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Rose  作者: 莉愛
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地獄

今日のロンドンは雨だ。まぁ大抵は雨なのだが、ココ最近は異常気象なのか、異様な高温の日が続いていた。


「よっし、シルヴェ居ない!じゃあの!」


「アンジェ!また行くの!?」


「偵察~~。知らないフリしといてねー。」


「はぁ…」


本日、我儘魔女に付き合わされているのはチェルシー・フローレス。18歳で身長は167cmと比較的高身長。赤茶の肩までの髪を巻いていて、瞳は緑色。

使用人としてこの館で暮らしているが、実際は魔女の友人のようなものである。


「アンジェ絶対いつかやらかすって…」


チェルシーはそう呟きながら、朝食後の食器を片付ける。館では基本的に朝食は各自摂る。

何故なら全員が起床時間が合わないのと、活動内容も違うからだ。全員が顔を合わせる機会は中々ないだろう。特に主人は突然早朝に起き出してみたり、午後になる頃に起きたり、夕方まで寝ていたりと惰性丸出しの日々を送っている。

つまりこの主人は朝食も昼食もあったもんじゃない。夕暮れ時のお茶の時だけ顔を出す時もある。

偏食でだらだらとした生活を送っている。

今日の主の起床時間は午前10時頃。いつもよりは早い。ただこの時間に起きるのは何かしらやましい用事がある時だ。シルヴェに見つからないように抜け出せる時間である。

彼は午前9時頃からは館から外出している事が多いからだ。何かと主人に雑用を頼まれているのと、最近では主の母親の様な存在の魔女に呼び出しを食らっているらしい。主の居ない館には現在チェルシー含め2人しか居ない。

この大きな館は正直持て余している空間が多い。

もう何十年も開けていない部屋もあり、全貌を把握している人は少ないだろう、というか居なさそう。

主である魔女さえも「え?知らない、開けてない所って何か汚さそうで嫌じゃね?あと変なの出てきそうで怖いわぁ…」と言っていた。

そのせいでこの館には開かずの間が数部屋ある。

勿論誰も触れていない。食器を片付けたあと、リビングの大きな窓を開ける。

外の庭に咲くバラの匂いが運ばれてくる。

雨の多いこの地域はどうしても湿度が高くなってしまうため、雨の日でも霧雨だったり、雨の止んでいる隙間には窓を開けないと空気が篭ってしまう。

風向き的にも今日の弱い雨は館には入ってこない。

こんな雨の日でも美しく咲くバラは正直恐ろしく感じられる時もある。天気の良い日がそう多くない街で、色とりどりのバラが咲き誇っている。

鼻にツンとくるバラの匂いは嫌いじゃない。手入れはしていなくともここまで綺麗に咲くのはやはり魔法の影響なのだろうか。

ここに来てから彼女はいつも疑問に思っていた。到底管理できないような敷地の薔薇園。

しかしここのバラは枯れずに美しく咲く。

まるで薔薇園だけ切り取られたかのように異次元にある気がした。もしくは過去に取り残されたまま、美しさが固定されているような気もした。




黒のワンピースに灰色のフード付きのコート、ヒールのある黒のショートブーツ。

そんな装いで今日も私は地獄へと繰り出した。

チェルシーには言ってきたからいいかな、と思いつつもシルヴェがちょっと怖い。

散歩ルートかのように地獄を歩く姿は、周りから見れば侮辱行為にしか見えないだろう。

自分でも興味本位でこんな事をしているのはかなりな事だと思うし、正直シルヴェが叱る理由も分かる。ただ私には、とある目的があってこの地獄へと通っていたのだ。


それは、夢。

私が幼い頃から見る夢に出てきている街にここがそっくりなのだ。

今まで夢の中で見た断片的な景色をパズルのピースのように繋ぎ合わせると、この街に全てが似通っていた。ただ似ているのは景色だけであり、ここまで悲惨な光景は広がっていなかった。

人々が普通に歩き、ゴミも落ちてなくて、きちんと道の見えてる、整備された街だった。

ただ、その夢の中で天気は必ず雨だった。

夢の中で感覚を覚えることは珍しいかもしれないが、私は夢の中で冷たさを感じている。

つまり恐らくだが、夢の中の私は傘もささずに雨の街を歩いている。

人々は皆黒い服を着ていて、正直、街には色も感情もない、無機質な夢だ。あまりにも長くこの夢を見るため、手記に書き綴っていたのだが、恐らくは話は繋がっている。

ここのようで、ここじゃない街。

もう1つの世界があるのなら、そちら側の街なのかもしれない。もしくは、遠い未来の街なのかもしれない。重苦しい雰囲気が続く夢。夢日記を付けると気が狂うと言われるが、元から狂っている私には関係なかった。ただただ、あの夢の正体が気になって仕方がなかった。何処なの、誰なの、その答えが欲しかった。

