1、悪役令嬢、勇者パーティーを追放される。
ここでいう勇者はRPGにおける職業的な物だと考えてください。
それは突然言い渡された。
「キャロライン、君を追放する」
「ちょっとおかしくありませんこと? なんでわたくしが!?」
キャロラインは思わず、そう言った。
周りの勇者たちは冷めた目でこちらを見ている。
ここは、冒険者たちが財宝を求めつどうダンジョン。キャロラインたちは、そのダンジョンの地下100階にいた。冒険者のなかでもごく一部の者しかたどり着けない場所である。
「というより、追放だなんて恥を知りなさい!! そうでしょう? あなた達!」
手に持つ松明の灯りが揺れる。
勇者バロム。
戦士ガルインソ。
僧侶アーニャ。
皆、キャロラインをゴミのような目で見ていた。
「大体、誰のおかげで今まで旅を続けてこれたと思っているの? みんな、わたくしの資金援助があればこそでしょう?」
そうさけぶキャロラインに戦士ガルインソは溜息をつく。
「たしかに、旅の資金だけは……な」
「だけ?」
「自覚はないのか?」
「なんの自覚かしら?」
「君自身がこのパーティーに“何も貢献していない”という自覚だ!」
「何も、だなんてことはないでしょう?」
「……では聞こう。君は資金を僕らに提供する以外、このパーティーで何をしてきた?」
「なにって……」
そう改めて聞かれると、何をしただろうか? とキャロラインは思った。
松明の灯りの向こうのガルインソの眉間にしわが寄る。
「まず、戦闘の時は、君はずっと目をつぶっているだろ!」
「それは当然ではなくて? だって、恐ろしいモンスターなんて見たくないし、それが無残に殺されてゆく姿もみたくないわ。わたくし、実家でふわふわの手触りの良い白毛のチワワを飼っているの。それを思うと、殺しなんて見るのも辛いわ」
「だから目をつぶったままボォーっと突っ立っている、と?」
「ええ、そうよ」
「仲間のことが心配にならないのか?」
「そりゃあ心配だけど……、でも血が出るのよ? 首がとぶのよ? 恐ろしいじゃない。わたくしは元々博愛主義者なの」
「じゃあ聞くけど」と僧侶アーニャがそこに混ざる。「戦闘以外であなたがパーティーに貢献してきたことってなに?」
「さっきガルインソが言ったわ。皆の旅の資金をわたくしが提供しているわ。皆の宿泊代。あなた達の装備だってわたくしが支援しているからそんな良い物を装備できるのではなくて?」
「だから、それ以外よ! みんなを回復させたり、結界を構築したり、食料を調理したり、皆に配ったり、そういうことよ。モンスターから素材を剥ぎ取るのだってあなたはやらないじゃない」
「バラバラになったモンスターを見るのがつらいってさきほど言ったばかりでしょう? なのに、さらにその死体から素材を剥ぎ取るなんてわたくしにできるわけがないでしょう? わたくしは博愛主義者だと言ったばかりよ。覚えてくださらない? それに、回復魔法や結界魔法なんてわたくしには使えないし、食事を作るのは召使の仕事よ。公爵令嬢であるわたくしのやることではないわ。食事を作るのは卑しい身分の者がすべきだわ」
「そういうところよ!」と僧侶アーニャは叫んだ。「みんな、あなたのそういうところにどうしようもなく苛立つの! 何にもしないくせに、態度だけは死ぬほど偉そう! そして、何かといえば資金資金って、恩着せがましく言う。でもそれってあなたの稼いだお金じゃないでしょう? あなたの実家がお金持ちってだけじゃない! あなたは自分の力で何一つこのパーティーに貢献してないわ! 追放されるだけの理由はあるでしょう? それにどうせあんたなんか片手間のくせに……」
「え?」
「イケメンとの婚約が破談になって、やけになってこんな冒険者みたいなことしてるだけでしょう? どうせ生涯冒険者として暮らしていく気概もないくせに」
「なんで」
なんで婚約が破談になったことを知っているの? という言葉がキャロラインの喉の手前まで出かかった。
「とにかく、あたしたちは満場一致でここにあなたを置いてきぼりにするって決めたから!」と僧侶アーニャは叫んだ。
キャロラインはわずかに首を横に振り、すがるよう目で勇者バロムを見た。
「ねぇやめてバロム。分かったわ。追放でいい。でも何もここで追放することないじゃない。地上にあがってから追放すればいいわ。そうでしょう?」
勇者バロムは、そんなキャロラインを鼻で笑った。
「ぐちゃぐちゃうるせえんだよ。お前のそのクソみたいな性格を今まで耐えてきたこっちの身にもなってくれ。お前を追放したって、お前は優雅な暮らしに戻るだけじゃねーか。そんなことさせねーよ。到底納得できねぇ。お前は死ぬんだ。ここで、な。別に斬り殺してやってもいいが、このダンジョンを永遠に彷徨い、そしてモンスターの餌になって死ぬのがお前にゃお似合いだ」
「そんなこと言わないで! お金ならあげるわ! 有り金全部」
「馬鹿かお前は」と勇者バロムは鼻を鳴らす。「自分の腰を見てみろよマヌケ」
キャロラインはとっさに腰を見ると、大切に持ち歩いていたはずの巾着袋がどこかに消えていた。次に視線を戦士ガルインソに移すと、その手にキャロラインの巾着袋があった。
「有り金は全部この中だろう? 知ってるんだぜ」と勇者バロムは巾着袋を指さし笑う。
「無礼者! この後に及んで盗み、とは。恥を知りなさい!」
「黙れ! とにかく、てめぇ~はもうおしまいなんだよ! それに知ってるんだぜ? お前の最大の弱点を」
「弱点?」
「そう、お前、極端に地理に弱いじゃねーか。このダンジョンだって、一層目の時点でさんざんに迷ってたし」
図星であった。
キャロラインは道順を上手く覚えることができないのだ。それに、今は太陽の光もなく、空もなく、遠くまで見渡すこともできない。こんなところでひとりぼっちにされるということは、つまり死を意味していた。
あまりの恐怖にキャロラインは震えはじめる。
手も、足も、膝も、歯も。
「では、レディ・キャロライン。ごきげんよう」と優雅な騎士のように膝を折り曲げ別れの挨拶をする勇者バロムにキャロラインはしがみついた。
「ねえやめて! おいてかないで!」
「黙れクソビッチ!」と勇者バロムは握りこぶしをキャロラインのみぞおちに突き刺す。キャロラインは膝から冷たい地面に崩れ落ち、意識が段々と暗い闇の中に落ちてゆく。
そして、それは、やがてダンジョンの邪悪な闇と混ざり合い、濃厚な黒が辺りを支配した。
とにもかくにも、こうして元公爵令嬢、現冒険者キャロラインのたった一人のダンジョン脱出劇がはじまったのである。