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Rose  作者: 莉愛
9/9

月光

地獄に足音が響く。午後0時、すっかり地獄は闇に呑まれていた。

足音の主は緩く巻かれた明るい金髪に、深くハットを被り、顔は見えない。貴族のような洒落たシャツとベストに何やらジャラジャラと引っ掛けたパンツ。上には長い黒の外套を着、ヒールのある編み上げのブーツを履いていた。

この者もまた、地獄に似合わぬ異物であることには違いなかった。

深夜の地獄は静まり返る中に時々犬の遠吠えや薬物中毒者と見られる呻き声が聞こえるのみで、辺りは異様なくらいに静まり返る。

まるでここの住人は全て死体であったかのようにも見えてくる。例え明るくとも生きているのか死んでいるのか分からないが。

無言の地獄を進み、大きな建物の門の前へと立つ。ここはかつて教会だった場所。

それはもう数百年前の話で、今は煤け目も当てられないほどに荒んでいた。

まさに地獄にお似合いの教会だ。

地獄の住民にも信仰の意識はあるらしく、教会内で眠る様な者は居なかった。死体もなく、煤けた理由は単に年月が経った為の劣化だろう。

枯れた草木、砕けた石像、乾いた噴水、崩れた道。

立て付けの悪くなった扉の先にある礼拝堂。ヒビ割れた大理石の道の横に朽ち果てて転がる椅子だったもの。瓦礫の道の先に吊り下げられた十字架は辛うじて残っていた。背面にあるステンドグラスは所々剥がれ、砕けた破片が床に散らばり青い劇薬が不気味に輝いていた。こんなにも美しいものさえも、全てガラクタへと変えてしまうこの街はまさに地獄だ。

地獄はブラックホールの様に全てを呑み込み廃らせていくようだった。祈りを捧げられなくなったマリア像には黒い汚れと傷が浮かび、まるで堕落したかのよう。地獄は闇に支配されていた。

無言の闇が支配するこの生死も見分けのつかない穢れた世界。外の雨の音が貫通して聴こえてくる。

こんな雨の中でも、外には人の塊が転がっていると考えたら、なんて不幸な人達なのだろうか、と思えてくるが、特段救いたいとは思わなかった。

それが彼、彼女らに与えられし運命なのだから。

男は突然、しゃがみこむ。途端に響く雷鳴は、まるで不幸の鐘がなるようだった。

その男は、人ではなかった。但し、神でも天使でも悪魔でも無かった。ならざるものだった。化け物だった。人になりたいと願った愚かな化け物だった。

誰にも気づかれない夜の廃れた教会の中、男は静かに言葉を唱える。


『あぁ、ほら、夜だよ。愛のない夜だね。』


雷の音が激しさを増す。辛うじて残っているステンドグラスがガタガタと音を立てて今にも落ち砕けそうだった。


『ねぇどうしてだろうね。こんなにも愛の世界が存在するのは。愛がなくても成り立つなんて、地獄だ。欲しくないの?愛されたいと思わないの?』


此処には誰もいないのに独り言というよりは、誰かに語りかけるように話していた。


『ねぇどうして此処には終わりが来ないの?もうバッドエンドは迎えている筈なのに、どうして無くならないの、どうして居なくならないの?どうして還らないの。

…誰だってきっと愛が欲しかったはずよ、伝えられなくて、届かなくて、結果何も残らないまま後悔して死んでいく。それが運命なの…悲しいけれど…それが定めで、惨めで滑稽で下らなくて馬鹿らしい、それでも人生のひとつなのよ…。』


女性のような口調で、愚かさを口にする。

まるで本当に経験したことかのように言う物言いに、人の心を分かった上で、共感を呼ばせるために作ったかのような話だった。

この化け物は、人の心に常に居る。

人の心に生きる、強欲で穢れた部分なのだ。



愛=強欲

行為=私利私欲

自傷=承認欲求

薬=機嫌取り

手段=躯

血=衝動

生=快楽



化け物が描く法則は、まるで人の汚い場所を全てひっくるめて纏められていた。

人が抵抗出来ないような、何も言い返せないような、異様な力を持っていた。

勿論、その化け物の美しすぎる容姿も一因だろう。


『魔法 に 掛かってるんだよ 善も悪も。』


嵐は止まずに、夜は一層深くなっていく。

教会を出た化け物は、その場から消えてしまう。一瞬にして、何も残さずふっと消えてしまった。





地獄を抜ければ、雨も風も雷もない、穏やかで静かな夜の世界が広がっていた。

夜も稼働させている工場の機械音が遠くから聞こえるのみで、あたりは何の音もしなかった。

この時間でも窓からランプの明かりが漏れている家もある。綺麗で閑静な住宅街の此処は、すっかり平和を描いていた。ここの住民はきっと、地獄のあの酷い天気なんて信じもしないだろう。

閑静な住宅街を抜け、所謂、最上流階級の人々の住む屋敷が連なる街へと入る。

貴族や王族の住む此処は、先程の上流階級の住む場所よりも、一軒一軒の敷地が広い為に、閑散として見える。しかし庭の手入れが美しくなされている家が多く、寂しさは感じさせない。

夜だから花も眠っているけれど、整えられた草木は良いものだ、なんて思いながら街を進んだ。

やがてその道も終わりが見えた頃に、ふわりと空間が変わる。本来ここはただの森にしかなっていない場所だ。魔法にかけられたこの空間には、恐らく普通の人間は入れない。

天気こそは先程の場所と全く同じだが、異質なのはこの空間に入ると、深夜にも関わらず薔薇が美しく咲いていた。夜の闇に赤い薔薇が映えてとても美しかった。空間で振り返ると、先程の街が見えるが、何か、モヤでも結界でも掛かっているのか、白く霞んで街が見えた。

そこに手を通してみれば簡単に通るので、普通に戻れるものなのだろう。だが良く考えれば、反対側の一般世界から見れば何も無い森の中から人の腕だけが見えるというかなり恐ろしい状況に見えてしまうのでやめた。こんな深夜にそんなものに遭遇したら失神してしまう。

再び薔薇園の方を向き、整備されたレンガ造りの道を歩む。先にある洋館はかなり大きく、一体何人住むことが出来るのだろうと思わせるほどだった。

そして、だいぶ年季が入った造りであるにもかかわらず、傷や色褪せた所もなく、まるで新築のように輝いていた。何だか此処は、時代に置いてかれた空間のように見えたが、それは此処の住人の存在によって否定される。ここに生ける者は化け物ではない、普通の人生を送っている。

ただ、普通の人間では無い。魔法使いだ。

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