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ウルスライアス清掃紀行  作者: 龍々山 ロボとみ
第二章:キョウの都で大暴れ
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7話:退魔師の流儀・2


 ライアスは、ベガの言葉を聞いて「やはりそうか」と思う。

 そして、もう少し早く止めていれば、と後悔の念を感じた。


「……ベガさん、その……、人は?」


 ベガは転がっていった首を拾い上げながら答える。


「元同業者よ。何度か一緒に仕事をしたこともあるわ。最後に見たのは……、十日ほど前だったかしら? ちょうど、今回の依頼人(弟子)と一緒に歩いているところね」


 持ち上げた首を見つめて、「残念ね。あの時に戦っておけばもう少し楽しめたのに」と呟く。


「十日ほど前って……」

『いくらなんでも早すぎませんか……?』


 ライアスとウルスラは、ベガの説明に少しばかり首をひねる。

 十日ほど前に見たということは、それから鬼になったというのだろうか。


「そんなに急になるものなの? 鬼って」


 だとすれば早すぎる。

 今はイゾウのところで修行をしているタマヒコは、一年以上かけて徐々に鬼になっていっていたはずだ。


「ワタシたち退魔師の中で妖術を使う者は、鍛練によって瘴気に対する耐性を高めているわ。だから常人より多くの瘴気を保持しておいて戦闘に活用することができる。けど、」


 ベガは、首のない身体のそばに落ちた首を置いた。


「多くを溜め込んでおけるからこそ、一度崩れたら早い。限界をはるかに超えた量の瘴気はあっという間に身体を蝕んで、鬼に成り果てる。早ければ一日かからない。いつぞやのボウヤとは訳が違うのよ」

「……!」

「本来は、そうなったときに後始末をするのが弟子の役目なんだけど……、なかなかそうはならないのが現状ね。未熟な弟子だと喰われて終わるわ。だからワタシにお鉢が回ってくる。その赤紙はね、ライアス。鬼に堕ちた退魔師を始末するための依頼用なのよ」


 そう言われたライアスは、あらためて赤紙を見た。

 震えた字で書かれている。これは、依頼人(弟子)の悲しみによるものなのか。いくつも付いているシミは、ひょっとしてこぼれ落ちた涙の痕か。


「ベガさん……」

「なにかしら?」

「いままでにも、何度かこういうことを?」


 問われたベガは「そうね」と軽く答えた。


「数なんていちいち覚えてないけど、少なくとも、十や二〇ではないはずだわ」

「……!」

「抵抗しない奴も多いから鬼退治としてはむしろ簡単な部類なはずなのに、やりたがらない者が多いのよ。だから大抵はワタシのところに依頼が来るわ」


 それはそうだろう、とライアスは思った。

 ライアスだって嫌だ。知った顔が鬼になって襲ってくるなんて。

 ましてやそれを退治しなくてはならないなんて。


「……元友人や知人を手にかけるのって、普通は嫌だと思うけど」

「堕ちた時点でただの鬼よ? 妖魔を退治するのがワタシたち退魔師の仕事なんだから、いちいちそんなことを気にするほうがおかしいわ」


 ベガは、心底理解できないというような顔をしていた。


「ベガさんだって、さっき倒す前にその人に話しかけてたじゃん」

「そうしたほうが抵抗しなくなって手間が少ないもの。それに、依頼人からも頼まれていたし。最期の言葉を聞いてきてほしいって」

「……それだけが理由なの?」

「他にどんな理由があるというの?」


 ライアスはもう、考え方とか価値観の違いなんだろうな、と思うことにした。

 話をしたぐらいで埋まる溝ではなさそうだ。


 ライアスは黙って箒を構えると、鬼の亡骸に近寄った。


「浄化していいんだよね?」

「ええ。お願いするわ」


 そっと箒をかざすと、最大限丁寧に煤祓をかけた。

 浄化された亡骸はするすると溶けてなくなっていき、残ったのは頭骨と、ツノの先端付近だけである。


 ベガはツノの欠片を拾って胸の谷間にしまうと、かわりに風呂敷を取り出して、元退魔師の服と頭骨を包んだ。


「さて、ワタシは今から依頼人にこれを渡しにいくけど、ライアスはここのお堂をもう少し綺麗にしておいてくれないかしら? 具体的には、お堂の中の清掃と貼ってある封印札の回収をお願いするわ」

