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スズメバチ  作者: 宇原芭
19/21

猩猩(2/2)

「現は、放っておけば安定に向かいます。現実は、常に自然法則に則ろうとするんです。この時、自然法則に逆らって存在する物は崩壊しますが、その崩壊の感覚を道標にして下さい。自らの意思を排して、世界の理に則ろうとするように想って下さい。自分の想念によって体を再構成するのではなく、天道に従って体を再構成するんです。崩壊の感覚は、川の流れに逆らっているように、天道に逆らっている印と捉えて下さい」

暫くは息も荒かった巨狼だが、やがて呼吸は整い、その形象が崩れていく。骨や肉片、大量の血が地面へ落ちる。その後、ぼんやりと人の輪郭が現れたかと思うと、少しずつ告春に見覚えの有るかたちを示す。そして、脇差を握り締めた玲華が立っていた。それに伴い、周囲の景色も輪郭を回復し、告春は傷を治している。

「告春、あの……」

玲華は交錯する思いを言葉に出来なかったが、告春は総てを了承し無言で頷いた。

「もう近付いても良いな」

そう言って細川が二人の隣に立つ。

「それでどうやってあいつを倒すんだ」

見上げる先には、告春が術で生んだ樹木の幹と、その股に居座る託氏の姿が在った。

「いや、中々有意義な講義だった」と託氏。「その礼と言っては何だが、作戦会議の時間を遣ろう。この通り耳も塞いでおくから、存分に話し合ってくれ」

「嘗めやがって」

細川が忌々し気に言う。

「ですが、有り難く使わせてもらうしかない」と告春。「貴方だって、意地を張ってられないと思ったから、渋々俺たちに協力する姿勢を見せているんでしょう?」

「うるせえな、そういうのは口に出さねえもんだろうが」

「それで、どうやって彼奴かやつを倒すのですか、告春。そもそも、どうして彼奴は不死身なのです」

「そうですね、それは、恐らく、精神力の差でしょう。ここで精神力と言うのは、魂の大きさと言いますか、端的に言えば現実改変能力の強さです。それに大きな隔たりが、俺や玲華と、あいつとの間で有る。譬えるなら、俺たちが漫画やアニメのような二次元世界の住人で、あいつが三次元世界の住人なんだ。俺たちがどれだけ暴れようとも、あいつには痛くも痒くもない」

「なら聖銀が効かないのはどう説明する」

「効かない訳ではないでしょう。但し効果が薄い。聖銀が効きにくいのは、元々陰妖憑きの特徴です」

「ではやはり聖銀でも駄目なのでしょうか」

「ここに在る、その短刀だけでは無理でしょうね。でも、そこに俺たちの攻撃が加われば、可能性は拓ける」

「それは、聖銀で彼奴の現実改変能力を制限したうえで、陰妖術の攻撃を加えるという意味でしょうか」

「そうです」

「無駄です。先程までそう遣っていたではありませんか」

「そもそも、聖銀で敵の現実改変能力を抑えたところで、陰妖術で現実度を下げられたら同じ事だろう」

「ええ、ただ同じ事を繰り返すのでは無意味です。そうではなく、今度は順序を整えるんです」

「順序?」玲華が小首を傾げる。

「あいつにとって聖銀の、その短刀の攻撃は、それ自体では大した傷にもならない。けれど、さっきの譬えで言うなら、あいつを二次元の世界に引き摺り込む事は出来ると思います。俺たちと同じ舞台に立ったところで攻撃をぶち当てれば、それは傷になる。今までは、聖銀と陰妖術の攻撃がバラバラであったり、陰妖術の後に聖銀を当てたりしていたが為に、効果が殆ど無かったんだと思います」

「二次元で暴れた後にあの野郎を二次元に引き込んでも、攻撃は終わった後、か。いや、しかし、確か最初の方で……、いや、そういや、確かに……」

細川は得心の様子。

「遣る価値は有るな。と言うか、他に手も無い」

「問題は、どうやって順番に攻撃を当てるかですが……」

告春がそう言った時、託氏は木から降りた。

「もう十分だろうな」と託氏。「遊びの最後だ」

「ぶっつけ本番ですね」

告春は弓を引き絞った。

「いざ!」

告春の叫号を合図に、細川と玲華、そして放たれた矢が動き出す。

 展開される光景に先程までとの相違は無く――告春が射ち、細川が切り、玲華が突っ込む――、けれど目標が共有された三人の動きには、確かな志向性が有った。それ故か、託氏の動きは少しずつ余裕を削り取られる。

