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Rose  作者: 莉愛
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願い

目が覚めた。長い夢だったようだ。


「こわ…」


冷や汗が凄い。

今までにないくらいに体が乾いた状態だった。


外を見れば雨音は既に聞こえなかった。

寝ている間に夜になっていたようだ。

初夏の庭から虫の声が響く。

窓を開けるとカタンと何かが引っ掛かる音がした。外側の窓の取っ手に白い物体が括りつけられていた。それは白い紙の様なものが入った小さな便。

紙と共に1輪の花が巻き付けてある。再び窓を閉めて瓶から紙を取り出す。茶色の紐を解いて花を取り上げると違和感に気づいた。

それはただの花ではない。

闇の中でキラキラと輝いていた。ステンドグラスのように透き通った鮮やかな赤の花弁、実際この花は生きているのではなく、硝子の様だ。紙を開けばそこにはメッセージ。


『もう馬鹿な真似はしてはいけないよ。

どうかきちんと考えて欲しい。

ねぇ、愛しい人。』


そう綴られていた。最後の一文に思わず照れてしまった。それと同時に恐怖感が襲ってくる。

一体誰が、そう思ったのだ。

だがしかしその疑問は一瞬で答えが出た。


「…昼間の、魔法使い?」


恐らく、というか絶対にそうだろう。

馬鹿な真似というのは昼間の私の行いの事だろうな。ただ、もしそうだったら、この愛しい人とは何なんだろうか。私には魔法使いの知り合いはいない。この謎だけが解けない。何だか気味が悪い。

改めて硝子の花を見つめる。単純に、純粋に美しいと思った。この庭にはない、私にはきっと一生かかっても作り出せないだろう美しさをその花は秘めていた。

それにしても、こんな事をするなら普通に訪問してくれればいいのに、そこまで考えて、おかしなことにようやく気づいた。


「ん?この敷地って見えない魔法かかってたよね?」


本当に用事のある人にしか見えない、それが薔薇の館。本当に用があったのか、それとも、この魔法使いであろう人物には効かないのか。


「うーん…何なんだよほんと…まぁ寝てた私が1番悪いかぁ…。」


そんなこんなでグダグダしていると日付が変わっていた。朝に皆と顔を合わせるのが怖いなぁと思いながら再び眠りにつく。

先程まで夢に魘されて疲れていたせいか、寝たはずなのに直ぐに眠りにつくことが出来た。





「…おはよ。」


午前5時半、思ったより早く目が覚めたため1階へと降りて行った。


「おはようございます。…昨日は一日中寝腐ってた様で。」


「寝腐ってねぇよ。考え事してただけ。」


「その頭で?」


「うるせぇな。」


「それで何用です、こんな朝早くから。」


「いや、別にー、あ、あのさ。」


一瞬言うか迷ったが聞いてみよう。昨日のあの異様な事を。


「昨日の夕方から夜くらいに、うちに誰か来た?」


「いえ、来てませんよ。大体あれほどに雨風が酷い時に誰が来るものか。…それにこの敷地には魔法がかかっているんですよ。本当に用のある者しかここには辿り着けないのだから。」


「だよねぇ…。いや、なんか誰か来た気がしたんよ。」


「…アンタはバカですか。いや、バカですね。『貴方に本当に用事がある者』しか訪れる事が出来ない。つまり、アンタが知らない人間が来るわけないでしょう。誰とも約束してないのだったら。」


「おい結論づけるの酷いぞ。あ、そっか。」


確かにそうだ。この敷地へと掛かった魔法は私に用事がある人にのみ見える、という魔法だ。

突然の訪問者だとしてもシルヴェ達が気づくだろうし、それ程までに雨風が酷い日にこんな場所に訪れる人など居ないだろう。


「昨日は外に置いてあるものが飛んでしまう位の風でしたからね。庭の薔薇が折れてしまわないか不安でしたよ。」


強風。だとしたら余計に訳が分からなくなる。あの瓶は窓に引っ掛けられただけで、特に固定はされていなかった。私が寝ている間に付けられたとしたら、その強風にあの瓶は耐えたことになる。いや、ありえない。普通だったら吹き飛ぶ。


「うえぉ…。」


「何かあったんですか。」


「いや別に。」


これは気味が悪い。可能性としては相手が同等、もしくは私以上の魔法使いだった場合、この敷地に侵入することも容易だろうし、瓶を不自然に置いていくことも出来る。

ただ、それをした場合、まるで自分が魔法使いだと主張しているようだ。

いやまず私は何の根拠を持ってこんな事を言っているのだろうか。あぁ、きっと期待だ。


『教えてくれるなら教えて欲しいな。』


私が空に呟いたあの一言が届いてしまったのだろうか。それも怖い。もしかしたら、あの男達が消えた時点から着いてきているのか?透過の魔法を使えば可能だろう。


「…アンタ何したんですかほんと。」


そういうシルヴェの声も忘れてしまうくらいに私は深く考え事をしていた。こんなに考えたのはいつぶりだろうと言うくらいに、私は考えない人生を送っていたから、今の自分が何だか自分じゃない誰かのような気がしてちょっと変な感じがした。





