3、悪役令嬢、過去の婚約破談を思い出す。
一年前、キャロラインは幸せだった。
傍には常に王子ジークフリードの姿があったからだ。
金髪の貴公子ジークフリード。
彼はそう呼ばれていた。
まず、そのバランスの整った端正な顔立ち、品行方正な性格、気品あふれる所作。そして何よりその血統。
彼は神聖ミッドランド王国の王子だった。
女性は皆、彼にうっとりしたものだし、それはキャロラインとて例外ではなかった。
だからこそ、ジークフリードとの婚約が決まった時は、天にも昇る心地だった。
ミッドランド中の女性の中で自分こそが一番幸せだ、とすら思った。
だが、そんなある日、唐突に告げられたのだ。
ぼくは……、きみと結婚できない、と。
それは、天地がひっくり返るような衝撃だった。
WHAT!?
WHY? WHY!?
沢山のWHYが頭にうかんだ。
ドンスター公爵の令嬢である自分と、王家の王子。
血統的にもビジュアル的にも、完璧なカップルだというのに、彼は一体何が気に入らないのか。
だから、なぜそんなことを言うのかジークフリードを問いただしたのだ。すると、彼からこう言われた。
あの衝撃のセリフ、を。
「なんというか……、ぼく……クールな女性が好きなんだ。
モンスターが目の前に現れても、
あら? どうしたの? って感じでクールにあしらっちゃうような……、そんな冒険者のような女性が……」
冒険者のような女性が……
冒険者のような女性……
冒険者……
……
そして、あの言葉を真に受け、現在に至るわけである。
「あんまりだわ」とキャロラインは思わず言った。言わずにはいられなかった。あの王子の趣味にあわせるために……もう一度振り向いてもらうためにこんな努力までしたというのに……
その結末がこれ?
キャロラインは自嘲気味に笑った。
なんだか、どうでもよくなった気さえした。
ダンジョン探索など……冒険者など……、遊び半分で手を出すべきではなかったのだ……
「アーニャには気づかれてたわねぇ……」
キャロラインは大きく息を吸い込み、そしてゆっくり吐き出す。
とにかく、進むしかない。食料だって、もう、もちあわせの缶詰しかない。
前の道へゆくか、後ろの道へゆくか。
確率は2分の1。
もしも、さきほどのステータスの運の数字が本当によい意味であれば、私を地上へと導いてくれるはずだ。たとえ2分の1だったとしても。
「よし、前よ。前に進むべきだわ」
公爵令嬢キャロラインは歩き始める。一歩、また一歩と歩き始める。