考えているうちに早歩きになったのだろうか、大分街の奥深くまで来てしまった気がする。

そして相も変わらず私は異質なのか地獄の住民は私をちらりと見ていた。

今まで来たことのないこの場所は、これまで見た悲惨と言うよりは狂気を感じた。

クスリで精神でもやってるのか、正気とは思えない人間がそこら中にいる。恐らく貧困や飢えではなく、中毒によって道に倒れていたり、奇声を上げていたり、ただ一点を見つめていたりするのだろう。

案の定、道には怪しげなパイプが転がっていた。

これを吸引でもしているのだろうか。

見なかったことにしてただ街を歩く。

ここは夢で見た記憶は無い。だから単純に嫌悪感を抱いた。なんだかここにいてはいけない、そんな気がした。どうやら、この予感は当たったらしい。後ろから何かに肩を掴まれた。


「見ない顔だねェ。何してんだィ…?」


振り向けば目の前には明らかに目が座っている男が居た。


「…別に貴方には関係ないさ。あぁ、触らないでくれる?」


「オレには分かんだよ、オマエ、アレだろ、貴族か何かだろ?なんだ、オレ達みたいな人間を見て楽しいか?笑いに来たんだろ?」


男の意見は真っ当である。

こんな異物は憎しみの対象だろう。


「別に僕は貴族じゃないし。迷い込んだだけ、ほっといて。」


「売り飛ばされたいのかァ?ここはなァ、売れるモンはなんだって売る。人間だっていい値のする肉にもなれば、労働の奴隷としても、何ならセックスの相手にもなる便利なモンなんだからよォ。アンタはいい値がつきそうだ。」


男に胸ぐらを掴まれる。被っていたフードが取れて、人の視線が集まる。


「…奴隷商?」

挑発する気ではない。ただ気になっただけ。男から人の血の匂いがしたから。


「うるせぇな!!」


地面に叩きつけられた、痛い。というか汚い。

あぁ面倒なことになった、と思いながらも正直今までの行いが悪かったのかなとも思えてくる。

私は夢を探しただけで、こんな地獄を無くそうとしただけだったのに。

まぁそんなの言い訳にしかならないか、綺麗事にしかならないか、きっと私なんかよりもこの男の方がきっと人間なのだろう。基地外じみた私の方がきっと化け物なのだろう。彼らは恐らく、運命が環境が物を言って地獄の住民になった。あぁ、良く考えれば、地獄を作ったのは私達なのではないだろうか。


「おいジェーンその子何?」


「えー、汚しちゃったら勿体なくない?」


仲間の声が聞こえる。正直魔法を使えば簡単に煮るなり焼くなり殺すなりできるだろうが、今はしない。

出来ない。この前、私を女神のようだと言った子どもの顔が浮かんだ。あぁ、この男達も幼い頃からあんな状況だったのだろうか、ある種、私はそれを見捨てて生きてきたのではないか。今更善人ぶっても、所詮本当の目的は夢の捜索だ。当然嫌われるべきだし、許されるものでは無い。きっと神は私に罰を与えた。

罪を償うどころか、罪を増やす私への深く思い罰なのだ。



『人の心って恐ろしいわ。あぁ、触れたくも見たくもない!』



もういい、もういいや。群がる男達の好きになれと特に何もしなかった。冷たい雨が頬に当たるだけ。

温もりなんてない。

1人の男が私に触れようとした。途端、男が消えた。まるで何も無かったかのように、何も残さず言葉の通り消えたのだ。他の男達は唖然とした。そして私も分からなかった。私は魔法を使っていなし、この男共の中に魔法使いはいない。

でも感じられる気配は魔法そのものであった。


「何をした?」


初め私に突っかかってきた、ジェーンと呼ばれた男が言う。矛先は私へと向かってくる。

私に言われても困る、正直私にも分からない。しかし喧嘩腰のその男さえも次の瞬間消えてしまった。

残りの手下であろう男共は怯えている。誰がやったのか分からないが、良いタイミングと思い私は立ち上がる。あぁ、帰ったらすぐ魔法で浄化しないとな、と考えながら。男共は次は我が身と怯えどこかへ走り去って行った。道端で様子を見ていた住民達も驚いた様子だった。


