1話 「偽勇者」
1話 「偽勇者。」
うっそうとした森の中、巨大な塀に囲まれた禍々しい魔王城がそこにはあった。
見るだけでその者を圧倒し恐怖を抱かせる城に一人の勇者が挑もうとしている。
「ついに来てしまったか...」
勇者はその城を見上げながらため息を吐く。
彼の装備は全身すべてが一級品でとても高価なことがわかる。特に腰に下げた片手剣は装飾こそ派手ではないものの、
見る者を圧倒するオーラを確かに感じる業物だ。しかし装備に似合わず勇者の顔は人生に諦めているような空ろな眼差しをしていた。
「さて、逝きますか。人生の終末点に」
そう言いつつ彼は塀の門に手をかけようとし...そのとき!
素早い何かが背後にきたと思ったとたん、彼の意識は闇へと落ちていった。
~贋物勇者とリストラ魔王の理想国家~
俺は体に強い衝撃を受け、目を覚ました。
「うげっ!」
どうやら気絶していたところを床に投げ飛ばされたらしい。
手と足を縛られているため受身を取ることができず、もろに衝撃を受けてしまった。
確か俺は魔王城の門にたどり着いて門に手をかけたところで…。そうだ俺は何者かに気絶させられたんだ。
そこまで思い出してハッと辺りを見回した。しかし、俺を投げ飛ばしただろう存在はすでにいない。
そこは多き広間になっていた。
床は大理石か何かの磨いた石でできており、窓は一切ない。不気味な紫色の炎がついた明かりが広間の両端にいくつもありこの大きい空間を照らしている。
広間のちょうど中央くらいから床は緩やかな階段になっており、その奥には紫の水晶の玉座が堂々と鎮座していた。
玉座には誰かが座っているが明かりが少なくよく見えない。しかし、尋常ではない存在感だけは離れているリオまでしっかりと届いた。
「なっさけないな。人族の希望である勇者様が魔王城の使用人一人にやられちゃうなんてさ。
せっかく魔王である私がじきじきに決闘をしてやろうと思ったのに、おまえが弱すぎぃ
やる気なくなっちゃったよ」
玉座に座っていた存在は玉座から飛び降りるとこちらに歩いて来る。
声から察するにどうやら近づいてきているのは女性らしい。
そして倒れている俺に近づくにつれ彼女の姿があらわになる。
紫の髪と瞳に黒いドレスの綺麗な女性。
「お前が魔王なのか…」
とうとう倒れているリオ眼前まで来た彼女は、仁王立ちに手を腰に当てた決めポーズをして高々に宣言をした。
「いかにも!私が魔王アシュリールさまだ~」
「…」
自身を魔王と名乗る彼女の姿をリオは困惑の眼差しを向けたまま押し黙る。
「おい、なんか言えよ」
「…」
「ちょっと!かっこ付けたこっちが恥ずかしくなってくるだろが」
彼女は赤面しつつ顔を横にそらした。
だが、決めポーズは崩さないところは賞賛すべきところだろう。
そんな彼女を
「お嬢ちゃん、嘘はよくないよ?」
俺は魔王だと信じることはできなかった。
それもそのはず彼女の身長は140cmほどで顔は美しいというとりも、可愛らしいという表現が似合うような幼さを残した面影をしている。
つまり、彼女は子供にしか見えなかった。たぶん魔王の娘とかその辺だろう。
「嘘じゃないわ~!!!」
少女の叫び声が広間に響き渡った。
羞恥心で赤面していた少女の顔が今度は怒りで赤く染まっていく。
「嘘付け。人族からも魔族からも冷酷無慈悲って怖がられている魔王がこんなチビなわけがない」
チビといったとたん、自称魔王から可愛い蹴りが飛んできた。
「イタッ!」
お願いだから的確に脛を狙って蹴るのはやめて。
「チビ言うな!
仕方がないだろう。そういう種族なんだから。これでもお前より年上なんだぞ?
