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11、悪役令嬢、魔王と力を合わせる。


 戦場をかける怒号と足音が360度から聞こえてきた。



 キャロラインは前を見て、後ろをみて、また前をみた。



 皆、剣をふりあげ、または槍を突き出しこちらに向かってくる。



 体中から汗が一気に噴き出す。



 そりゃあ人が多くいる場所は好きだけど、これは違う! とキャロラインは思った。



 怒号と突撃ラッパが鳴り響く戦場のど真ん中に放り込まれ、心臓が早鐘を打つように鳴っていた。




 隣の魔王ザザバエゾは呑気に言った。


「ほら、人が多くいるぞキャロライン、楽しいか?」



 ザザバエゾを見ると、彼はにっこり笑いかけてきた。その笑顔が妙に愛くるしく、怒鳴るに怒鳴れなかった。



 こんなものどうしろというのだろう。


 両軍突撃体勢になっていて、もう止められない。



 死ぬ、ここままでは死んでしまう!



 そうだ!


「ねぇザザバエゾ! 彼らをどうにかして止めて! このままだと二人とも死んでしまうわ!」


「でも、キャロラインは人が多くいるのが好きではなかったのか? もうすぐここに沢山人が来るぞ。それならもっと楽しいのではないか?」



 ザザバエゾはどこかピクニックにでも来たような面持ちで迫りくる大軍を眺めていた。


 どうしよう。なんといえばいいのだろう。



「それは……、違うの! わたくしは人が沢山いるのが好きだけど、沢山の人を遠くから眺めているのが好きなの。近くにこられるのは嫌なの!」



 ザザバエゾは口をあんぐり開けた。


「やはりキャロラインは変わった人間だなぁ。まぁならば仕方ない。皆殺しにするか」



「待って!」とキャロラインは叫んだ。「皆殺しは駄目よ。だってそうしたら、遠くから沢山の人を眺められなくなるじゃない。ねぇ? そうでしょう?」


「ふ~む……、キャロラインは難しいことを言うなぁ……」


「殺さずに全員を止めることはできないの? 例えば……時を止める、とか」


「時を止めるだけならできるぞ、でもそれは時をほんの少し止めるだけで、動き出せば同じことだ」


「じゃあ――」と言いかけてキャロラインはやめる。


 ――大きな壁を両軍の眼前に築くのはどう?


 と言いかけたのだ。だが、言う前に想像がついてしまった。両軍とも全軍をあげての突撃だ。前の人間が立ち止まっても後ろが止まらなければ前衛の人間は圧死する。


 そうなれば、そこら中にむごたらしい死体の山が築かれる。

 それは駄目。



 実はキャロラインは戦場にたなびくドンスターの旗を見た瞬間からどことなくドンスター軍がここにいる理由に察しがついていたのだ。


 お父様は、わたくしを心配になり、ドンスターの旗主を集め全軍で王都近くのダンジョンに赴こうとしたのだろう。



 むかし、ドンスター中部の狼の森でキャロラインが行方不明になったときもドンスター諸侯全軍で捜索活動をしたことがあった。


 お父様は、あれと同じことをしようとしたのだ。



 だからこそキャロラインは一人の死者もだしてはならない、と思った。この騒動を引き起こしたのは、ほとんど自分と、そして、馬鹿な勇者たちの四人なのだから。



「ねぇザザバエゾ! じゃあわたくしたちを地下からこの地上に移動させたように、あの沢山の人たちを別の空間に移動させることはできるの?」


「ふむ。やれないことはないぞ。どこに送り届けるのだ? 熱風が吹き荒れる地獄か? それとも心臓まで凍り付く氷山か?」


「西の軍勢と東の軍勢の位置を入れ替えるの。向きは変えちゃ駄目よ。向きを変えずに、そのまま入れ替えるの!」


「ふ~む……面白そうだな。やってみるか」


 ザザバエゾはそう言うと、目をつぶり、なにやら呪文を唱え始めた。



 その間にも両軍は突撃体勢をやめず突っ込んでくる。


 キャロラインは怖くなりザザバエゾにしがみついた。


 早く、と思った。早くして!


 キャロラインの膝は震え、目が充血してくる。


 兵士たちが両側から迫ってくる。


 300m、200m、100m、50m、30m。



 もうだめ。


「早くしてザザバエゾォォォォオオオ!!」


「うむ!」とザザバエゾが一言言い両目をあけると、両方の軍勢が黒く光り、そして次の瞬間互いの位置が入れ替わった。



 東の王家の軍勢は西へ移動し、西のドンスターの軍勢は東へ移動した。


 それは遠目からみると、両方の軍隊の突撃がすり抜けてしまったようにも見えた。



 恐らく、両軍の前衛にしてみれば、眼前まで迫っていた軍隊が突然どこかに消えたように見えただろう。


 この摩訶不思議な出来事に、両軍とも突撃の速度がゆるみ、立ち止まる。皆、何がおこったか分かっていないみたいであった。



 キャロラインは、そこで一番後方にいた父、アルバトーレの姿を発見した。


「お父様!!」



 アルバトーレ=ドンスター公爵はその声に思わず振り返る。

 そこには、これから助けにいくはずの娘の姿があった。



「全軍停止!!!」とアルバトーレは声をあげた。「全軍ただちに停止せよ!! いますぐだ!」


 そして、アルバトーレは馬から飛び降り、駆け寄ると、力いっぱいキャロラインを抱きしめた。



「キャロラインよぉおおおおお! 愛しの我が娘!」



 アルバトーレが絶叫するのと同時に、トライデント平野は静けさを取り戻した。全軍停止の号令は王家の軍隊にも出されていたからだ。



 戦闘停止の小太鼓の音が戦場に響く。


 下馬し、キャロラインを抱き上げ、子供のように喜ぶアルバトーレの姿を見て、戦争は去ったのだ、とミゲル王は思った。


 傍らのジークフリードは言う。


「父上! 反転し、アルバトーレを討ち取るべきです!」


「馬鹿者」とミゲルは息子をたしなめる。「わざわざ眠った虎を起こす必要はあるまい……」





 こうして、両軍の衝突は寸前のところで回避されたのであった。




 そして、無論、あの書状の効果は生きていた。



「そうだ! 喜べキャロラインよ!」とお父様は叫んだ。「破り捨ててしまったが、王位を下りると言ったミゲル陛下の意志に変わりはあるまい。分かるか? そなたが今日からこのミッドランド王国の女王だ!」



 するとドンスター兵を中心に「女王陛下万歳!」という声が広がり、それはやがてすべての兵士たちの大合唱になった。


 それは、まるで、戦争なんてごめんだ、という兵士たちの想いと重なっているように聞こえた。


「「 女王陛下万歳!」」

「「 女王陛下万歳!」」

「「 キャロライン女王陛下万歳!」」



 すると、そのキャロラインにいそいそとザザバエゾが歩み寄ってくる。



「ふむ……キャロラインよ。そなたは王であったのか?」


「よく分からないけどそうなっちゃったみたい」


「では、朕とそなたは、地下の王と地上の王なのだな」


「そういうことになるわね」


「では、これからもよろしく頼むぞ、我が友キャロラインよ」




 それは恐らく、人類史上初の魔族と人間の王に芽生えた友情であった。








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