「作戦会議の甲斐は有ったようだな」託氏は笑う。「だがまだ足りんぞ」

託氏に捕まれた玲華は引っ張られて、体勢が崩れる。崩れた先が、告春の矢の射線上。

「――ッ」

告春の認識が矢の軌道を捻じ曲げて、地面に落とす。その間にも細川が託氏に切り掛かるけれども、蹴り飛ばされた玲華が細川に衝突する。

「ごめんなさい」

「言ってる場合か」

二人は体勢を立て直した。

 告春は玲華と細川に目を遣る。その厳しい眼差しは、心中の考慮が表出したものだった。そうやって余所見をしている告春に向かって、託氏が迫る。告春は視線を仲間に定めたまま、番えていた矢を放す。託氏は腹を射貫かれて吹っ飛んだ。

「玲華、それと八三の人」

告春は瞬時に二人の間へ移動して、声を掛けた。

「あいつの意表を突かない事には、どうにもならない」

「何か思い付いたか?」細川が訊く。

「ええ。大した事では有りませんけど。玲華は機を待って、貴方は俺に合わせて下さい。じゃ、行きますよ」

「おい、それだけか――、糞餓鬼め」

細川は悪態つきながらも、託氏に向かって駆け出した告春の後に続く。

「前衛交代か?」

と託氏が言う。答える必要は無く、告春が肉薄する。持っていた弓矢が脇差に置換され、白刃ひらめけば、託氏の掌とり合いになる。遅れて細川の刺突が迫れば、託氏は後方へ跳ねる。だが同時に、告春との迫り合いで負けた事と相成り、懐に入られる。脇差が腹に突き入れられて、捻じられる。

「今ッ」

告春の合図に、細川が攻撃で応じる。聖銀きらめき、託氏の掌と搗ち合う。託氏は脇差の刃を握り砕くと、告春に掌底を当てて退けて、次に細川を殴り飛ばした。

「良い線いったか?」

細川が言う。

「さっきよりは」と告春。「今一つあいつの裏を掻ければ、何とか……」

「裏か、案が無い事も無いが……」

「案って?」

細川の険しい目が告春に向けられる。

「あの化物の視界を塞ぐ一瞬を作れ。後は俺に合わせろ」

「了解」

 細川が切り込む。それを腕で防ぐ託氏に、告春が脇差を繰り出だす。その刃を蹴り上げられて、告春の手から脇差が宙を舞ったが、次なる一刀が告春の手中に現出し、それで以って突きを出す。対し、託氏は後ろへ跳ねて身を守る。

「今!」

告春が叫んだ。同時に砂塵が舞い上がり、託氏目掛けて、四方八方から矢が降り注ぐ。

 託氏の視界は砂塵に塗り潰されて、注意は矢の雨に削がれた。矢が肉体を穿つけれども、それを痛痒にもしない託氏は、煩わしさだけを心に受けた。そして、この後の動きも分かり切っており、それがどうにも面白くない。視界が晴れるや否や、聖銀の攻撃、ほぼ同時に脇差で追撃。その予想に対応すべく、そしてまた、遊びを終わらせるべく、託氏は拳を握り込んだ。

 案の定、砂塵の勢いが弱まるに合わせて、細川が突っ込んでくる。視線が合う一瞬、読まれた事への驚愕が、彼の瞳孔に表れる。託氏の方では、若干の落胆が滲んでいた。

 託氏の拳は、細川の顔面を狙って、真っ直ぐに動いた。そして、託氏・・の瞳孔に驚愕が表れる。細川は体勢を大きく傾ぎ、託氏の拳を避けている。しかもそれは、細川の意思に反して、乃至は、意思と無関係に為された事であるのが、動揺を隠さない細川の表情から看取される。そういう意外の刹那に隙を作った託氏は、告春の持つ短刀・・に心臓を刺された。

 文字通り胸を突く痛みが託氏に走る。

 その痛みを味わう暇も無く、腹部に突き刺さる、細川の持つ脇差・・

「漸く成った」と告春。

「おい勝手に体が動いたぞ」と細川。

「そういう術式の剣なんですよ」

告春が短刀を捻じる。託氏の胸の傷口が広がる。

「先に言っとけ。たまげた」

細川が脇差を押さえる。託氏の腹の傷口を切り開く。

「俺もだ」

託氏は二人の首を捕まえて、持ち上げた。

「化物がッ」

息苦しそうに細川が言う。

「でも、これで終わりだ」

息も絶え絶えに告春が言った。

「けふといへば みそぎを須羽の 海つらに 祓やすらん 風の祝子」

託氏との直線上に立つ玲華は、和弓に矢を番えていた。十分に引き絞られた弦から、矢が迸る。託氏は持ち上げた二人の体を盾にする。だが矢は、二人との距離を潰しきる前に、消え失せた。それは例えば、水面に向けて放った矢が水底の暗闇に消え入るように。かと思えば次の瞬間、二人の体の向こう側から、即ち、託氏の目前に現出した矢が、託氏の額を射ち貫いて、背後に在った樹木に射止めた。