というか、そんなこと言ったらお前のほうが勇者っぽくないじゃん...よわっちいし」
「よわっちい言うなよ」
これでも幼少期は体を鍛えて強くなろうと努力したんだぞ?俺の努力を馬鹿にしないでくれ。
「どうせあれだろ?
稀にいるんだよ。何の能力もないただの人族なのに、いきなり「俺は特別だ!」とか言い出だしちゃって
魔王を倒して国のお姫様と結婚することを夢見る自信過剰な自称勇者。
おまえもその残念系勇者でしょ?」
何だその勇者。聞いてるだけで痛いんだけど。
「違うわ!俺をそんなはずかしい勇者と一緒にしないでくれ」
「自覚すらないのか!?
周りからどんな目で見られてたのかと思うとそれだけで可愛そう…」
「待て。俺は自分を真の勇者って言いたくて残念系勇者と一緒にするなって言ったわけじゃない!」
勇者の役目を押し付けられたただけの人族、リオ・シルヴァーノだ」
「ふぅん。で? その勇者の役目を押し付けられたとかいう偽勇者様はわざわざこんなとこまで何しに来たのさ。
ただの人族が単身で魔王城に挑むとか、どう考えても自殺行為としか思えないんだけど?」
「そうさ俺は死にに来たんだよ」
すると魔王は心底あきれ半分困惑半分の顔を俺に向ける。
「なんだそりゃ。
わざわざ死に場所に魔王城を選ぶとかこっちからしたら迷惑しかないんだけど…
誰が死体の処理すると思ってんの?ただでさえ今の魔王城は人手不足だって言うのに無駄な仕事を増やさないで。
死ぬために魔王城に来た人族はたぶんお前が初めてだ。
さぞ愉快なことがあったんでしょ?暇つぶしに少し聞かせてよ」
俺はぽつぽつとしゃべり出した。
「俺は人族に絶望したんだよ。どいつもこいつも自分のことしか考えてない。
他人がどんな目に会おうが自分さえよければそれでいいんだ」
人族なんてどいつもこいつもクソばっかだ。
俺はそんなクソどもの人柱として、国の希望の代償として死ななければならない。
「俺に勇者役を押し付けた実の兄は
「なんでやりたくもない勇者を、他人から強要されなきゃならないんだ」
って言いながら俺に勇者役を押し付けたんだ。笑えるだろ」
「お前だって今は自分のことしか考えてないじゃん。
いきなり魔王城まで来て自分を殺してくれとか。
人のこといえないぞ~残念系勇者さまぁ」
それはそうかもしれないけど...
でも、普通魔王なら向かってきた人族なんて即座にばっさり切り捨てるもんだろ?
あと、まじで俺を残念系勇者って呼ぶのはやめて。悲しくなっちゃうだろうが。
「でも、だからって別に死ぬことはなかったんじゃない?他にも選択肢はあったと思うよ。
たとえば小さな村にでもひっそりと暮らすとかさ」
何だこの魔王ちょっとやさしいぞ。
「俺は人族全体に顔も素性も魔王討伐の旅に出たことも知れまわってるんだ。
俺が人前に少しでも出れば首都に報告が行くだろうし、そうなれば「なんで魔王討伐の旅に出てないんだ」って奴らの怒りをかうのは目に見えてる。
結局ひっ捕らえられてまた旅に出させられるのが落ちだ。俺は勝てないとわかっていながらも魔王に挑むしか道は残っていないんだ」
俺の周りの奴らは誰も俺を助けてはくれなかった。
兄上なんてもっての外だし、実の親でさえも金欲しさに俺を見捨てた。
「ここ来るにしたって仲間はどうした?いくら勇者が強くても今までの歴代の勇者パーティーを考えたら一人で旅に出させたりはしないと思うんだけど。
仲間さえいればいくらお前がよわっちくてもこの私に勝てるかもしれないとか思わなかった?」
「ああいたさ。最初は頼もしい仲間が3人もな。けど、旅の途中で俺が勇者じゃないって知ったとたん3人そろってパーティーを出て行ったよ。
