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悪役令嬢キャロライン、勇者パーティーを追放される。  作者: りんご
第二章 ミッドランドへ帰らなきゃ編
28/45

28、女王父、御前会議前に執政官と語らう。




 アルバトーレ=ドンスター公は長い王宮の廊下を早足で歩いていた。



 公たるもの、もっとゆっくり歩いて威厳を見せるものだが、もうそんな余裕もない。



 御前会議が、あと数日に迫っていたからである。





 御前会議とは、王の前で開かれる公爵同士の会議のことである。



 伝統により、国家の運営方針は、必ず三公爵が一堂に会する年に一度の御前会議にて決めることになっていた。



 ゆえに、新王家ともいえるドンスター家が主催するこのはじめての御前会議をミッドランド中が固唾を飲んで見守っていたのである。




 アルバトーレは三階に通じる階段を上り、更にその奥の廊下を歩く。



 西側の窓からオレンジ色の光が射し込んでいた。もう外は夕暮れ時だった。



「ここを右に曲がったところじゃな」といい、アルバトーレは思い出したように右に曲がる。



 アルバトーレは未だに王宮に慣れていなかった。


 だから、どこにどんな部屋があるのか把握しきれていなかった。


 所詮この城は前王朝が作り上げたもので自分たちが作ったものではないからだ。



「おお、ここじゃここじゃ」と言い作戦会議部屋へ入ろうとすると、扉の前に仮面を被った大柄な男が立ちふさがった。



「なんじゃその方! そこをどけ!」とアルバトーレが叫ぶと、扉の中からイエローが顔を出し、扉の前に立ち塞がった男を叱りつける。


「なにをやっている! アルバトーレ様をお通しせぬか!」


「はっ、申し訳ありませんイエロー様……。誰も通すな、というご命令でしたので……」


「もうよい! お前はあっちへ行ってろ。とにかく、ここに誰かが入ってくることが無いようしっかり見張っていろ! いいな?」


「はっ、イエロー様」


 そう言うと、大柄な仮面を被った男は深々とアルバトーレに礼をして、扉から離れた。



 アルバトーレは大きく息を着くと、作戦会議部屋へと入る。



「申し訳ありませんアルバトーレ様。あの者は私の私兵でございまして」と部屋に入るなりイエローが頭を下げるが、そんなことなどアルバトーレにはどうでも良かった。



「うむ。まぁよい。早く本題に入ろう」とアルバトーレは急かした。「キャロラインの行方はどうなった? 御前会議までには戻れそうか?」


 イエローは首を横に振った。


「女王陛下は未だに見つかっておりません。国内外を合わせ、かなりの地域に密使を派遣し、キャロライン様の御名は出さずに捜索を進めておりますが、どこからも反応がありません」


 アルバトーレはうなだれながら左右に首を振った。


「キャロライン……」


「となると、あとはもう“パナ”で御前会議を乗りきるしかありません」とイエローは言った。



「パナか……」とアルバトーレはまた溜息をついた。「あの田舎娘で本当に大丈夫か?」


「今回、パナにはあまりしゃべらせません。会議の一切を取り仕切るのは、アルバトーレ様と私です」


「じゃが、それじゃとあの女が黙っておらんじゃろう? あの蛇女が……」


「……」



 ミッドランドには公爵が三人いる。



 ミッドランドの西方を占める広大な土地の主、アルバトーレ=ドンスター公爵。


 ミッドランドの北方に広がる極寒の大地の主、ジミー=スパロウ公爵。


 最後に、ミッドランドの東方に広がる肥沃な大地の主、マリアンヌ=フェレイラ公爵だ。


 マリアンヌは【 蛇女 】と呼ばれる異名の持ち主で、あらゆる意味で危険視されていた。



「あの女は無駄に頭の回転が早いゆえ、自分の有利になるように会議でも色々発言するじゃろう。それを遮ろうとしても、女王に直接訪ねる大胆さを持つ、それに……」



 ……それにもし、あの女が暗殺者をやとった犯人であるならば?



 その言葉は、口に出さずともイエローに伝わっていた。


「もしもそうならば、積極的にパナに発言させ、何らかの言質を引き出させようとするかもしれませんね。あの女なら……」


「う~む」とアルバトーレは唸る。



 アルバトーレにとってこの会議の成功は大切なことだが、同じぐらい、いやそれ以上にキャロラインをしつこく暗殺しようとした人物が誰なのか特定することも大切であった。


 目下その人物こそが、このドンスター家の転覆を一番に狙っている人物のように思えたからである。



 しかし……一体誰が……



 アルバトーレの脳細胞の間を走る電気信号が激しく光る。



 まてよ……


「そういえば、極々簡単なことを今まであまり考えてこなかったな」とアルバトーレは言った。こういう風に声にだし、自分の考えを整理してゆくのが彼の思考法だった。



「キャロラインが暗殺されず、どこか別の土地に飛ばされ、尚且つ、王宮には女王としてパナが残る。この状況で一番得をするのは誰じゃろう?」



 その後も独り言のようにアルバトーレは自分の思考を声にだす。


「もしも、旧王家を支援したい輩……たとえばそれがマリアンヌ公爵じゃったとして、キャロラインを殺さず、パナを生かすことにどれほど意味があるのじゃろう?

