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一章 零
――ああ、私は此処で終わるのか。
雨の様に降り注ぐ矢に貫かれ、己の死が確定した状況下でありながら、それでも男は安堵していた。
ただ一人、その人を救えればそれでいい。
その人さえ生き残れば、きっとこの先も国は何とかなる。
そう信じていたのだ。傍から見れば、それは盲目的な信頼であり、異常なまでの希望であったのだろう。しかし、死の淵に立たされた一人の男が胸に抱く感情としては、至極温かく優しいものであったに違いない。
敵とも味方とも分からぬ大勢の将兵の声、無事救うことが出来た相手の悲壮に満ちた声。そんな喧騒に包まれ、男の視界が失われる直前の生の最期に見た光景は、柄にもなく涙を滲ませたその人が必死に己に呼び掛けている、そんな情景であった。