走れ
走る。走る。走る。
脇目もふらずただひたすらに走り続ける。ふと動きが止まる。そうなって、ようやく碌に動けないほど体力が無くなっていたことに気づく。休んでいる時間はない。走るための体力を無理にでも確保するべく、最後一つとなった薬を一気に飲み干していく。すると、尽きかけていたスタミナが回復していくのを感じる。それと同時に再び走り出す。一秒でも止まっている時間が惜しいからだ。
体力の回復に伴い、周りから情報を得ようとするくらいには、精神的にも余裕が生まれた。後ろを確認すると、数えることが億劫になるほどの有象無象が迫ってきていた。先程まではそれなりに離れていたが、先頭にいる集団は、今では手を伸ばせば届きそうなほど近くにまで迫っている。その有象無象の中には何人か見知った者もいるが、しかし、彼らに追いつかれては元も子もない。少しでも引き離すため、速度を上げる。
かれこれもう何日もこんなことを繰り返している。朝も夜も関係ないと言わんばかりに活動を続ける奴らに追いつかれないように、寝る間も惜しんで奴らから少しでも離れようと走り続けた。しかし、それでも一向に逃げ切れない。どれだけ引き離しても、奴らはすぐに追いついてる。こうまで追われていると奴らは無尽蔵のスタミナを持っているんじゃないか、と錯覚しそうになる。しかし、すぐ頭を振ってそんな下らない妄想を否定する。
そうやって走り続けていると、何度も自分と同じように奴らを振り切るために走る人たちを追い抜いた。彼らは同類ではあるが、決して味方ではない。そして、この努力が報われる定員は限られている。つまり、先行していようが追走していようが等しく敵でしかないのだ。そうしているうちにまた名も知れぬ誰かも、追いすがる有象無象の中に消えていった。
時計を見ると、待ちに待ったリミットが迫っていた。自分よりも前を走る人の数を見ると、救われるかどうかの瀬戸際に自分がいることがわかる。
ようやくこの地獄のような時間が終わる。そう思うと、体から力が抜けそうになるが、ここで止まっては全てが水泡に帰す。気力が抜けそうになる体に鞭打って走る。しかし、後ろを走る奴らも狂ったように追いかけてくる。
あと10分、再び奴らが少しずつ近づいてくる。
あと5分、有象無象の先頭が、再びこちらに手が届きそうなほどに迫る。
あと1分、もう間に合わない。これ以上は意味がない。できることは祈るだけだった。
そして……。
「いよっしゃぁぁぁぁ! ランキング上位、生き残ったぁぁぁあ!」
部屋の中、その顔にやりきったと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、右の握り拳を高々に掲げている少年がいる。そんな彼の左手には、メンテナンス中の文字が画面に表示されたスマホが握られていた。