6話 「魔族から見た人族。」
俺の部屋までアシュリールと戻ってくると俺はベットに座った。
アシュリールはというとベットに寝そべりながら俺に話しかけてくる。
「じゃあ、約束どおり人族についていろいろ私に教えてくれ」
「いろいろって言われてもなあ。何を話したらいいものか。
もうちょっと範囲を小さく絞ってくれない?」
「ん~そうだなあ。じゃあ、今回はリオの過去を教えて」
「過去?」
「そうだ。リオがここに来た詳しい経緯ってのも気になるし、
それを聞けば人族のことを少しは理解できるかもしれない。一石二兆だ」
俺は少し考える。
昔のことを思い浮かべるが、心に浮かぶのは不の感情ばかり。
「聞いてて楽しい話じゃないぞ?」
「どれでもいい。聞きたいんだ、リオの過去を」
「じゃあ話すぞ」
俺は自分の過去をぽつぽつと話し始めた。
◆◇◆◇◆◇
俺、リオ・シルヴァーノはクーラント王国の伯爵家の次男として生まれた。
伯爵家とはいったものの数年前は領地の運用に失敗し没落寸前だったため、大した影響力はなく
周囲の貴族からは蔑みの眼差しを向けられていた。
そんな伯爵家に生まれた俺は、生まれたときから勇者様、勇者様と大切に育てられてきた。
だが、俺は気づいていた。
(俺は本当は勇者なんかじゃないということを)
勇者とは圧倒的な身体能力に大魔道師顔負けの魔力を持っており、人族のために邪悪な魔王を打ち滅ぼす存在だ。
しかし、俺の肉体は一般人レベル。昔は自分が勇者だと信じて筋トレや走りこみなどのトレーニングをしていたが、いくら鍛えても人並みにしか体は強くはならなかった。
じゃあ魔力のほうはどうかというと、そっちの方が肉体よりもなお酷かった。
なんと適正レベル1
適正レベルとは魔力操作能力、体内魔力保有量を総合的に判断し十段階で評価されるものだ。
レベル1が最高レベルかだって?もちろんそんなことはない。レベル1は適正レベル最下位で体内魔力保有量は初級魔術を数回程度発動するのがやっと。
魔力操作能力も十分にないため、中級、上級魔法は使うことができない。
しかも魔法の素質は8~9割が生まれつきの才能で決まってしまうため、鍛えることもできない。
じゃあこんな一般人レベルの俺がなぜ勇者様などと言われてるのか。
それは俺が生まれる前に、国最高峰の教会教皇が天から受けたお告げから話は始まる。
(シルヴァーノ家にて世界を救う勇者が生まれるであろう)
そうして生まれてきたのが俺...ではなく俺の兄上、ユウ・シルヴァーノ。
しかしユウは至って普通の子供で、強靭な肉体や優れた魔法適正能力は持っていなかった。
お告げがあったのに生まれてきた子供はなぜ勇者じゃないんだ。一時は国全体にも困惑は広がった。
そして兄上の誕生から2年後に生まれてきたのがこの俺こと、リオ・シルヴァーノ。
今度こそ勇者の誕生と周りは思ったんだろうが俺も普通の人間だ。
しかし、時折不思議なことが俺の周りでは起こるのだ。
◆◇◆◇◆◇
戦闘力を試すため、国の騎士と戦ったときは不思議な風の魔法が勝手に起こり相手をほんろうし、俺自身には気づいたら上級の肉体強化がかかっていた。
そして3歳の俺は国トップの騎士を倒していた。
魔法適正を測るために上級魔法を試しに使わせられたときも、俺自身は失敗したはずなのに何故か上級の更に上の超級魔法が発動していた。
そんなこんなで周りからは疑いの目を向けられつつも、俺は一応の勇者として扱われるようになった。
しかし、俺に何か特別なことが起こるときは必ず兄上がそばにいて俺に向かって何か唱えているのだ。
周りは俺にばかり注目して気づいていないが、絶対に兄上は俺に何かしている。直感的に俺はある結論に辿り着いた。
( 兄上、ユウ・シルヴァーノこそが本物の勇者だと )
兄上は巧に勇者であることを隠し、俺に勇者役を押し付けている。
真相を直接兄上に聞こうとしたものの、はぐらかされて真実を聞くことはできなかった。
このままじゃまずい。将来勇者じゃないのに勇者として魔王を倒しに行かなくてはならなくなってしまう。
そうなったら、こんな俺なんか魔王に簡単に殺されてしまう。
そう思った俺は、自分が勇者ではないことを父親に説明したこともあるのだが、
「何を言っているんだ。お前は勇者だ。勇者じゃないなんて口が裂けても言うんじゃない!」
と、怒鳴られてしまった。
どうやら勇者が誕生したということで、王家からかなりの金銭的支援をいただいているらしい。
没落寸前だったシルヴァーノ家はその金を使って這い上がったため、
「実は今回も勇者じゃありませんでした~」
なんて公表したら援助金を王家に返上しなければならなくなってしまう。
当然そんなお金は使いきってしまっていて残っていないし、さらにシルヴァーノ家の信用は地に落ちるどころか、
地下に沈んで再び上がることは不可能だろう。今度こそ間違いなく没落確定のお家取り壊しだ。
俺は勇者として役目をまっとうするしか道が残されていなかった。