 託氏の手から離れた二人が、地面に落ちる。咳き込みながらも、告春は玲華に賛辞を贈った。

「さすが天才、見様見真似で術を成功させるとは」

「二人とも平気ですか」

「少なくともこの若造は平気だろ。現実改変野郎だからな」

「共闘した直後の物言いじゃありませんね。まあいいです。何はともあれ――」告春は振り返った。「一件落着だ」

「さしもの怪物も、聖銀がぶっ刺さった状態で脳天を撃ち抜かれりゃ、無事じゃ済まなかったか」

「そうでしょうよ。それで無事だったら、それこそ人間では手に負えませんよ。同程度の化物じゃないと」

「あー、疲れた」

細川は独り歩き出す。

「何処へ行くのです」

玲華が尋ねる。

「休憩だよ。そろそろ俺の相方が来るし、後の始末はそいつに任せる」

「告春、私たちは……」

「任せていいでしょう。俺たちも休もう。お互い、良く頑張りましたね」

「はいっ」

玲華は大きく頷いた。

 細川と告春がふらふらと歩く。その背を眺めながら、玲華は胸奥からこみ上げてくる達成感を噛み締めていた。圧倒的な敵との対峙、克己、そして仲間との勝利。英雄的な自尊心を得るにはこれ以上ない程の材料だった。陰妖術士として歩んでいく自信を、確実に掴んだ。そして、容易に相容れないながらも、戦士として先達の八三と、先達の陰妖術士の背を追って、玲華は陰妖術士としての第一歩を踏み出した。

 告春の背に短刀が刺さる。振り返った玲華は、直後、視界が地面に覆われて、気を失った。玲華の顔を地面に叩き付けた託氏は、そのまま走り、地面で玲華の顔を下ろしつつ、祠に突進。祠は破壊され、後ろには血で引かれた太い線が出来る。それから細川の背後を取って、放り投げた。細川は木にぶつかって木を圧し折り、動かなくなる。告春は対抗しようとするが、陰妖術が使えない。背に突き刺さる聖銀の所為だった。痛みで気が遠くなる。思わず膝を屈し、地面に付いた指には力が入る。

「割合に楽しめた」託氏は事も無げに言う。「礼を言う」

告春には言い返す言葉も無い。

「お前たちの名前を聞いておきたい。何処の誰だ」

「あんたに、名乗る名なんて……」

告春の指が踏み潰される。

「全員分を教えろ。そうすれば、全員分の命を助けてやる」

痛みの為か、屈辱の為か、葛藤か、少しく黙った告春だったが、口を開いた。

「俺は、弓削告春。彼女は、……冷泉、玲華。八三の男は、知らない」

「冷泉? 冷泉と言ったか? おい、どうなんだ」

「冷泉、だ」

「そうか、そうか」

託氏は薄ら笑みを浮かべる。

「八三の男についてはいい。その代わり、言付けておけ。お前が俺を本気で殺そうとする限り、俺はお前を生かしておいてやる。だが、若しお前が俺を殺すのを諦め、それで手を抜いたり、隠れたり、他力に頼ったりすれば、俺はお前を探し出してでも必ず殺す、とな。覚えたか?」

如何にも返事したくなさ気に、憎悪すら込めて、告春は「ああ」と言った。

「今の宣告はお前にも当て嵌まる。俺を殺せるように精々技を磨け。それからあの娘っ子だが、借りていく事にした」

その言葉に、それまで俯いていた告春が顔を上げる。

「待て待ってくれッ、それだけは止めてくれ、頼む」

「何だお前の好い人か? 安心しろ、取って食う訳ではない」

託氏は告春の頭を踏み付けて、地面に叩き落とした。それから壊れた祠へ足を移し、玲華の体を担ぐと、この場を去ろうと歩き出す。

 丘を下る階段で、太山と出くわす。

「おい、あんた――」

太山が言いながら短刀を抜くより早く、託氏は気さくに声を掛けた。

「ああ、こっちの事は気にするな。それよりお前のお仲間と若い陰妖術士が死に体だぞ。死体になる前に助けてやれ」

託氏は太山の肩に手を置いて、そのまま擦れ違い、ひらひらと手を振った。

「じゃあな」

太山は恐怖心と表裏一体の怒りを必死に抑えて、託氏の背から視線を振り切り、きざはしを上がった。それでも尚、太山の目に焼き付いて離れない、夥しい血で猩々に染まった穀堂託氏という男の異様。

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