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スズメバチ  作者: 宇原芭
4/21

弓削告春


――

―――

――――


「兄様」

玲華が怜乃を揺する。気絶して倒れでもしたかのように床で転がっていた怜乃が、朝日に目を細める。

「朝ですよ、起きて下さい」

そう玲華が言った。

「体中が痛む」

愚痴を零して、億劫(おっくう)そうに起き上がる怜乃。首やら肩やらを回す。その様子に玲華は言う。

「私が床でも良かったんですよ? 平気ですか」

「問題ない、治した」

「治し……? あっ、もう、また陰妖術を使いましたね。(みだ)りに使って良いものではないでしょうに」

「限度は守っている」

「どうだか……。さあ、顔でも洗って来て下さい。その間に朝食を用意しますから。昨夜に急場凌ぎで揃えた品では不満も残るかも知れませんが、そこは自業自得ですからね」

「別に何でも気にしない」

怜乃は浴室に向かった。

 シャワーを浴び終えた怜乃が居間に戻ると、ガラステーブルに朝食が並んでいた。焼いたベーコンに被さる目玉焼き、メカブと、缶詰を開けて器に盛ったミカンが、それぞれ二人分あった。食材も、皿も、更に調理器具までも、昨晩に(あがな)った代物だった。

「始めから材料なり道具なり揃っていれば、もっとしっかりした朝食を作れたんですからね」

ソファで隣に坐った怜乃に、玲華は遺憾の意を示す。とは言え怜乃が大人しく食卓に着いたからか、声はやや弾んだ。

「いただきます」

「ごちそうさま」

二人分の食器と箸を洗いながら、玲華は、ソファに腰掛けて本を読んでいる怜乃へ、声を掛ける。

「兄様、今日はお外へ連れて行ってくれるという約束、お忘れではありませんよね」

訊かれた怜乃は、目を本に向けたまま答える。

「約束をした覚えは無い。だが買い物くらい付き合ってやる」

「本当ですか? 約束ですからね」

「ああ」

怜乃は本の項を捲った。

 正午を過ぎてすぐ、怜乃と玲華は街へ出掛けた。怜乃には街での用事など無かったので、行く先は玲華に任せた。すると二時間程で、怜乃の両手には少なくない量の買い物袋が提げられる事と相成り、玲華は空手(からて)で元気に道行きを指差しながら、

「兄様、次はあそこにしましょう」

とぞ(のたま)う。

「人の金をまだ使い足りないのか」

「仕方が無いでしょう。このような機会は滅多に無いのに、お小遣いは雀の涙なのですから。ちゃんと将来かえしますから、もう少しお願いします、兄様」

玲華は手を合わせて頭を下げる。怜乃は玲華から手に提げた買い物袋へ目を移す。中身は、全て衣料品だ。

「次で最後だ」

「はいっ。ありがとうございます」

斯くして、買い物袋がもう一つ増えた。

 帰宅がてらに街をふらつく。街はまだ日を天に掲げ、玲華の昂りを抑え切れるものではなかった。故に、玲華にとって物珍しい、音と光の刺激が、彼女を引き寄せてしまうのは、半ば必然だった。道脇の施設へ視線を釘付けにしながら歩く玲華を見かねて、後ろから怜乃が声を掛ける。

「前を見て歩け」

「兄様、あの建物は何でしょう」

五階建てのビルには『GAME』と描かれた大きな看板が掲げられている。建物正面の出入り口は両引き戸のガラス製で、建物の内部が見易い。通行人や客が戸に近付く度、自動で開いて、賑やかな音を往来に零していた。その向こうにはクレーンゲームの筐体を窺う事が出来る。何の建物であるかはほぼ一目瞭然なので、玲華の問いは迂遠な言い回し、形式的なものだった。

「ゲームセンター。……行きたいのか」

怜乃は玲華の問いに答える。

「いえ、そんな事は……」

立ち止まる玲華は、怜乃の手にある大量の買い物袋に目を向けた。

「これの事なら気にするな。そこにコインロッカーがある」

怜乃はゲームセンターの隣を通る小道を示す。ゲームセンターの外壁に沿って、一台のコインロッカーが設置されていた。

「わあ。こんな所にまでコインロッカーがあるなんて、都会は流石ですね」

玲華は驚嘆する。行き過ぎる人々も、

「こんな所にコインロッカーなんてあったか?」

「さあ?」

と言って驚いていた。

 玲華をゲームセンターへ遣って、怜乃は荷物をコインロッカーに叩き込む。それから道を引き返して、道端の電話ボックスに入った。電話を掛ける。

「もしもし、こちらは怜乃だ。そちらは叔父貴か」

「応、お前から連絡してくるなんて珍しいな。どうした」

「僕の居場所は貴方にしか伝えていないんだ」

「ああ、それで?」

「玲華に僕の居場所を教えたな」

「あー……、成程。という事は、玲華は今そっちに居るんだな」

「その口振りから察するに、どうも予想が当たったらしい。親父たちは何をしたんだ」

「事の発端は華乃(かの)さんとの口論だ。それ自体はいつもの事だったんだがな……。方々手を尽くして探し回って見付からず、華乃さんが参っているよ。兄貴は、まあ、良く分からんが、占術や式を使って探してはいるようだ。それで見付からないのは、多分お前の所為だろう」

