十章 二
姜維が不安を訴えてからも順調に進軍は続き、数日後に本隊は遂に狄道の拠点に到達した。
長安を攻めると宣言していた為、西部には魏軍があまり配置されていないと予想していた夏侯覇は、偵察の報告内容に思わず溜息を漏らす。
「思ったより多いな……伯約。君の虫の知らせって、予言か何かなの?」
「…………そこまで分かっていれば、私ももう少し策を講じるのですが……」
狄道の拠点より北東に魏軍が到達していたが、その数は当初の予想のおよそ二倍。この本隊に匹敵する兵数だったのだ。
策が読まれたと慌てる程の数ではないものの、いくら魏の戦力を二分させているとはいえこのまま無策で突っ込むには少々分が悪い。夏侯覇と共に報告を聞いていた姜維は一瞬考え込むような仕草を見せながらも、すぐに偵察兵に指示を出し夏侯覇へ向き直った。
「で、どうする?」
「進軍停止です。伝令を集めてください」
「了解」
夏侯覇の号令で兵達は歩みを止めると、隊列を維持したまま部隊は静止する。
現在位置から狄道の拠点までは、約一日程で到着する計算となる。ここでただ立ち止まっていても敵に発見され、先攻される可能性があるため悠長に構えていられない状況であった。
「仲権殿は、弓部隊を率いて森を通り敵陣の傍へ。残りは私と共に、陽動部隊としてこのまま前進します」
伝令兵が揃うと、姜維は周囲を見渡しながら静かに口を開いた。
現在位置から北東までは森が続いており、魏の部隊の傍の崖上で途切れている。木々が鬱蒼としているため馬で進むには不便だが、少数の歩兵で進軍する分にはあまり問題はないのであった。そのため、小回りの利く歩兵部隊での奇襲を画策したのである。
「分かった。それなら、森に伏兵がないか確認して――」
「昨日の朝に、斥候は放っておきました」
偵察兵の報告を受けて以降姜維は神妙な面持ちを崩さなかったものの、その言葉選びは至って冷静である。合流場所の指定、弓部隊の選出を即座に終わらせると、夏侯覇をはじめとした奇襲部隊にある兵器を預けた。
「流石……じゃあ、彼らと合流するよ」
「ええ。崖はそれほど高いものでもないので、向こうも何かしらの策を講じている可能性があります。くれぐれもご注意ください」
「了解、そっちも気を付けて」
預けられた兵器を見つめ力強く頷いた夏侯覇はその場を後にし、奇襲部隊と共に本隊を離れる。その姿を見送った姜維は伝令兵に傅僉、蒋舒への指示を与えると、再び進軍を開始したのだった。