「……分かった」

「今回の件の報酬は、後でイナバにでも持っていかせるから」


 そう言ってタバコに火をつけると、ベガはお堂をあとにした。

 ライアスは、言われたとおりお札を全てはがしてお堂を綺麗にしてから帰路につく。


 ただ、帰ったあと。


「店員さーん、おうどんおかわり」

『……ライアス、さすがに食べ過ぎでは?』


 なんとも釈然としない気持ちを抱えたまま普段の三倍ぐらいご飯を食べ、宿に戻って横になった。




「すいませーん、ライアスさんはいらっしゃいますか?」


 昼過ぎごろになると、ライアスあてに客がきた。

 ライアスが宿から出ていくと、大きな背負子を背負った少年が待っていた。


「お待たせ、イナバ君」


 ベガの弟子のイナバだ。

 年の頃は十代前半ぐらいの、ちんまりとした可愛らしい少年である。

 出てきたライアスに軽く頭を下げると、イナバは懐から包みを取り出した。


「これ、ベガ先生からです。今回の取り分だ、って言ってました」


 包みの中には二両(一両は約十二万円ぐらい)が入っていた。けっこうな大金である。

 イナバは包みを渡すとそそくさと立ち去ろうとしたが、ライアスはイナバを呼び止めた。


「ねぇ、イナバ君。お昼はもう食べた?」

「へ? ……お昼ご飯は、まだ食べてないですけど」

「良かったら一緒に食べようよ。もちろん俺のオゴリだから」


 ライアスはもらったばかりの二両を見せつけながら、お昼に誘う。

 イナバはちょっと悩むそぶりを見せたが、タイミングよくお腹がきゅうと鳴ったので、恥ずかしそうに頷いた。


「なにか食べたいものはある?」

「……僕、甘辛い煮物が好きです」

『意外と渋いですね』


 ライアスは、イナバを連れて近くの食堂に入った。

 この町に来てからよくご飯を食べに来ている行きつけの店である。

 定食の他にも小鉢のおかずが種類豊富で、ライアスはここの肉じゃがが特に好きである。


「好きなもの頼んでいいよ」


 イナバは日替わり定食と筑前煮を頼んだ。ライアスはいつものように焼き魚定食をご飯山盛りにし、小鉢をいくつか追加した。


「……ライアスさんも相変わらずたくさん食べますね」

『というか、ふて寝する前にあれだけ食べておいてよくいつもの量が入りますわ』

「ここのご飯、美味しいからねー」


 あまり理由になっていない理由を言うライアス。

 対面のイナバは困ったように笑っていた。


「ところでイナバ君。今朝の依頼の時いなかったけど、何してたの?」


 ご飯が来るのを待つ間、ライアスは気になったことを聞いた。

 今朝の鬼退治には、イナバはついてきていなかったのだ。いつもは常にベガの後ろをついて回っているのに。


「えっと……、赤紙の依頼だったから、僕はお留守番してました」

「お留守番? どうして?」


 イナバは恥ずかしそうに答える。


「その……、実は、何年か前に一度ついていったときに怖くて泣いちゃったことがありまして。それ以来、先生は赤紙の依頼には僕を連れていってくれなくなりました」

「あー……、そうなんだ」

「今ならもう泣いたりとか! ……しないと思うんですけど。ベガ先生はついていくの許してくれなくて」


 情けない話ですよね、とイナバは言う。

 しゅんとした様子で縮こまってしまった。


『落ち込ませてしまってどうするのですか』


 ウルスラにしかられたので、ライアスはフォローすることに。


「きっと、大事にされてるんだよ。イナバ君は可愛い弟子だから」

「……先生に、モノやヒトを大事にするという気持ちがあるとは思えませんが。僕のことすぐにイジメるし、いくら言ってもポイ捨てはやめないし……」

「まぁ、俺も一回殺されかけた身だからそのへんはなんとも言えないんだけど……」

「あ、あの時はごめんなさいでした……」


 さらにしゅんとさせてしまって、「余計に落ち込ませてどうするのですか!」と怒られた。難しい。


「……そういえば、あの時一緒にいた子は元気にしてますか?」

「タマヒコ君のこと? うん、ミケさんと一緒に元気にやってるよ。今は、俺の師匠のイゾウさんのところで剣を教えてもらってる」


 それを聞いたイナバはホッとしたように表情を緩めた。


「そうですか。……良かったです、元気そうで」

「気になってたの? まぁ、歳も近いもんね」

「それもありますし、……鬼になりかけてて、それでも助かったのを見たので。落ちかけて踏みとどまったあとでどうなったか、知りたいと思っていました」

「……ふーん?」

「……あの、ライアスさんは――」


 イナバがさらに何か言おうとしたところで、頼んでいた定食が運ばれてきた。

 イナバはそのまま口をつぐむ。


「俺が、どうかした?」

「……いえ、なんでもないです」

「そう? ……とりあえず、温かいうちに食べようか。美味しいよ?」

「はい、いただきます」


 ペコリと頭を下げてからイナバは箸を取る。

 ライアスも自分の分を食べ始め、しばらく会話が途絶えた。


「んー、美味しい」


 みるみるうちに減っていくライアスのご飯を見てイナバは目を丸くしている。

 イナバが半分食べるより早く食べ終わってしまった。


「……うーん」


 それからライアスは、イナバが食べている様子を見ながら何事かを考える。見られているイナバは少し恥ずかしそうだ。箸の使い方がまだ少したどたどしいのを気にしている。

 そしてイナバが食べ終わった頃にライアスは口を開いた。


「ねぇ、イナバ君」

「はい、なんでしょう」

「君、ベガさんのこと、好き?」

「え……」


 問われたとたん、イナバは耳まで真っ赤にしてうつむいた。非常に分かりやすい。


「なるほどねー。そこまでとは」

「あ、あの……! 僕は先生のことを尊敬しているのであって、そんな……!」

「ついでにもうひとつ。……赤紙の依頼がどういうものか、詳しく知ってる?」

「え……? それは、もちろん」


 頷くイナバを見て、ライアスは「分かった」と言う。


「今日はお昼付き合ってくれてありがとね。またベガさんによろしく言っといて」

「はい、ごちそうさまでした……?」


 お店を出て、帰っていくイナバを見送ってから。

 ライアスは宿に戻って無理矢理寝ると、夢の世界に入った。

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