部屋に戻り、例の硝子の花にもう一度触れてみる。

様子は昨日と変わっておらずまだ美しくキラキラと輝いていた。当然、生花ではなく硝子のようなもので出来ているからだろう。見れば見る程に美しいのだけれど、何かを失っている気がした。

吸血鬼に血を吸われるような、なんか気の抜けていく感じ。


「ねぇそんな気味悪いことしないでよー。めっちゃ怖いんだけど…。」


ただ確認するためにあの街に行く気にはならなかった。あの母娘の事を思うと、もう行ってはならない気がして、行くことに怖気付いていた。


「あぁ。そうだ。」


私は1つ、策を思い付く。急いで準備をしてドアから飛び出す。


「シルヴェ、ちょっと出かけてくる!」


「は?何処へ?」


「カーラのとこ!!」


「…気をつけて。」



【カーラの魔法道具屋】



扉にはそう書かれている。この空間はいつも慣れない。入口はロンドンにありながら、店の本体は別の場所にあるという変な作りだ。

この店にあるとある扉は他の場所と繋ぐことが出来る。薔薇の館と魔法道具屋はその扉で繋がっていた。


「カーラ!!」


我儘魔女が道具屋に転がり込む。

急いで準備をしたせいか、あまり整えられていない。


「あらおはようアンジェ!こんな時間にどうしたのよ~!」


カーラ・ミシェル。オレンジ色の髪に碧い瞳。歳は40代半ばで、明朗快活で優しく人情に溢れる人物。ふくよかで派手好き。声が大きくて、器も大きい。その正体は魔女。アンジェの母親の様な存在である。


「あのね、カーラ。」


それから、これまでの事を話した。地獄へ行っていたことは誰にも言わなかったし、認めなかったが、それもまとめて全て話した。地獄へ行った際に人が消えたこと。昨日の夕方から夜にかけて何者かがあの敷地に侵入して瓶に入った硝子の花と手紙を置いていったということ。それは不思議に昨晩の強風にも負けずに、起きるまで飛ばされずに、ずっと窓に引っ掛かっていたこと。


「…ねぇ、変だと思わない?それになんか怖くてさ…。事の発端的には、地獄へ行った私が1番悪いのは分かってる。」


カーラは少し考えたあと、アンジェを諭す様に話し出す。


「そうだねぇ。それは魔法使いかもしれないねぇ。でも、地獄へと出入りする魔法使いか…聞いたことないねぇ…。まぁちょっと待ってな。」


そう言い、工房の扉を開く。そこは膨大な量の書物がある図書館の様になっていた。あまり大きくないこの建物内に、ありえないくらいに広い。

恐らく何処か別の場所と繋がれているんだろう。魔法を使う者にはよくある事だ。


「うーん。人が消えたってのは、対象を別空間へと移動した【移動魔法】もしくは対象をそのまま死を持って消し去った【消滅魔法】

他に残っていた連中から記憶が消されていないのならどちらかだろうねぇ。」


カーラが何やら魔導書のようなものを取り出して話す。生憎私には読めないが、どうやら様々な魔法が書かれているらしい。


「うん。記憶は消えていなかったよ。じゃああの瓶は?」


「それはただの魔法じゃないかい?アンジェだって例えば、欲しいものを自分のところまで運んできたり、家具が勝手に模様替えしてくれるように操作することが出来るだろう?それは【願い】で動いている。恐らくその魔法使いは【瓶が届くように】って魔法をかけたんじゃないのかい?」


納得。ある程度の力を持つ魔女や魔法使いは己の願いのみで大抵の事は魔法でこなせる。家事だったり、簡単な仕事とか。ただし、魔法使いにも属性があって、時間の操作や天気の操作はそう簡単には出来ない。これが出来るのはかなり強力な魔法を持った者のみだろう。


「天気を変えないあたり、天気を変えるまでの力はないんだろうねぇ。まぁアタシも疲れちまうから天気を変えるってことは出来てもやらないけど。で、その手紙の内容はなんだったんだい?」