一時は必死で肉体や魔法の鍛錬をしたが、そんなことで勇者と同等の力をつけることができるのなら最初から勇者などという特別な存在は必要ない。
無意味だと悟り途中でやめてしまった。
家に俺を助けてくれる人がいないならと、外に人脈を作って助けてもらおうともした。
しかし俺が近づいた人たちは皆そろって表では勇者様と俺のご機嫌取りをする反面、裏では
「没落寸前の貴族のしかも次男が調子に乗りやがって」と罵られた。
俺はそんな周囲に絶望し助けを求めることもやめた。
俺は家に閉じこもり特にやることもないので、幼年期は部屋で勉強をして過ごした。
将来は、おそらく魔王討伐の旅に出なければならない。旅に行かなくて済んだとしても俺は次男だから貴族位を受け継ぐことはない。そのため無意味なんだろうなと思いつつも、
政治、経済の勉強を中心に学んだ。
勉強をすればするほど自分の知らなかったことが分かっていく楽しさがある一方で、今のクーラント王国の状況が理解できるようになり
上級階級にいる者たちが下級階級の民が汗水、時に血まで流して稼いだ利益を吸い上げて甘い汁を啜っている構造に絶望した。
どうして人族は誰も彼もが自身の保身や欲のために他者を蹴落すことしか考えられないのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
クーラント王国では17歳で成人として扱われるようになる。
俺は17歳の誕生日を迎えた後、国精鋭の女魔法使い、弓使い、騎士とパーティーを組んで魔王討伐の旅に出ることになった。
旅立ちの前夜は、国で盛大に祝祭が行われた。
祝祭の最中、俺は突然兄上に呼びだされ王宮のテラスで兄上と対峙した。
テラスには兄上と俺の二人しかいなく、兄上は愉快に俺に話しかけてきた。
「やあ弟よ、パーティーは楽しんでいるかい?」
俺の感情は絶望一色に染まっているのに対し、兄上は俺とは正反対で何かが楽しくて仕方がないというようなそんな様子だった。
「旅路の不安でパーティーを楽しむ余裕なんてないですよ」
俺はこれから勇者じゃないのに勇者として魔王討伐のための旅に出なければならないのだ。
俺は正直確信している。
この旅で俺は命を落とす。歴代の強大な力を天から授かった勇者でさえ魔王に破れ返ってこなかったこともあると文献にはある。
そんな強大な魔王という存在にただの俺みたいな普通の人族が立ち向かっても、トマトみたいに簡単につぶされるだけだ。
「クク、そうか。
弟には多大な恩を私は感じているからな。ここで本当のことを話しておこうと思う。
お前も気づいているだろうが、本当の勇者はこの俺ユウ・シルヴァーノだ。
しかし私のわがままで勇者の役目を君に押し付けてしまった。本当にすまないと思っているよ。ククッ」
彼は小さな笑いをこぼしながら自身を勇者だと認め、俺に謝罪をしてきたが誠意が一切こもっていないことは誰が見ても明らかだったと思う。
「ついに自分が勇者だと認めましたね?」
「ああ、だが今更交代なんてできないことはおまえが一番よく知っているだろう?
リオ・シルヴァーノが勇者ということはこの王国全土に広まってしまっているのだからな。
勇者を交代するなんて誰も認めやしない。精々がんばって魔王を討伐してきてくれ」
俺はこの状況にすでに覚悟をしていたというよりも諦めがついていた。
俺は魔王に挑み敗れて死ぬ。俺の人生はそれで終わり。後のことなんか知ったこっちゃない。
こんな腐った社会で今まで通りに馬鹿にされ、蔑まされ、上位貴族と王族に憤りを感じて生きていくならあっさりと殺されたほうがきっと何倍も楽だ。
魔王が倒されなくとも腐った上位貴族と王族たちがきっと何とかするだろう。
だが、一つだけ知りたいことがあった。
「最後に聞かせてください。何であんたは勇者役を俺に押し付けたんだ」
そんな問いに、彼は冷ややかな目を向けて言い放った。
「そんなの嫌だから、めんどくさいからに決まってるじゃないか。俺は天に選ばれた存在だ。
そんなくだらない役目を何故選ばれた僕なんかがやらなければならないんだ?
他者に強制されてそんなくだらないことをさせられるなんて僕はごめんだね」
「くだらないだと?
今も多くの騎士が最前線で魔族相手に血を流しているんだぞ!勇者の力は魔王を倒すために天に与えられた力だ。
あんたが行かなくてどうするんだよ」
「物分りが悪い弟だな。なんのためにいつも部屋にこもって勉強していたんだ?
僕以外にもお前が勇者じゃないと知っている奴はたくさんいる。奴ら全員が何故それを表に出さないのかわかるか?
無駄なんだよ。たとえ魔王を倒せても倒せなくても。
この世界から血が流れなくなることは無いのだから」
「それはどういう… !? うっ…」
俺は兄上に言葉の真意を聞き返す前に腹部を殴られ気絶した。
俺は酔いつぶれてテラスで寝ていたことになっており、いつの間にか王宮の客室のベッドに寝かされていた。
そして翌日、大きな歓声と応援を受け、仲間とともに俺は魔王城へと旅立った。