「勇者の振りをしてチヤホヤされるのがそんなに嬉しかったか?せっかく功績を上げられると思ったのに勇者がこんな糞じゃどうしようもない」
だってよ。こっちの事情も苦労も一切知らないくせに好き勝手言ってくれるよな」
弓使いと騎士には散々罵倒された。
女魔法使いとは旅をしながらそこそこ話をする中だったからもしかしたら残ってくれるかとも思ったけど、結局何も言わずにで出て行っちゃったからなあ。
二人に罵倒されたことよりそっちのほうが堪えたな。
「そう。それでおまえはここに死ににきたと?」
「ああ」
「正直そっちの事情とかどうでもいいし、魔王城に自殺に来るのは本当にやめてほしいんだけど、
たとえ偽だとしても勇者が魔王城に入ったとなるとただで返すわけにはいかないかな」
「ああ。ひと思いにやってくれ」
「そう、じゃあいくね」
魔王の返事はとてもあっさりしていた。だが、その返答にリオは安堵を思えた。
やっと終わる
魔王はリオに一歩近づくと手を上に振りかぶった。
それを目にし、俺は静かに目を閉じた。ああ、俺の人生つまらなかったな。
本人の気持ちなんて関係無しに他人に振り回され、操られ壊されただけのつらい人生。
まるで俺は操り人形みたいだったな。
死がリオに訪れるまでの最後の一時
そのとき旅をともにした女魔法使いの顔を思い出した。
恋でもしてれば少しは俺の人生変わったのかな?
( 弱い自分を奮い立たせて理不尽に抗えたのかな )
そんなことを考え、自分の最後の瞬間を待ったのだがそれはいつになっても訪れることはない。
変わりに自身の腕と足を縛ってあった紐は綺麗に二つに切られていた。
「どうして…もうこんな人生うんざりなんだ」
「とっとと楽にさせてくれよー!!!」
リオの悲しい叫びだけが広間に響く。
少しの静寂の後に魔王は口を開いた。
「ここでお前を殺してしまうのはもったいない」
「おまえ、私の婿になれ」
俺は一瞬何を言われているのかわからなかったが、魔王の言葉を理解したとたん耐え切れない怒りが腹の奥からこみ上げてくる。
「なんだよそれ!
同情でもしてるつもりなのか?敵のおまえまで俺の人生をもて遊ぶ気なのか?」
人族の敵である魔王。軍を指揮し戦争の最前線では何十万、何千万という人族を殺しているのになんで目の前にいる俺は殺してくれないのか。
俺は死ぬという最後の逃げ道さえも他人の手によって塞がれてしまうのか。
「同情なんて甘いものは当の昔に捨てた。
単純に私はお前が欲しい。ただそれだけだ」
「何を言ってるんだ。俺は人族なんだぞ?
魔族側にだって受け入れられるわけがない」
「人族だから魔族に使えちゃいけないなんて誰が決めたよ。
魔族のルールは強い奴が正義、魔王の決めたことは絶対。その二つだけ。
散々いいように使われ、弄ばれ、裏切られ、最後はゴミの様に捨てられたんだろ?」
「そうさ、そのとおりさ。
でも仕方がない。そうやって割り切ってきた」
「なら私がお前を拾ってやる。人族なんか裏切って私に力を貸せ!
お前にこれからの人生、生きる意味を見つけだしてやるよ」
「俺は今まで自分で自分の人生を生きている気がしなかった。
何をしても俺には選択権は無かった。
大層な事はできなくていい。悲惨な結末だってかまわない。
ただ、俺は自分の信じるように生きたい。俺は、俺だけの道を歩みたい」
「私について来い。その願い叶えてやる。
絶対に後悔はさせないと魔王アシュリールが誓う」
そこには最初にいた生意気なガキはどこにもいなく、代わりに正真正銘、真の魔王が立っていた。
俺は自然と彼女についていくことを決意した。
「わかった。俺の残りの人生お前にに預ける」
「ああ、任せろ!お前の人生ここで死ななくて良かったって心の底から言えるものに変えてやる」
こうして俺は魔王の婿になった。