三章 四
「華武者、かぁ……」
尹賞らから天水での出来事を聞かされた翌日、夏侯覇は聞き慣れない単語を反芻しながら、支給された真新しい鎧の着け心地を確認していた。
亡命の際駄目にしてしまった鎧も気に入っていたが、蜀の職人の作る鎧もなかなか軽く丈夫で塩梅が良い。これなら戦でも問題なく貢献できそうだ、と、しきりに腕や肩を回しながら一人悦に浸っていたのである。
「な、なんですか……突然」
「伯約殿をそう評した者がいると聞いたので……って、何をそんなに狼狽えているんですか?」
「全然、全く狼狽えてません」
同じ室内で椅子に腰かけながら槍の手入れをしていた姜維は、手を滑らせたのか槍を落としかけてあたふたとしていたが、無事落とさずに槍を掴み直すと何事もなかったかのように涼しい顔で向き直る。
しかし、残念ながら夏侯覇には事の一部始終を見られていた為、微塵も格好がつかないのであった。
「……それより、そんな話をどこで聞いたのですか」
「洪亮殿と芳孝殿からですよ。昨日、天水での戦について聞かせていただいたので、その時に」
あの後、費禕を探し回っていた姜維も合流したのだが、費禕への説教が開始されてしまった為、天水の出来事についての話はそこで打ち切られたのだった。姜維が合流するまでの僅かな間に聞かされたのが、“華武者”というなんとも言い難いこっぱずかしい単語であり、それが姜維を指したものだと聞かされたのもその時である。
姜維のこの調子では、本人も多少なりとも羞恥心を感じているのは見て取れる。というより、大いに恥ずかしいのだろう。普段はどんなに動揺しても目に見えて狼狽えることはないが、今の姜維は槍まで落としかけるほど動揺を隠せていないのだから、それは明確だ。その様子は大いに面白いものではあるが、華武者について詳しく聞きたいと考えていた夏侯覇は、敢えて彼の狼狽についてはこれ以上の追及を避けた。
「元々は天水の麒麟児と呼ばれていたそうですね」
「ええ……子供の頃の話です」
“麒麟児”とは、神童に対する呼称である。当然、子供に使う呼称の為、ある程度成長してからは呼ばれないものであり、仕官する年齢になれば、麒麟児などと呼ばれる年齢をとうに過ぎていることになる。
姜維が蜀に投降したのも十代半ばの頃の為、天水での戦の際に呼ばれていた可能性は限りなく低い。
「では、華武者は成長してからの呼び名なんですか?」
「……故郷で呼ばれていたわけではありません」
せっかくの美形を台無しにする、苦虫を噛み潰したような顔を見せながら視線を落とした姜維は、この話を早く切り上げたいという心情を全身で表しながら部屋を出ようと何度か出入口に視線を向ける。だが、そこはただでさえ大柄な夏侯覇が、鎧を着たままどっしりと塞いでいるため脱出が出来ない。当然、詳細を聞くまで解放する気のない夏侯覇がそこを退く訳もなく、既に姜維に逃げ場はないのであった。
「確かに天水では聞きませんでしたね……あ、でも、美将と呼んでいる者ならいましたよ」
「え……?」
「知らなかったんですか?」
「知りません……誰がそんなことを……」
「私が聞いたのは、伯約殿の弱みを握るために天水に赴いた時ですから……貴方が蜀に行ってからですね。主に女性が、そう称していましたよ?」
蜀に降った姜維という将について調べろ――そう指示された弟を手伝い、夏侯覇は姜維の故郷・天水まで赴いた事がある。しかし、彼の地で得られた情報は、大まかには四つに留まった。
勤勉かつ孝行者であったこと。
文武共に優れ、麒麟児と称される天才であったこと。
容姿端麗な美しい少年であったこと。
彼が蜀に降って間もなく、彼の母が行方知れずになったこと。
天水太守が逃亡した事もあり、これといって役立つ情報もなければ弱みも握れず、弟と共に肩を落としながら長安に戻ったのは記憶に新しい。その役に立たない情報の中に含まれていたのが、“美将”という呼称であった。
大方、子供と大人の間の年齢に達した年頃の彼を気遣って、密かに使われていた呼称なのだろう。
「……貴方、そんなことをされていたのですね」
「命令ですから」
まさか故郷にまで調査に訪れていたとは思わず、姜維は表情を引きつらせる。といっても、彼に不利になるような情報は一つもないのだから、何も憂う事はないだろう――そう夏侯覇は考えたのだが、己の事を敵に調べられるというものが気持ちの良いものではないのか、姜維はより一層苦々しい表情を浮かべて瞼を落とした。
「…………まだ、なにか?」
「どうしても華武者の由来が気になるもので」
「……………………仕方ありませんね……今回限りですよ」
何はともあれ、まずは“華武者”というこっぱずかしい呼称の詳細である。
年甲斐もなく好奇心旺盛な夏侯覇はその詳細の追及を諦めるつもりはなく、夏侯覇が諦めるか満足させない限り部屋から出ることすら叶わない姜維は、深い、それは海よりも深い溜息を吐いた後、諦めて椅子に座り直したのであった。




