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スズメバチ  作者: 宇原芭
10/21

太山佐十郎

 男はそんな二人の様子を、建物の陰から窺っていた。彼はズボンのポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出し、一本を取って口に咥える。箱をポケットに入れ込むと、今度は反対側のポケットからライターを取り出して、煙草に火を点ける。道路側を向いて、煙を吐いた。

「それで?」

緊張する、横から現れた声に。声の方へ首を向ければ、そこに怜乃が立っている。八三支給の喪服のような黒い背広に、彼愛用の、黒く艶めく皮革の外套を羽織り、右手から下膊(かはく)に掛けて、細く黒い鎖が絡み付き、その鎖に括られて、半球形の黒石が、掌の位置に在る。

 怜乃は横目に男を見遣った。

「何か分かったのか」皮肉な物言い。

「ああ、いや……」

男は言い淀む。彼の指に挟まれた煙草は、暫時(ざんじ)、緩やかに先端を燃やし続けて、やがて重力に任せて灰を落とした。その間、怜乃は一言も発さず、ただ前を真っ直ぐに見ている。男は怜乃のその表情から、何かを読み取る事は出来なかった。そして観念したように言う。

「何から話せばいいんだ」

幾許(いくばく)かの間を置いて怜乃は答えた。

「名前だ」

「名前?」

「すまないが忘れた。もう一度、教えてくれ」

怜乃の言に、男は当惑と、呆れとを滲ませた面持ちで、手に持つ煙草へ口を付けた。吹いた煙が霧散する。

「太山だよ。太山(ふとやま)佐十郎(さじゅうろう)

「ああ、そうだった。相方は細川だったか」

「そうだな。細川(ほそかわ)考量太(こうりょうた)だ。あいつも俺も、と言うか二人合わせりゃ、憶え易い名前だろ? 見た目通りで。忘れないでくれよ」

「あの時は真面目に聞いていなかった。喧嘩を売られたからな」

くつくつと笑う太山の、恰幅の良い体が揺れる。

「可笑しな奴だな、あんたも」

太山は上着のポケットから取り出した携帯灰皿に、煙草をねじ込んだ。携帯灰皿をしまって、口を開く。

「尾行の目的について聞きたいんだろ」

「ああ。なぜ僕を()けてきた」

「最初はあんたじゃなく、あっちの、弓削告春を尾行していたんだ。尻尾を出したら捕まえろってな訳で」

「相方の指図か」

「そんなところだ」

「いま奴は何処に居る」

「本来の仕事だよ。命令された仕事が俺たちに有るんだ。ただ、細川がどうしても弓削告春を気にしてな。仕様が無いんで、別行動する事にしたんだ」

「そうか。その命令と言うのは?」

「言わなきゃ駄目か?」

「言いたくないなら言わないでいい」

「言いたくないってか、お前に言うのを控えるように下達されてる」

「今ので察した。悪食、穀堂託氏の件だな」

「口、滑らしたらしい」

「つまり、穀堂託氏をお前らが追っているのか」

「そうだ」

「若し見付けたら僕に伝えてくれ」

「検討する」

怜乃が太山に紙切れを渡す。紙には数列が記されている。

「連絡先か」

「そうだ」

「この番号、携帯じゃないのか」

「携帯は持っていないんだ」

「今時代には随分と珍しいな。掛けたところで電話に出られないんじゃないのか」

「気にするな、問題ない」

「そうかい」

太山は紙切れをポケットに入れた。

「話を戻そう」怜乃が言う。「どうして尾行をしていた」

「さっきも言ったが、始めは弓削を尾行していた。あんたと初めて会った三日前の夜から、細川が弓削を敵対視してな。後日になって弓削を見付ける事が出来たのは、半ば偶然、半ば必然だ」

「……そうか、お前たちも弓削も、穀堂託氏の目撃情報を追っていたのか」

「そうだ。あの夜に会ったのも同じ理由だ、多分な。悪食の捜査をしている途中で陰妖に出くわし、対処した。ま、それはともかくだ。弓削を追ってたらゲームセンターにあんたが現れた。それを見た細川が、『そら見た事か、あいつはやはり、八三ではなく陰妖術士だ』と言い出して、あんたも()(かたき)にした。細川は弓削とあんたが組んで悪食を狙っていると読んで、尾行の対象をあんたに変えた。いずれ弓削と合流するだろうからってな。そして尾行とは別に悪食を追えば、あんたらが先に悪食を見付けても、俺たちが手を出す前に片付けられる、なんて事態は避けられるって寸法さ。ところが今日の尾行中、俺はあんたを見失って、仕方なしにあんたの連れ合いを尾行していたら、弓削が出てきて、ついさっきにはあんたが出てきた。ってな訳だよ。分かったか?」

「良く分かった」

「こちらからも質問いいか」

「どうぞ」

「あんたは何してる?」

「お前と似たようなものだ。穀堂託氏の捜査をしがてら、玲華の面倒を見ている」

「玲華? あの娘っ子か」

「そうだ」

「八三の規定では、現実改変者は処理対象なんだけどな」

「僕も人の子だ。肉親を進んで手に掛ける気は無い」

「俺がやろうか?」

「ああ、やってくれ、とは言えない。見逃してくれ」

「それひょっとして、『やるなよ、絶対やるなよ!』っていう、お笑い芸人風の煽りだったりしないよな」

「想像に任せる」

「あ、そう」太山は怜乃の横顔を見た。「まあ、俺も人の子だよ」

「そうか」

怜乃は公園を背に歩き出した。太山は訊く。

「これからどうするんだ」

「布団を買って、夕飯の食材を買う」

「あ? 布団?」

「何処かのお転婆の所為でな。お前が気にする事ではない」

「まあ、そうらしいな」

「ところで一応、誼で伝えておくが、この付近に穀堂託氏は居なかった。だから安心していい」

「あいよ。んじゃ、また機会があればな」

「ああ」

去っていく怜乃を見送って、太山は、公園のベンチに坐っている、若い二人へ視線を移した。

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