「『もう馬鹿な真似はしてはいけないよ。

どうかきちんと考えて欲しい。』って」


最後の一文は隠した。言えるわけがない。流石に躊躇してしまう。


「それだけかい?…まぁ忠告だろうねぇ。」


「あ、あと。」


私は硝子の花を出す。相も変わらずキラキラと美しいままだ。カーラはそれを見て、ハッとした様子だった。


「それは、はぁ…。あぁなんとなく分かったよ。」


カーラは少し困ったように笑う。


「それはね、魔法の花だ。それも、もう消えたとされている家系の魔法の花。…時代に逆らって現れたのか、まだ生きていたのか。まぁ後者がの説が濃厚だろうねぇ…。どちらにせよアンジェに何か伝えたいことがあるのは確かだろうね。あぁ、返事を書いて同じ場所に吊るしてみたらどうだい?今日は天気も良いみたいだし、そんな変な魔法を使わずとも、飛ばされることは無いだろう。」


魔法の花。消えたとされる魔法使いの家系。

私へ伝えたいこと。疑問に思っているだけでは何も解決しないだろうから、こちらからメッセージを発するというのは正解だろう。


「うん、そうしてみる。」


「それがいいさ。あぁ、アンジェ、シルヴェにこれを渡しておいて。後、今日は来なくて大丈夫と伝えておくれ。」


「ん?シルヴェここに来てたの?」


毎朝アイツが出ていくのは、どうやらこの魔法道具屋に来ていたらしい。何用なのか知らないが、人に言えないくらい色々してんじゃん。


「そうさ。あの子も一応は魔法使いだからね。ただねぇ、どうやら魔法の保持に向いていないらしく、どうにかこうにか魔法を消えないようにするためにアタシのとこに来てるのさ。」


カーラによると魔法使いでも、魔法の保持が下手くそな者がいるという。酷いと生まれてすぐ失ってしまう者も居るとか。シルヴェが魔法使いということは知っていたが、消えかけというのは初耳だ。


「まぁ言わないでやってよ。アンジェ。人間、隠しごとの1つや2つは、いい味になるもんさ。」




今日はカーラの言う通り珍しく天気が良い日だ。

空に雨の気配はなく、穏やかな日差しが降り注いでいた。あの後シルヴェへカーラからの伝言を届けた。

それから手紙の返事を書こうとしているのだが、上手い内容が浮かばず暫く悩んでいる。


「てがみ?」


後ろから声をかけてきたのはヴァイオレット・ソフィア・ロックハート。16歳で背は私より少し低いくらい。色白でストロベリーブロンドの長い髪。それに桃色の瞳。彼女は使用人でもなく、私の妹でもないが大事な家族である。

いつか話そうと思うが、彼女は『薔薇の館』の養子である。勿論私の養子ではない、薔薇の館の養子なのだ。ヴァイオレットにも件の話をすれば、彼女は少し考えたあと何かを書き出した。


『質問に質問を返すよりも、お礼をすれば良いのではないでしょうか。一方通行同士はぶつかるだけで、混じりあうことはありませんから。』


そう書いた紙を見せながら笑う。彼女は書き言葉はとても美しく、発想も豊かな少女である。

ただ、ある事情があり余り話し言葉が上手くないため、口数は多くない。


「そうだね。長くて重い手紙を書くよりも、簡潔にお礼を伝えればいいのね。」


ヴァイオレットは頷き微笑む。その姿は人形のように美しい。


「あ、あと、お茶、チェルシーがお茶はいるかって、」


「そーね、今日はいいかな。今はこの作業がしたい。ヴァイオレットにせっかくいいアドバイスを貰ったところだし。」


「わかりました。」


ヴァイオレットは部屋を去って行く。そう、気がつけば時刻は16時。すっかりお茶の時間になっていたのだ。このまま続けばいいのにと思わせる暖かくて優しい日差しはまだ暮れない。


机に置いたペンを取る。あぁ、そう、手紙と言うよりかはメッセージカード程度の方がいいのかもしれない。私が重い性格の人を嫌うように、相手も重い人は嫌いかもしれない。


「…ていうか重い人間を好きなやつって、そいつも重いってことだよね。」


そんな自問自答を自嘲して私は思いを書き綴る。




『拝啓 誰かへ

貴方は地獄で出会った人?

それならありがとう。

心配をかけてごめんなさい。

もしよければ貴方の姿を教えて。』




陽だまりの薔薇の香りが漂う窓辺に瓶を引っ掛ける。瓶に日差しが当たって眩しい。


「…気づいて欲しいし、貴方に頼み事をするのは2回目かな。まぁ1回目は譫言の様なものだったけれど。」


『教えてくれるなら教えて欲しいな。』


そんな自分の呟きをまた思い出した。

こんなに願っても姿を見せてくれないのには何か事情があるのかもしれないけれど。

応じるくらいならいいかな、と思って窓を閉じた。



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