#3 Duality
「姉貴、そんなに激しいの久々だね」
さっき上の階に居た店員さんが、少し興奮気味に微笑んだ。右手には、先程直していたいたものとは違うベースを持っていた。
「いいねえ、マッドでもやる?」
「さすが、姉貴わかってるね」
そういうと店員はストラップ(ギターやベースを装備する際に用いる肩掛け)に手をかけると、スタジオの隅からエフェクターボードを持ってきた。かなりの大きさで、まるで精密機械の中のような複雑な配置をしていた。ベースは、5弦ステッカーが貼られ木目が際立っており、ストラップは長めでボディが太ももの位置にある。エフェクターボードに電気が通ると、エフェクターそれぞれが怪しく光っていた。
ビィワァンビィワア、シャリッシャリッ
素直にその音を言葉にするならこうだ。所謂ドンシャリって奴だろう。マッドは僕が知る限りドンシャリではない。どういったグルーヴになるか既に興奮が止められなかった。
「行こうかっ!!!!!!」
先輩はそういうと、ハイハットを4回打ち鳴らした。次の瞬間、ベースとは思えない電子音が響き渡る。さらに、ドンシャリをチョーキングしたときに出る特有の音。弾き初めからこの店員さんがやばいという事は明確であった。そこからは言うまでもなく、激しさがどこまでも駆け抜けていく。まさに、ロック無間地獄である。ロー(低音)が身体に刺さる。セッションというか暴動だった。
…
激動の数分間を終えると、どこか爽快感に満ち溢れる二人の姿と感じ疲れた自分がいた。
「さすが姉貴。相変わらずエグいね」
「あんたはまたヘビーに変えたなぁ」
仲の良い感じと、互いの呼び方から姉弟だということはわかった。グルーヴの出来も納得である。
「あ、置いてけぼりにしちゃったね」
先輩がふと思い出したように声をかけてくれた。
「TribeにPulce、Midi surfですね」
「これもわかっちゃうか!!すごいね!!」
そういうと、僕の髪をくしゃくしゃにする程、勢いよく頭を撫でてきた。僕は極度の緊張と恥ずかしさで溶けるほど熱くなった。すると、店員さんがこれでもかというほどの嫉妬の声を漏らした。
「いいなぁ。僕にはしてくれないのに。」
「こらこら、妬かないの。あ、紹介忘れた。」
そうだった。僕はこの店員さんをまだわかっていなかった。
「この子は弟の航。」
「雨宮 航っす。よろしくです。」
少し不思議な感じの店員さんの挨拶に驚きつつも、自分より先に名乗らせてしまったことに申し訳無さを感じた。
「阿久津 深咲です。あの!!、、、かっこよかったです!!」
「ん。ありがとう。」
挨拶直後に何をいきなり言ってるんだと思いつつも、そう言わずにはいられなかった。
「航は君の1つ下だよ。」
「そうなんですね。。。え!?」
つまり中学三年生!?何やってんの??学校は??
「あたしと一緒で学校嫌いすぎて、一切行かずここで音楽やってんの」
先輩のとんでもカミングアウトに驚きを隠せなかった。当の航くんは学校なんかクソくらえといったような表情で舌を出した。
「こんな姉弟だけど、よろしくね!!後輩くん」
とんでもないことになってきた現実を整理しようとした途端聞こえたその言葉と同時に僕は頬に不思議な感覚を覚えた。
ちゅっ
そのとき、僕は意識を失った。