5、悪役令嬢父、激怒する。
ミッドランド王国の西部は“ドンスター”と呼ばれる地域で、ゆえにこの土地を統べる一族は代々“ドンスター”と名乗ってきた。
それがキャロラインの実家である、ドンスター公爵家である。
その第87代ドンスター公爵こそが、キャロラインの父アルバトーレ=ドンスターであった。
彼は……、娘を溺愛していた。
それこそ、娘の為ならば、この世のすべての人間を虐殺してしまっても構わない、と本気で思っているたぐいの男であった。
つまり、そんな彼であるから、この反応は当然であった。
「なんだとぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!????」
そう唸り声をあげたまま、アルバトーレ=ドンスターはその場に倒れ込んだ。
「父上! お気をたしかに」と息子のビアンキが駆け寄る。ビアンキはキャロラインの兄である。
そこは代々ドンスター公爵の一族のみが住むことを許された白く輝く煌びやかな屋敷で、その書斎に二人はいた。
「たしかなのか」とアルバトーレはビアンキに尋ねてきた。
「間違いございません。監視係のガイウスからの通信でございますし、あのガイウスがそんな大胆な嘘をつくとも思えません」
そう言うと、父上は目に涙をためられた。
そして、眉間にしわが寄り、歯をむき出しにし、嗚咽をあげた。
父上はキャロラインのこととなると冷静ではいられない。だからこそ実はこのニュースを父に伝えるかビアンキは迷ったのだ。
父上の愛は山よりも高く、海よりも深いゆえに、父上がどういう行動をおこすか想像がつかなかったからである。
「陛下に救助要請はだしたのか!?」とアルバトーレは怒鳴り声をあげた。「そのダンジョンは王都の近くなのであろう!?」
「もちろんでございます父上。通信魔術士を通し、ダンジョンを探索するよう要請いたしたところです……。しかし……どうも陛下の反応がにぶく……」
「にぶい? なぜじゃ!」
「いえ……、恐らくではありますが、数十人単位の捜索になると思われます」
「なぜじゃ! なぜ陛下はそのようなことを」
「……なんといいますか、消え入りそうなお声で“予算が……”と言われまして……」
その瞬間、アルバトーレは立ちあがり、書斎の机を思い切り蹴り上げた。
蹴り上げられた机は宙を舞い、窓から飛び出し、外からキャー、という女性の声がした。
父上の目に段々覚悟の色がともってゆく。
強固で頑固な意志をもった色へと変貌してゆく。
まずい、とビアンキは思った。
こういうときの父上はろくなことをしない。
「父上――」とビアンキが声をかけようとしたとき、父アルバトーレ=ドンスター公爵は言った。
「ドンスターの旗主すべてを招集せよ。今より全軍率いて東の王都へ向かう」
「父上! お気はたしかですか? それは反逆と捉えられても仕方ありませんよ!」
「やかましぃいいいいいいいいいいいいい!! そなたもキャロラインの兄なら妹のために命をかけよ! 王家なんぞどうでもよい! ワシの要請を聞き入れぬ王家など、忠誠に値せぬわぁああああ!!」
もうこうなっては誰かの助言を聞く父ではない。
自然災害と同じなのだ。
地震であれ、台風であれ、避けることなどできない。
アルバトーレ=ドンスター、とはそういう男なのだ。
ビアンキは溜息をつき、それから聞いた。
「あの……、例の勇者たちの身柄はおさえてありますが、どういたしますか? 処刑いたしますか?」
「そいつらは、ワシがつくまで牢に閉じ込めておけ、とガイウスに言っておけ。ワシの手でその小僧どもの首をおとしてくれよう」
「……おおせのままに」
西方のドンスター公動く。
そのニュースは疾風のようにミッドランド中を駆け抜けた。
衆目の意見は一致していた。
戦争だ。血で血を洗う戦乱の幕が切って落とされた、と民衆は思ったのだ。
どういう訳か分からないが、突然ドンスター公が反逆したのだ。
街道はパニックを起こし、逃げ惑う人々に溢れ、皆王都から脱出を始めた。
一方、公爵令嬢キャロラインは……ようやく自身のスキルの正体がわかりかけてきたところであった。