7話:退魔師の流儀・4
「何を……!?」
ライアスは、ベガの言葉と視線の冷たさに息を呑んだ。箒を握る手にも思わず力が入る。
「アナタが最近こそこそと何かしていたのは知っていたわ。ワタシ以外の退魔師と一緒に依頼を受けたりしていたことも。それは、別にいいわ」
今にも飛びかかってきそうな気配のまま、ベガは言葉を続ける。
「その不思議なホウキで、一緒に仕事をした退魔師たちを浄化していたことも知ってる。瘴気の毒や悪効を打ち消していたんでしょう? 前にあのボウヤにやってたみたいに。まぁ、それも別にいいわ。鬼みたいな醜悪な存在になるぐらいなら、なりふり構わず助力を得たらいい。それが弱いなりの生き方というものだし、実力の足りないやつらには必要なことだろうから。……ワタシが許せないのはね、ライアス?」
ウルスラは最大限の警戒心をベガに向けた。
ベガの口角がつり上がり、細い三日月のように口元が割れた。
「その不思議なホウキを、ワタシに対しても使おうとしていることよ」
一歩。ベガが踏み込んでくる。
「ワタシのことを頼るのも、ワタシのことを慕うのも。ワタシのことを怖れるのも、ワタシのことを憎むのも。別に構わないわ、それぐらいのことは。けど、ワタシの強さをみくびって、侮る奴は許さない」
「……ベガさんが強いのは知ってるし、それを侮っているつもりもないよ」
ライアスは後ずさりしそうになるのを必死でこらえ、ベガとの会話を続けようとした。
ベガがふるふると首を振る。
「いいえ、いいえ。アナタはワタシの強さをナメてるわ。だって、アナタが使おうとしていたのって、要するに人を鬼にしないための技なんでしょ?」
「……そうだよ」
「それはつまり、ワタシが瘴気の毒に負けて鬼になるかもしれないって、そう思ったってことなんでしょう? ワタシの強さでは瘴気の毒に負けるかもしれないって、心配したってことなんでしょう?」
それが侮りでなければなんなのか、と。
さらに一歩。ベガが間合いを詰めてきた。
「ワタシにとって、強さとは誇り。ワタシがワタシであるために必要不可欠なもので、決して軽んじられてはならない不可侵の領域。アナタは、それを踏みにじろうとしたの」
鋭い殺気がライアスの肌を刺す。ビリビリと空気が震えているようだった。
「だから許さない。ここで殺す」
ベガが構えた。
なおもライアスは会話を続けようとしたが。
「誤解だよベガさん。俺はただ……、っ!」
ベガの鎌鼬が飛んできた。
首を狙って放たれたそれを、ライアスは箒で防いだ。
「やっぱり、妖術だと効きが悪いわね。……それなら!」
『ライアス、来ますよ!』
ベガが一瞬で間合いを詰める。
右手を振りかぶり、叩き付けてきた。
「唐竹割!」
ライアスは箒を頭上に構えて受け止めた。
金属同士を激しく擦り合わせたような音がする。
「ぐっ……!」
重い一撃であるが、ライアスは耐えた。
さらにライアスは箒をぐるりと回してベガの右手を払いながら、柄の部分でベガの横っ面を打つ。
回転で加速した箒はベガの頭を大きく弾き飛ばした。
「ベガ先生!?」
ベガの言葉に唖然としていたイナバだったが、ベガが顔を打たれたのを見て我に返った。
慌てて駆け寄ろうとするが、ベガに手で制される。
「……イナバぁ、少し外に出てなさい」
ベガはこめかみににじんだ血を拭いながら、ライアスを睨んでいる。イナバのほうを向こうともしない。
「で、ですが……!」
「イナバ君、ごめんだけど、そこにいたら巻き込まない自信がない」
ライアスもイナバにこの場から離れるように言う。
イナバは、泣きそうな様子で顔をくしゃりと歪ませると、くるりと回れ右して走り去った。
「ふぅー……」
ライアスが呼吸を整えながら箒を構える。
箒の穂先が真っ直ぐにベガの眉間を捉え、目付は全体をぼんやりと眺めるようになっている。
構えには余計な力が入っておらず自然体となっており、ベガがどのように攻めてきても即座に反応できるだろう。
『戦うのですか、ライアス』
「うん、戦う」
ライアスは頷いた。
『戦わずにすむなら戦いたくないと言っていましたのに?』
「……できることなら戦いたくはないんだけど……」
『けど?』
「あれは、今のうちに火を消しておかないと大変なことになる気がするから……」
あとになればなるほど話が通じなくなる気がする。
そう思ったライアスは、今この場で戦って怒りを発散してもらうことにしたのだ。怒りを溜め込まれるのはよくない。
それに、この状況で逃げ出すとやぶ蛇になるおそれがある。ベガは弱いものイジメが好きなので、下手に逃げると余計に刺激してしまうのだ。
戦って、落ち着いてもらって。なんとかもう一度お話をする。話せば分かる、かは分からないが、少なくとも誤解は解かねばならない。
「……ふっ!」
待ち構えるライアスに、ベガが再び襲いかかった。
一息で踏み込むと両手を広げ、目にも止まらぬ早さで手刀を打ち込んでいく。凄まじい速度の連打である。
「うおおおっ……!?」
ライアスはベガの猛攻を箒でさばく。
少しずつ下がりながら箒を回し、柄や穂先で受け、逸らし、弾いていく。
どうしても受けきれなくなったら腕で防ぐが、これがまぁ、だいぶ痛い。
そして、手刀に混じって打ち込まれる貫手。これはさらに痛い。
「っ……!」
肩で受けたライアスは思わず顔をしかめた。
先の尖った大きなトンカチで殴られたみたい痛い。
伸ばした四指を束ねて突く貫手であるが、尋常ではない指の力により刃物とかわらない硬さになっている。
『やはり、指先が危険ですね……』
ウルスラは唸る。
以前戦ったときもそうであったが、ベガの攻撃の大半は手首から先が使われるもので、中でも指先で攻撃してくるものには注意が必要だ。
大噛付など、下手に喰らうと致命傷になりかねない。
「……ふーん」
ベガは、大きく打ち付ける攻撃でライアスを押し飛ばすと、一旦距離を取った。
このままだらだら打ち込んでも効果が薄いと考えたのだ。
「それなら、こっちにしようかしら」
そういうとベガは、拳を握り込んだ。