 素直に両者とも殺すのではないだろうか?

 そうすれば、少なくとも新王朝設立直後に女王が死ぬという失態を世に知らしめることができたじゃろう?」


「なるほど」とイエローがうなづく。アルバトーレは尚も続ける。


「次は……考えたくないが、例えばビアンキが犯人だった場合じゃ。

 それだけは違う、とワシは言い切れる。ビアンキが犯人ならばやっておることが不自然すぎるからじゃ。

 ビアンキが王となりたいならば、パナを殺すことに全くためらいなどないはず。キャロラインのことは肉親の情でどこか別の場所に飛ばそうとするかもしれないが、それならばパナを生かした意味がよく分からなくなる。

 自分が王となりたいなら、女王が生きている、とされているこの状況は最悪のはずじゃ……。その障害であるパナを殺さない説明がつかん」



「……」



「となると、一番利益を得たのはパナになるのじゃろうか? 本物の女王はどこかへ行き、その間自分は女王として暮らすんじゃ。こんなに良いことなどないだろう。

 では、パナが暗殺者を雇ったのか?

 いや違う。たしかに、女王の座に君臨することであの田舎娘は得するかもしれないが、あの娘はそのようなことはできないはずじゃ。目を見れば大体分かる。あの小娘はそのようなことなど頭の中に思い描いたことすらないはずじゃ……ん?」と、アルバトーレはあることに気づいた。


 それはちょうどひと月ほど前キャロラインと些細な喧嘩をした時のことである。


 今となってはどんな問題で互いに怒ったのか思い出せないが、とにかく二人は怒り、意見が食い違い、キャロラインが「絶対にその書面にはサインしない」と言い張った時のことだ。



「あのあと、すぐにワシらは仲良くなったが……、もしもあの時のようにキャロラインとワシが対立し続けた場合……、ワシは今ほどスムーズにこのミッドランドの国家運営をできたじゃろうか?」


「……」


 そこでアルバトーレは初めて気づいた。


 仮にキャロラインと仲たがいをしていたと想像する場合、今回のことで一番得するのはパナを操り人形と化すことのできる自分なのだ、と。


「ワシが一番得をしているのか? もしかして……。いやいやそんな馬鹿な……、だが、そうとしか言いようがないのう……。キャロラインが消えて、パナが残り、パナを偽物と知りながらも自由自在に操ることのできる立場にいるのはワシくらいのものじゃ……。とにかく、今はミッドランドの権力がワシ一人に集中しておるのか……」


 アルバトーレは首を横に振る。それと同時にイエローは立ち上がり、ゆっくりとアルバトーレの背後に回る。


「もう一度整理しようかの。

 まず、キャロラインがどこかに飛ばされた、ということでキャロラインの王座の席はそのままになり、ビアンキに受け継がれなくなる。つまり、ビアンキはまず犯人ではない。

 次に旧王家を支援する立場のものたち。これについてはキャロラインとパナを暗殺しない理由がわからない。つまり、これも違う。

 犯人は、まず、パナを偽物とわかっている者。

 次に、そのパナが生きていると、得をする者。

 次に、そのパナを操ることのできる立場におる者。


 うーん……全部ワシのことじゃの……。パナをまず偽物と分かっている者なんぞ、あのブホホという商人とワシとそしてイエロー、おまえぐらいじゃ。じゃがブホホは政務にタッチできん……、ん? まてよ?」



 アルバトーレはここで自分以外にもそんな人物がいることに気づいた。


 パナを偽物と分かり、パナを操ることのできる立場にある人物が、自分の他にもう一人いたのだ。


 そう、その人物は――と思ったその時であった。



 アルバトーレは、熱い、と感じた。背中から胸にむけて、何か熱い塊のような物を刺し込まれた気がしたのだ。



 目線を下に落とすと、自分の左胸から銀色の剣が飛び出しているのが分かった。



 そして、そこから血がとめどなくあふれ出てきたのだ。



 振り返ると、そこには口角の片方をつりあげるイエロー執政官がいた。イエローは銀色の剣を手に持ち、深々とアルバトーレの背中に突き立てていた。



 イエローは眼鏡のパッドアーム(鼻あてに該当する部分)を指先でひょいと持ち上げると、冷静な声色で言った。



「意外とニブイですね。アルバトーレ様も」



「イエロー……、キサマ……」



 イエローは鼻を鳴らすと、次にアルバトーレの顔に唾を吐きかけた。



「残念かい? 無念かい? いつまでも部下が部下である、というただそれだけの理由であんたに尽くすと思ってたのかい? 私がこんなチャンスを見逃すわけないだろ。こんな絶好のチャンスを」


 イエローは剣を背中から引き抜くと、次に、長く伸びたそのアルバトーレの首に狙いを定め、剣を振り上げた。



「やめろイエロー……何故だ? 何故?」



「何故……だと?」とイエローは笑った。「そこを疑問に思うだなんて……本当に哀れな奴だなあんたは。ふふふ。天国か地獄でゆっくり考えろ、無能。では、さようなら我が(あるじ)よ」



「やめ――」とアルバトーレが言い終わらないうちに、剣は振りおろされた。




 それは、暗く深い闇を背負った悪がこの地上に現れた最初の瞬間だった。


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