゃぞ」


「はい、わかりました!」


 手早く周りの計器をチェックしてアランは椅子から飛び立つ。

 満面の笑みを浮かべて掘削現場である艦の下方へ走っていった。




 アランは『アレクサンドロス号』に搭乗してまだ一年も経っていない見習い乗組員だ。

 歳は十五歳、大陸には珍しい黒髪で、やや痩せ型で童顔だ。

 大陸の南方の港町、『マルス』の出身で孤児だった。


 孤児院では十四歳になると院を出なくてはいけない決まりだった。

 酒場で働く者、港の荷物運びになる者、商人に丁稚奉公でっちぼうこうする者もいた。

 アランが選んだ職業は、荒くれ者がひしめく古代都市掘削艦の乗組員だった。



 古代都市掘削艦の乗組員と言うのは、早い話がトレジャーハンターの事だ。

 この『エンブロン大陸』には大昔から都市国家が栄えていて、栄衰を繰り返していた。

 その中で土に埋もれ忘れ去られた都市を、文献などから割り出し掘り起こす。

 そして金目の物を一切合切いっさいがっさい頂いてしまう。

 実入りはいいが危険と隣り合わせで、年間何人もの船員が命を落とす厳しい職業だった。




 アランは狭く、迷路のように入り組んでいる艦内を勢いよくかけていった。

 半年以上も艦内で仕事をしていれば嫌でも艦のことを熟知してしまう。

 初めの頃、迷ってべそをかいていたことが嘘のように、どんどん艦底へ近づいていった。


 鈍い振動が前方から響いてきた。

 近づき、ハッチを開放するたびにその音は大きくなる。

 艦底の掘削現場に着く頃には、自分の声も聞こえないほどに騒音が響いていた。


「デリックさん! 見学させてください!」


 ありったけの声で話しかける。


「おお、アランかよく来たな! 足場に気を付けろよ!」


 デリックは振り返りアランに向かって片手を上げた。

 その顔は操舵室に顔を出した隻眼の男だった。

 デリックの横には女性がたたずんでいる。

 白衣を着て眼鏡を掛けた赤髪の美人で、いかにも学者風で頭が良さそうだ。


 デリックと女性は打ち合わせの最中のようだ。

 女性は大事そうに大きな本を抱えて何やら話していた。

 ちらりとアランの方を見る。

 アランはペコリと頭を下げ、騒音を撒き散らしている現場にかけていった。



「デリック、あの子確か新人の子よね。こんな所に入れていいの? 怪我しても責任取れないわよ」


「そう硬いこと言うなよブレンダ、せっかく興味を持ってくれているんだ。あれだけ若い人材なんて今日日きょうびなかなかいないんだ、大目に見てくれよ」


「仕方がないわね、責任は全てあなたが持つのよ」


「わかってるよ、そんなにおっかねえ顔するなよ」


「何よ! 私は心配しているだけよ、それより打ち合わせを早く済ませましょ!」


 デリックにからかわれてむきになるブレンダ、彼女は真面目な性格だった。



 この艦のナンバーツーは、掘削班兼探索班の班長を務めるデリックだ。

 彼は古代都市を掘削し、掘り当てた場合、探索班を率いてお宝を持ち帰ってくる大事な役目を担っていた。

 危険と隣り合わせの肉体労働。

 誰でも出来る役職ではなかった。


 そのデリックと軽口を言い合える女性も艦で重要な役職に就いていた。

 彼女の肩書は古代都市解明班、班長。

 数少ない文献から都市の位置を割り出し、お宝を鑑定する責任重大な役職だった。




 彼らの言い合いをよそにアランはどんどん掘削現場に近づいていく。

 耳を手で塞いで艦底に到着すると、そこでは男たちが巨大な掘削機を使って穴を掘っている最中だった。


 大人が二人で腕を伸ばしても抱えきれないくらい太い管が、垂直に立っている。

 土砂が勢いよく吐き出され、ベルトコンベアーで運ばれていく。

 その光景に目を輝かせてアランは見ていた。


 アランは不意に肩を掴まれびっくりした。

 振り返ると掘削作業を監督していた男が、にっこり笑って立っていた。

 すっぽりと雨合羽あまがっぱのようなものを着込んでいる。

 その雨合羽は分厚い生地で出来ていて、とても丈夫そうだった。

 ジェスチャーでこっちに来いと言っている。

 大きくうなずいたアランは、男の後をついていった。



 機械を操る個室に入る。

 そこは防音設備が整っていて、外よりも幾分静かだった。


「アラン、耳栓も付けないで現場に居たら耳がやられてしまうぞ」


 合羽を脱ぎ、耳栓を耳から取りながら男が言ってくる。

 彼は全身を毛皮で覆われた獣人だった。

 筋骨隆々の体に鋭い眼光、茶色の毛色で背丈が高い。

 全身を革鎧で包み込み、腰には長剣を差していた。

 更に腰に小型の銃を付けている。

 いわゆる探索者という職業の人物だった。



「ごめんなさいヘクターさん、俺忘れてたよ」


「いいさ、それよりアランは掘削に興味があるのか?」


「うん、この艦内で行われている全てに興味があるんだよ。見るもの全て目新しくて新鮮なんだ」


「そうか、でも気をつけろよ。掘削現場は危険だからな、プロテクターなしであんな所に居たら、いつ岩が飛んできて頭を吹き飛ばされるかわかったもんじゃないぞ」


 分厚い合羽を指差しながら心配顔でヘクターが言ってくる。

 その間にもカンカンと小石が個室の窓にぶち当たって盛大に音を立てていた。


「ヘクターさん、このあと古代都市に降りていくの?」


「まあ都市にぶち当たればそうなるな。学者先生の予想が当たればの話だがな」


「ねえ、もし予想が当たったら俺も連れて行ってよ。荷物運びでも何でもするからさ」


 アランはヘクターにお願いをする。


「アラン、俺にそれを言われても困るよ。俺は命令を忠実に遂行するだけの探索者だ。そういう事はデリック班長に言ってくれ」


 そう言ってヘクターが困った顔をした。


「そうか……、困らせてごめんね、俺もう行くよ」


 がっかりしたアランは個室を出て行こうとした。


「アラン、これかぶって行け。外は危ないからな」


 頭からすっぽりと覆うプロテクターを指差してヘクターが言ってきた。


「ありがとうヘクターさん」


 お礼を言ってプロテクターをかぶる。

 体を覆ったアランは手を振ってから個室を出た。

 ガツンと小石が頭に当たる。

 プロテクターがなければ大惨事になっていたであろう小石を見て、ゆっくりと艦内を歩いて戻って行くのだった。

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