「…お姉ちゃん、大丈夫?」


足元から声が聞こえた。それはここに住んでるであろう幼い女の子だった。女の子の後ろには母親がいて、どうやら家もなくこの路地の隙間で暮らしているらしい。


「大丈夫だよ。ごめんね。怖くなかった?」


「あの、あの人達が居なくなったのは、とても助かります、なんとお礼を言ったらいいか…」


その声は女の子の母親だった。母親によると、彼らはこの街に時折現れては人を攫っていく集団らしい。

私が言った通り奴隷商で間違いなかった。

幼い子どもの居る家庭からすれば、たまったもんじゃないだろう。


「…私の力ではありません。正直私も何が起きたか分かりませんでしたよ。ただ、きっとあれは魔法です。」


「魔法、ですか。」


「そうです。魔法ですよあれは。魔法と言っても悪いもんじゃありません。…貴方達はここで暮らしているのですか。」


そこで聞いた話によれば、この街は全て貧民街であるが、この奥深い位置に来ると、もう生きるのを諦めた人が多くなると言う。

街の外側にいる人は皆、何かしらで小銭を手に入れ生きようとしている。それは確かに以前に見た死体漁りの少女などが該当するだろう。


「…私は、思ったんです。私達は今晩の食事にさえ困る生活をしています。過酷な労働を強いられてもお金には全くならない。生きていけないんです。ですが、私には終わらせる勇気がありません。ただもし、眠るように死んで、生まれ変われたらなというのが私の唯一の願いです。本当は、この子を一人前の大人にして、ご飯に困らない生活をしていきたかったのですが、今の私には何も出来なくて…だからせめて来世は幸せに生まれてきてくれるように願い、この子を見守っているんです。」


母の言葉は重かった。この世には、生きることを諦めざるを得ない時があり、寧ろ、無理に生きるよりも、想像もできない、もはやあるかも分からない来世へと願いを掛けなければならない世界があった。

それが一番の幸せで、一番の報いなのだと言った。母の隣で女の子は純粋無垢な瞳を私に向けた。そして笑顔で言う。


「お姉ちゃん、ありがとう!また会おうね。」


その言葉は、どんな深い呪いよりも重く、私の脳裏に残り続けた。



「…アンジェ?」

外からチェルシーの声が聞こえたが、聞こえないふりをした。いつもは掛けない鍵を掛けた上に、魔法で扉を固く施錠した。窓を通り抜けて、雨音だけが耳に響く。あぁ、この音だけで、溺れてしまうのではないか、という程に重く重く、体の奥まで染み渡るような感覚。あぁ、あの人達はこんな雨の中もあの薄暗い路地で死を待っているのか、そう考えると辛くて、何も出来ない自分が苦しかった。

自分が嫌で嫌で仕方なくなった。

勿論、夢で見た街ではなかった。

私の知らない世界で、でもきっとあれが、この世の暗くて汚くて本当のところなのだろう。

もしあれが夢に出てきたら、私は悪夢と言って騒いだだろう。ただ、これは現実だ。

時計の針が止まらぬように、永遠に止まることを知らない現実なのだ。この現実の中に私も、彼女らもいるのだ。普通であろうが、地獄であろうが時間は平等であった。あぁ、時間のように平等になれればいいなとも思ったが、時は残酷という言葉を思い出し、ちょっと躊躇した。そうだ、全ての物事には光と影があり、良くも悪くも捉えられるのだ。そんなことを思い出した。

それともう1つ、あの消えた人々と、あの異様な魔法についても何も解けないままであった。

答えが不明な物が残るともどかしいというかイライラする。不安感とか不信感とかそんな感情が集まって嫌な感じがしてくる。

正直、暫くは夢も見たくないし、誰にも会いたくない。あぁどこにも行きたくないなんていつぶりに持つ感情だろう。疲れた。簡単な言葉だけど今の状況にはそれが一番似合っていた。


「なーんもしたくないけどさ、さっきの魔法はなんだったの?教えてくれるなら教えて欲しいな。」


誰にも聞こえないけど、ちょっと呟いてみる。

願いは声に出せば叶うと誰かが言っていた気がする。だから声に出してみたけど、まぁそんな筈は無いんだな。天井に虚しく声が消えていくだけ。あぁ、雨音が強くなっていくのに、遠くなって、。


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