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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

毎日の箱庭

作者: しゅん

・一人称視点のお話です

朝が来て目を開ける前に、いつもする事がある。

今日は『いる』か『いない』か。

猫の様に気まぐれで、隠れ上手の標的を察知するのはいつまで経っても下手くで、行動を予想するのは難しい。順調に連敗記録を伸ばしているこの賭けだが、今日はどうだろうか。

ここ数日間を振り返る。つい2日前に『いない』だったばかりで後はずっと『いる』のはずだ。という事は今日は『いる』。標的がこんな短いスパンで『いない』を繰り返したことがないという冷静な解析の結果だ。

さぁ!いざ!答えはCMの後なんて悠長な事言っていられない!

「……あー」

冷たいフローリングに足を付け、トイレ、浴室、クローゼット。一周回ってまたベッドに腰掛ける。

残念無念。連敗記録はまだまだ伸びそうだ。


ベッドヘッドに放置していたスマートフォンを見ても、めぼしい通知は来ていない。ノーヒントとはさて困った。玲奈を探すのは意外と骨が折れる。友達の家や、近所のカフェでモーニングに顔を綻ばせてたら可愛いものだが、電車に乗って都内まで行ってしまう事もあるのだ。朝から行動力があるのは評価するが、探すこちらの身にもなって欲しい。

もう一度スマートフォンで通知を確認。共通の知り合いから連絡が来ていないので、誰かの家という線はなさそう。となると今日はそれなりに身仕度を整えなければならない。正直めんどくさいが、流石に都内をスウェットで歩くほどだらしなくは無いし、カッコ良く迎えに行かなきゃせっかく見つけたお姫様が逃げてしまう。

今日の天気を確認して、クローゼットを開け放った。





朝目を覚ますと隣にはいつも大好きな人が居る。毎日の事だけど、当たり前のことが幸せなんだって言うのは、既にテレビや本で使い古された、なんとなくいい感じに聞こえる魔法の言葉。

でもそれだけ沢山使われてるっていうのはそれだけ大切な事なんだって思うから、私は先人の教えに従ってこの毎日の幸せを噛みしめることにしてる。

1、2、3。うん。これくらい噛みしめれば文句ないでしょ。それにあまりダラダラしてはいられない。私にはやるべき事があるのだから。抜け足差し足ベッドを抜けて、そっとクローゼットを開ける。左半分のふわふわとひらひらがいっぱいある方が私のお洋服。右半分のシュッとカッコいいのがいっぱい詰まっているのが、私の大好きな由梨のお洋服。こんなに一緒に居るのになかなか同じ匂いにはならないもので、ふんわりと鼻をくすぐる彼女匂いに手が伸びそうになるのを叱咤して、お気に入りのフリルワンピースを手に取る。

私だってこんな朝早くから準備する事が面倒臭くない訳じゃないんだけど、その分の楽しみを見つけてしまったから止められない。

お化粧とヘアメイクをバッチリして姿見の前に立つ。うん、120点満点でしょ。

スカートのリボンをちょいと直してドアノブをひねると朝の光が玄関に差し込んで光の道を作った。枕の下に行き先を書いたメモを入れたが、きっと彼女は気付いてくれないだろう。ノーヒントでちゃんと迎えに来てくれるか心配ではあったが、八百長隠れ鬼なんてつまらないから気付かないならそれでいい。いざとなればメッセージアプリでも何でも駆使して聞いてくるだろう。

日中は暑くてま朝晩は肌寒い。まだ眠い気もするがお化粧をしてしまった為目はこすっちゃダメダメ。眠気覚ましに気持ち大股で歩きながら、駅を目指した。





いない。もうそろそろで本格的な通勤ラッシュの時間になってしまうから、それまでに正解の駅付近には着いていたいだが、相変わらずヒントはないまま。リビングに仕舞い忘れの化粧品が置いてあってたから、バッチリキメて都内に行ったと思うのだが、流石に電車に乗られてしまえば当てがあり過ぎて絞れない。いっそのんびり開店準備をしている駅前のパン屋に彼女を見かけてないか尋ねた方が、答えに近づける気さえしてきた。

「あ、そういえば」

昨日一緒に見たお昼の情報番組。都内の美味しいお店を沢山紹介していて、ご飯を食べたばかりだというのに二人してお腹を鳴らしていた時の事だ。一際玲奈が目を輝かせていたお店があった。自家製パンを使ったモーニングセットが自慢のお店。爛々と輝く瞳と半開きの口が可愛くって美味しそうで、そのお店から後の紹介は残念ながら無人のリビングで響くだけどなった。

「なるほど、あそこね」

そうと決まれば急ぐべし。すぐさま乗り換えの確認をして電車に飛び乗る。彼女に早く会いたい私の足取りはとても軽い。

『めんどくさくない?そんな子別れた方が良いって』

これは玲奈を話し上でしか知らない友人の言葉だ。本人は私を思って言ってくれた言葉なのだろうが正直余計なお世話だった。でもそれを言葉に出さずにいたのは、玲奈の事は私さえ知っていればいいから。各々の秘め事に「それってどうなの?」なんていちいち聞いてくるのはちょっとデリカシーが無さすぎるし丁寧に回答してやる気はさらさらない。

一緒に暮らしてから幸せな事は沢山あったけど、待ち合わせ場所でのドキドキ感が無くなったのは残念だと、味噌を溶きながらぼやいた姿を私はちゃんと覚えている。

こんなめんどくさい子の相手が務まるのは私くらいだし、この子と幸せになるためだったら、この箱庭での取り決めは私と彼女が理解してればいいのだ。






目的の駅に着いたのは7時半頃。早い時間に出た為通勤ラッシュに巻き込まれる事もなく、崩れることのなかった髪の毛に満足しながら目的のお店を目指す。駅からさほど遠くないが、大通りから一本外れた隠れ家的で静かなお店。席に通されると同時にキャラメルラテを頼んでまずは一息。メインはお迎えが来てからのお楽しみだから。一人で先走っちゃいけない。王子様が来るまでキチンと待つのもお姫様の務めだ。


待つ事約15分。キャラメルラテが半分くらい無くなった時に聞こえたヒールがアスファルトを鳴らす高らかな音は、きっと窓席の私にしか聞こえていないだろう。

ドアの鈴が鳴り次いで「待ち合わせで」という声。

「玲奈」

目を上げれば少し息を切らせた王子様。ああ、かっこいいな、好きだな、愛されてるな。セットの崩れ掛かったショートヘアも、若干ヨレた黒のシャツも私を探しての結果なんだからみんなみんなかっこいい。

「今回のが一番一番難易度高かったよ」

「えー、そんなこと言う割には見つけるの早かったじゃん」

何度隠れても探してくれると愛されてるって実感出来る。「探したよ」って困り眉で笑ってくれる度に、恥骨からぎゅぎゅぎゅって好きが迫り上がって目の中がハートでいっぱいになって由梨しか見えなくなりそう。

「やっぱりね、好きな人と食べるごはんはいつもよりうんと、美味しいと思うの」

メニュー表をコツンと叩いた私の手の上を滑って登ってきた指が、ラテに入りそうになった髪の毛を掻き上げてくれる。

幸せだな。これからモーニングを食べてそのままお洋服なんか見に行ったりして、そうそう、トイレットペーパーが無くなりそうだから帰りに買わないと。

店員さんを呼んでいる由梨にキャラメルラテのおかわりも、と頼んで今日の予定に想いを馳せた。

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