名残雪
季節外れの雪が降っています
私は雪が嫌いです
雪が降るたびにあの人のことを思い出します
巻いていたマフラーもニット帽もコートも
粉雪で白く冷たくなっています
白い天使が舞う新宿のホームはすっかり雪化粧され
東京の街並みにしてはとても綺麗です
さっき、先輩の井上さんから突然
プロポーズされました
いつも私をいじめる嫌な人だと思っていましたけど
まさか私のことが好きだったなんて、
(俺、お前のことが好きだ、だから結婚して欲しいと言ってんだけど)
びっくりしました
おつきあいする前に先にプロポーズするなんて
でもごめんなさい
私にはまだ忘れられない人がいるんです
「朗」
あなたと初めて会った時も雪が降っていましたよね
寒くて、もうここが東京とは思えない程でした
私達の出会いも普通じゃなかった
なんであの時、あなたは荷台の上に居たのかしら
いくら寒いからといっても
私の荷物段ボールから無断で私の下着を拝借し
マフラー替わりにするなんて
本当にあの時
あなたが変態さんに見えましたよ
私は大学に入学したばかり
あなたは3回生
あなたからおつきあいして欲しいと言葉も貰えませんでした
でもいつのまにか一緒に住むようになってました
私が作る料理に微妙なツッコミを入れる癖
チャーハンにオイスターソースをかける嗜好
私の課題デッサンをふたりで一緒に描いたよね
あなたは映像学科
私は油絵学科
あなたも絵が好きだった
あなたは私を描いてあげるといって
いつもちっとも似てない似顔絵を描いてた
こんなに私は美人じゃないよっていっても
これでいいんだと胸張って笑っていました
私はあなたと結婚するものだと思っていました
あなたは今、髪が長いけど
就職活動する時には髪を短くして
スーツの似合うサラリーマン姿を想像していました
そして私はどんな奥さんになるんだろうと思っていました
あなたはバイト先の引っ越し現場で事故に遭い
私を残してあの世に行きました
その時もこんな季節外れの雪が降っていた3月
「寒い」
私は視界が白くなった風景を見ながら
呟いた