「僕の?」

「張ってんだろう、結界。式避け術避け」

「ああ、まあ……」

「兄貴の平静は、その辺りの事情を察してなのかもな。結構な大事だのに」

「他人事みたいに言わないでくれ。大事になったのは、貴方が僕の居場所を漏らしたからじゃないのか」

「ハハハ、まあそう言うな。それを言うなら、親に居場所も連絡先も教えておかないお前も同罪だぞ」

「僕は出奔した身だ。親子の縁も切っている。教える義理も何もあるものか」

「そう簡単に切れる糸ではないぞ。どうせ今だって、玲華の面倒を見ているんだろう」

怜乃は言葉に詰まった。萱寺が言葉を継ぐ。

「取り敢えず兄貴たちには適当に伝えておくから、そっちは暫く宜しく頼む」

「暫くって? あっ、おい! ……くそッ」

怜乃は受話器を置いた。

 ゲームセンターに入る。ゲームセンターは階層毎にジャンルの異なるゲームが設けてあり、一つの階層自体はさほど広くないので、虱潰しに回れば、玲華を見付けるのは容易(たやす)かろう事だった。そして実際、一階のクレーンゲームに興じる玲華を見付ける。怜乃は玲華に近寄らず、喫煙所を目指して階を上った。

 ビデオゲーム機の立ち並ぶ空間は、外部からの光も天井の照明も断たれて、けれどもゲーム画面や筐体の赤や青の電飾が、けばけばしい灯の様相を呈し、むしろ眩しい。そこにゲームから流れてくる音楽、効果音などが合わさって、猥雑な印象を強める。そんな光景を怜乃は、アクリルの壁で仕切られた四畳の空間から眺めていた。空間には少しだけ橙色掛かった光が、外側との隔絶を表現するように降り注いでいる。中央に円筒型の灰皿があるけれども、加熱式の煙草という事もあって、怜乃は使っていなかった。

 ふと、怜乃の目が見覚えのある顔を捉える。怜乃は喫煙所を出た。

 彼はシューティングゲームに熱中していた。銃型のコントローラーを握り締め、眼前の画面から目を離さない。画面から出る、矢継ぎ早に色の切り替わる光が、彼の面に当たっていた。その横顔を見た怜乃は、彼の背後へ回る。彼の見る画面には、土煙の舞う戦場が描かれていた。その場景を目掛けて彼が銃型コントローラーの引き金を引くと、画面の中で発砲の演出が為されて、人の図象が次々と倒れていく。耳には喧しく銃声の効果音が届いていた。怜乃が「おい」と言っても、彼には聞こえていない。

 怜乃は自分の着ている外套の前身頃(まえみごろ)を退けるようにして、自身の腰に手を伸ばす。そこから引き抜いたのは、装弾数十七発の自動拳銃だ。それを目の前の画面に向けて撃った。一際に大きな銃声が鳴り、穴の空いた画面が暗くなる。画面は戦景の代替に、鳩が豆鉄砲を喰ったような若者の顔と、その背後で銃を構えた怜乃の姿を、反射して映した。

「聞こえるか」

怜乃が言った。若者は人の存在に気付いた野良猫のようにびくりと振り返り、銃型コントローラーを置き口に差し、通路側へ後退りする。

「な、何の用です」

「僕の事を憶えているか」

「ええと、はい。先日の校庭で竜の陰妖を倒していましたね」

「いや、正確に言えば、竜を倒したのは校庭ではないんだが……、まあ、そこはどうでもいい。八三として警告しておく。この街を出ろ。陰妖退治なら他所でやれ」

唐突な事に、若者は口が利けないでいるようだった。だが、怜乃が返事を待ったので、若者は僅少ながら落ち着きを取り戻す。

「本当に八三なんてやってるんですね。この間は返答を貰えなかったけど、貴方、泉流の惣領息子でしょう?」

「違うな」

「誤魔化さないで下さい。巨大な銀狼の式神式、聖銀を手にして尚も術を行使する尋常でない妖力。間違えようがないでしょう」

「何一つ嘘は言っていない」

「あ、あー! そうだ、思い出した。こういう噂を聞いた事ありますよ、稀代(きだい)の天才、曠世(こうせい)の麒麟児、不世出(ふせいしゅつ)の陰妖術士、開祖の再来とまで謳われた、さる宗家の術士が出奔したって。あれは貴方の事だったんだ」

「いい加減にしろ。僕は警告と言った。下らない世間話で時間を費やしに来た訳じゃない。次にこの街でお前を見た時、陰妖術を使っていたら、八三の規定に則って処理するからな」

怜乃の言に、若者は笑みを引き攣らせた。

「勘弁して下さい。代わりに情報を提供しますから」

「言ってみろ」

悪食(あくじき)と呼ばれる陰妖憑(おんようつ)きをご存知ですか。或いは、ええと、確か……」

穀堂(こくどう)託氏(かこうじ)

「そう、そいつですよ。そいつを最近この街で見掛けたっていう知り合いが居るんです。俺がこの街に来たのもそれが理由で……」

「尚更この街を離れるべきだな」

怜乃は一歩、若者に近付く。若者は気圧されたように後退る。

「無策じゃありませんよ。敵の視認できない範囲から、一方的に矢を射掛けるんです……」

若者は早口で語るが、怜乃は全く興味なさげに、取り出だす硬貨を、先ほど若者が遊んでいたシューティングゲームの硬貨投入口へ入れる。すると、ゲーム画面が点灯して、ゲームの開始場面が表示された。画面にあった筈の弾痕は消えている。

「邪魔をした」

怜乃はそう言って、足早に場を去ろうとする。その背に向かって、若者は言った。

「俺は弓削(ゆげ)告春(つげはる)と言います。どうぞ宜しく」

 階段を降りきった所で、怜乃に声が掛かる。

「兄様」

玲華はすまなそうに、怜乃を上目に見た。

「ごめんなさい、つい……」

その腕いっぱいに、大量のぬいぐるみが抱えられていた。

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